第3話 帝国軍緊急会議
ダッツ帝国南方軍司令部。重厚な石造りの建物の一室には、異様な緊張が張り詰めていた。長机を囲む将官たちの表情は、いずれも険しい。壁に掲げられた大陸地図——その南端、ルーヴァリア王国との国境線には、いくつもの赤い印が打たれていた。後退。補給線断絶。通信途絶。それらを示す印だった。
「……説明しろ。」
低い声が、室内に落ちる。南方軍総司令、ヴァルツァー上級大将。その視線の先に立つのは、一人の参謀士官だった。
「はっ。現時点で確認されている事象を報告いたします。」
士官は資料を開く。その手は、わずかに震えていた。
「三日前、我が第十二補給部隊が壊滅。同時刻、周辺部隊との通信が途絶しました。生存者の証言は——」
一瞬、言葉が詰まる。
「…空からの攻撃とされています。」
室内に、沈黙が落ちた。
そして——
「馬鹿な。」
誰かが吐き捨てるように言った。
「空から攻撃だと? 敵は鳥でも使ったのか?」
「いえ…証言は一致しています。高速で飛行する“何か”が、上空から銃撃を加えたと。」
「銃撃だと?」
別の将官が眉をひそめる。
「そんなもの、あり得ん。飛行機なら我々も知っている。あんなものはせいぜい偵察用だ。武装など——」
「——可能です。」
静かな声が、それを遮った。発言したのは、会議の端に座る一人の男だった。軍服ではない。黒い外套を纏った、技術士官。
「プロペラの回転に合わせて発射を制御すれば、前方への射撃は理論上可能です。」
室内の視線が、一斉にその男へ向く。
「…貴様、何者だ。」
「帝国工廠技術局、ハインリヒと申します。」
男は淡々と答えた。
「数年前から同様の研究は存在していました。ただし——」
「ただし?」
「成功例は確認されていません。」
短い沈黙。それが何を意味するのか、誰もが理解していた。成功したのだ。ルーヴァリアが。
「…ふざけるな。」
重く、怒気を含んだ声。ヴァルツァー上級大将だった。
「小国が、そのような兵器を持てるはずがない。」
「しかし現に、前線は押し返されています。」
参謀が地図を指し示す。
「補給線が寸断され、各部隊は孤立。敵は空から我々の動きを把握し、要所を正確に攻撃しています。」
「対抗手段は?」
即座に問われる。だが——誰も答えない。沈黙。それが、答えだった。
「…撃ち落とせないのか。」
誰かが呟く。ハインリヒが静かに首を振る。
「現状の歩兵装備では困難です。高度、速度ともに追いつかない。対空射撃の概念自体が確立されていません。」
「では砲兵は?」
「仰角、照準、いずれも不足しています。そもそも“空を狙う”という設計になっていない。」
つまり——
あまりにも無防備だった。帝国軍は、空に対して。無理もない。今まででは想像もつかない事態だったのだ。室内の空気が変わる。それは怒りでも、焦りでもない。理解だった。遅すぎた理解。
「…我々は。」
ヴァルツァーが低く呟く。
「見えていない敵に、殴られているのか。」
誰も否定しない。否定できない。
「数は?」
「確認されている限りでは…一機、あるいは数機。」
「一機だと?」
ざわめきが広がる。
「たった一機で、これだけの損害を?」
「はい。」
参謀は、はっきりと答えた。その事実が、すべてを変えた。
「…ならば。」
ヴァルツァーの声が、低く響く。
「我々も持てばいい。」
視線がハインリヒに向く。
「作れるか?」
間を置かず、答えが返る。
「時間と資源があれば。」
「時間はない。」
「ならば——」
ハインリヒは一瞬だけ目を細めた。
「奪うしかありません。」
室内が静まり返る。
その意味を、誰もが理解する。
「力づくでか…」
ヴァルツァーが呟く。
「可能なのか。」
「不可能ではありません。ずっと飛んでいられる飛行機など存在しません。離着陸時、あるいは整備中を狙えばあるいは…。」
「前線に工作部隊を送れ。」
即断だった。
「何としてでも一機、確保する。あれを手に入れなければ、我々は負ける。」
もはや、小国との戦争ではなかった。
「それと—」
ヴァルツァーは地図を見つめる。ルーヴァリアの方向。
「航空戦力に対抗できる人材を集めろ。」
「人材、ですか。」
「常識に囚われない者だ。」
短く言い切る。
「空を理解できる者、飛ぶことを恐れない連中だ。」
その言葉が、新たな流れを生む。まだ誰も知らない。だが確実に、何かが動き出していた。空は、これまで誰のものでもなかった。
だが今——
それを手にした国が、戦争そのものを変えようとしている。そして帝国もまた、気づいた。空を制する者が、すべてを制するのだと。




