第15話 レーン航空基地
――数週間後。
レオンは、レーン工業地帯にいた。あの時、急遽降り立った補給拠点。今は整備が進み、簡易ながらも航空基地としての体裁を整えつつある。だが、基地の端――未整備の区画は、まだ戦場の名残を色濃く残していた。荒れた地面。むき出しの岩。
そして、ところどころに残る爆撃の痕。以前降り立った場所に足を運び、レオンは地面を見下ろす。思っていたよりも、ずっと不安定だった。
「…よく無事に降りられたな。エルナが怒るわけだ。」
小さく呟く。
「そうですね、隊長。あの時は必死でしたからね。」
ガルドが苦笑混じりに応じる。その後ろに、若い男が二人並んでいた。
「ここが我々の航空基地になるんですね。」
「ついこの前まで帝国領だったなんて…信じられません。」
グラン伍長とヨシア軍曹。中央からの転属組であり、レオン率いる航空801隊に新たに加わった人員だ。パイロット試験を通過してはいるものの、実戦経験に乏しく、まだ緊張が抜けきっていない。
「いやあ、大所帯になったものですねえ隊長。」
ガルドが軽口を叩く。
「たった二人で“大所帯”はないだろう、副長。」
レオンもわずかに口元を緩めた。レオンの少佐への昇進と同時に、ガルドも少尉へ昇進。航空801隊の副長に任命された。現在、空を飛べるのはこの四人だけ。王国の航空戦力は、まだ“部隊”と呼ぶにはあまりにも小さい。
だが――
それでも、戦局を変えるだけの力を持っている。その事実が、彼らの存在を特別なものにしていた。
「隊長、滑走路の方も見ていきますか?」
ヨシアが遠慮がちに言う。
「ああ、行こう。」
四人は歩き出す。整備中の滑走路には、多くの作業員の姿があった。
だが――その動きはどこかぎこちない。
「…ずいぶん手が止まってるな。」
レオンが呟く。近くで作業していた男たちが、一瞬こちらを見た。
そしてすぐに視線を逸らす。空気が、わずかに重くなる。
「隊長…。」
グランが小声で言う。
「あれ、帝国の作業員ですよね。」
「ああ。」
短く答える。レーン工業地帯の再稼働のため、多くの現地作業員が動員されている。その大半は、元はダッツ帝国の民だ。
つまり――
「占領された側、か。」
ガルドがぼそりと呟く。その言葉に、誰も返さない。遠くで、金属が落ちる音が響いた。一人の作業員が工具を取り落とし、慌てて拾い上げる。
その手は、わずかに震えていた。
(……怯えているのか、それとも)
レオンは目を細める。
(反発か)
どちらでもおかしくはない。むしろ、その両方だろう。その時。
「失礼します!」
一人の兵が駆け寄ってきた。王国軍の伝令だ。
「レオン少佐殿に報告があります。」
「なんだ。」
「基地北側、旧工業区画にて小規模な騒動が発生。現地作業員の一部が作業を拒否し、警備部隊と衝突しました。」
空気が一変する。
「規模は。」
「現時点では軽微ですが……拡大の恐れありと判断されています。」
やはり来たか。戦闘ではない。だが――
「占領地の現実、か。」
レオンが低く言う。レオンは一瞬だけ考え、すぐに決断した。
「801隊は待機を継続。」
「え?」
グランが思わず声を漏らす。
「出動……しないんですか?」
「俺たちは歩兵じゃない。」
淡々とした答え。
「だが――」
レオンは伝令に視線を向ける。
「現場の状況は逐次報告しろ。必要とあれば、上に掛け合う。」
「はっ!」
伝令は敬礼し、駆け去った。
「…隊長。」
ヨシアが不安げに言う。
「このまま広がったら…。」
「広がるだろうな。」
レオンはあっさりと言った。三人が息を呑む。
「戦いは終わっていない。」
その言葉は静かだったが、重かった。
「形を変えただけだ。」
風が吹く。未完成の滑走路の上で、砂埃が舞い上がった。遠くでは、まだ作業員たちが働いている。だがその背中はどこかよそよそしく、そして不安定だった。
その日の夕刻。レオンのもとに、一通の電報が届く。差出人――北方司令部。内容は、短かった。
『フラング共和国、国境付近にて部隊移動を確認』
沈黙。
「…ついに来たか。」
ガルドが呟く。レオンは電報を見つめたまま、ゆっくりと言った。
「まだだ。」
「え?」
「せいぜい下見程度だろう。」
視線を西へ向ける。見えないはずの国境の向こう。フラング共和国。
「だが油断はできない。」
そして――レーン奪還に動くであろうダッツ帝国。
「空も、地上も――」
レオンは小さく息を吐く。
「忙しくなる。」
占領地は、静かに軋み始めていた。そして各国もまたそれを虎視眈々と狙っているのである。戦いは終わらない。




