第2話 空からの襲来
ダッツ帝国南方軍所属のイェルク大尉は、今日も前線に送る補給物資の運搬を監督していた。ルーヴァリア王国との国境で紛争が勃発してからはや数年。この仕事ももう慣れたものである。
「おい、そこ地面が濡れてるぞ。 弾薬を湿らすなよ。」
「はっ。大尉。」
毎日変わらない作業だ。こんなことをあと何年やれば少佐昇進の辞令がもらえるのか。国境付近では我が帝国軍がかなり前線を押し上げているというではないか。こんなことなら南方遠征を志願すればよかったか。そうすれば対ルーヴァリアの戦功で、すぐにでも昇進辞令が出ていたやもしれんというのに。そんなことを考えつつ砲弾の入った木箱を持ち上げた時だった。最初に聞こえたのは、風でも雷でもない、奇妙な唸りのような音だった。低く、連続した振動音。まるで空そのものが、どこかで軋んでいるような音だった。
「……なんだ?」
イェルクは砲弾の木箱を抱えたまま、顔を上げた。空は晴れている。雲もほとんどない。近くに敵の兵士がいる様子もない。それなのに、音だけが近づいてくる。
「聞こえるか?」
隣の兵士が眉をひそめる。
「はい…ですが、何も——」
言い終わる前に、音が変わった。急に大きくなった。いや、落ちてきた。反射的に、イェルクは肩をすくめる。その瞬間だった。地面が弾けた。乾いた破裂音と同時に、目の前の土が吹き上がる。何かが通り抜けた。見えない何かが。
「伏せろ!」
誰かが叫ぶ。だが、遅い。間髪入れずに
ダダダダダダダ——!
耳を打ち破るような音。
空から降ってくる、理解できない速さの“何か”。右にいた部下の体が、視界から消えた。まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れる。血が、遅れて噴き出す。
「な、なんだこれ……!」
誰かが叫ぶ。だが、誰も答えられない。見えないのだ。敵が。何者かに攻撃されている。だが、どこから攻撃されているのか、わからない。イェルクは地面に這いつくばり、必死に周囲を見回した。その時、ようやく“それ”を見つけた。空だった。いや、空にある“何か”。鳥のようで、しかし不自然に直線的な動きをする影。陽光を反射して、ちらりと光る。
「あれ…なのか…?」
理解が追いつかない。あんなものが、どうやって人を撃つ?考えた瞬間、再び音が来た。今度は、横から。地面を這うように弾が走る。砂が跳ね、石が弾ける。逃げようと立ち上がった兵士が、そのまま後ろに倒れた。
「撃ってる……上から……!」
誰かがようやく叫ぶ。数人が銃を構え、空に向かって撃ち返す。だが、届かない。
距離が遠すぎる。そもそも狙いが定まらない。相手は動いている。速すぎる。弾はただ空を切るだけだった。
「くそっ、くそっ……!」
イェルクは歯を食いしばる。怖い。なんなのだあれは。夢ではなかろうか。空からの攻撃で人が死ぬ。空から?本当にあんなところから銃撃しているとでも?そんなもの人間業ではない。我々は神でも怒らせたのだろうか。あれが本当に敵の攻撃なのだとしたら、これまでの戦争とはまるで違う。敵は上からではなく前から来るものだった。見えて、撃って、撃ち返されるものだった。だが、これは違う。一方的だ。あまりにも。
ふと、視線を感じた気がした。見上げる。空の“それ”が、こちらを向いている。距離はあるはずなのに、なぜか“狙われている”とわかる。
「……やめろ。」
思わず、声が漏れた。聞こえるはずもないのに。
「やめ——」
音が、来た。短く、鋭く。身体に衝撃が走る。イェルクは何が起きたのかわからないまま、膝をついた。手を見る。赤い。遅れて、痛みが来る。苦しい。息がうまく吸えない。
「…は」
空が、やけに青かった。さっきまでと同じはずなのに、まるで別の世界のように遠く感じる。あの空に、敵がいる。手も届かず、撃ち落とすこともできない場所に。イェルクは理解した。これは戦いではない。逃げ場のない場所で、一方的に殺されているだけだ。少佐にはなれなかったか…。遠ざかっていく意識の中で、最後に浮かんだのは、ひとつの言葉だった。
——空。
あれを支配した者が、すべてを決めるのだと。




