知り得ない価値観
ジュールとエルフィナの家に世話になっているウィータは、朝に不思議な力で満腹になる絶品フレンチトーストをご馳走になり、その後ジュールの営むややぼったくり気味のバーでムラクニと共に働き始めることとなった。
何日かジュールとエルフィナことダズレイン親子と、店を切り盛りしながら、一緒に同じ家の中で暮らしていた。
「ありがとうございました!」
そう挨拶をして帰った客は、いつも通り今にも死にそうなほど真っ青な顔をしていた。
「やっぱりあくどい商売ですよこれ」
「何言ってる。直前までは満面の笑みだったじゃねぇか」
「エルフィナにバレたら怒られるんじゃないかな」
「あいつは俺の血を引いてるんだ。しっかり商売魂が宿ってる。だからもう知ってるし、あいつは意に介してない。」
ジュールさんの言葉と、エルフィナと何日か共に過ごした事で、エルフィナが思ったよりもアグレッシブな子だと分かった。僕らはエルフィナの世話を担当しているから、いつもは僕らのどちらかがエルフィナと一緒に居る。僕はまだあの子の激しめな行動が可愛く見れてるからいいものの、子供の前で緊張してしまうムラクニはあの子が笑ってる横で死んだ魚の目をしていた。
「パパ~!今日はね、ムラクニお兄ちゃんとお外行ってね、たくさん走ったり木に登ったりしたんだ!」
「そうかそうか!お前はいっぱい動けてすごいなあ~!よし、今度パパ自作の遊び場を作ってやる!」
ムラクニは遠くを見るような目で机に座っていた。
「お疲れだなムラクニ」
「あぁすごく疲れた。それにしても本当にすごいねエルフィナは。走って、走って、追いついたと思ったら消えて、見つけたと思って近づいたら木の上に居たり…目を離したらすぐにどこかへ行ってしまうからハラハラが丸一日続く。よく着いていけるねウィータ」
「おぉ…まぁな」
僕の時はそうなこと無いのに…もしかして僕って怖がられてる?それともムラクニが舐められてるのか…
「いやぁ、ありがとな二人とも。本当によく助かってる。」
ジュールさんがエルフィナを二階に上がらせてから、こちらへ戻ってそう言った。
「ムラクニが困ってそうだからエルフィナに言ったんだよ、「あんまり危険なことをしないように!」って。そしたらさ…」
「私は大丈夫だよ、だってお兄ちゃんたちとっても強いんだもん、絶対守ってくれるよ!」
「…てさ、お前ら相当好かれてるよ、あいつに。まぁそれとこれは関係ないからしっかり言い聞かせないとダメなんだがな」
「そうなのか…それは少し嬉しいな」
その後も、ジュールさんは、「あいつなりの信頼なんだ」とエルフィナの俺らに対する考えを語ってくれた。
次の日は僕がエルフィナの世話係だったため、遊び場を作るための下見をエルフィナとすることにした。
「ここはさすがに茂みが深すぎるな…もっと開けた場所が良いかも…」
「ねぇねぇ、あっち行こうよウィータお兄ちゃん!」
エルフィナは長い髪が全て後ろに流れるほど速く走って行った。
「あっ、ちょっと!」
走っても走っても追いつかないってこれのことから!そう思いながらエルフィナの背中を追う。
目の前がやけに開けた。ここが良いかもなぁ、と思ったのもつかの間、すぐに高めの段差だと気づいた。段差といっても低めの崖のような物。エルフィナが落ちればただでは済まない。
「止まってエルフィナ!」
「ひゃっ!」
咄嗟に飛び出してエルフィナを体全体で抱える。受け身はとらず、背中から地面へ落下した。
「グゥッ!」
激しい痛みが襲った後、エルフィナの無事を確認して、再度倒れ込む。なんて不運だろうか、落下の衝撃で骨まで割れたらしい。エルフィナが体を揺すって僕を起こそうとしている。
「大丈夫だから…いっててて…もうすこしだけ寝かせて」
「…そうなの?」
心配そうな顔でこちらを見ている。エルフィナがこの森をよく知っているとしても、子供一人に歩かせるのは危険が過ぎる。かといって今すぐ立ち上がろうとしても痛みがそれを許してくれない。
「あれ…なんか」
何かに何をされたわけでもなく、自然と体が起き上がるようになった。さっきまでの痛みは薄れ、割れていたはずの背骨はなぜか安定していた。
「とりあえず歩けるようになった。ごめんエルフィナ、心配させたよね」
「うん、今日はもういいよ私。お兄ちゃんのために一回家帰ろう」
言葉に甘えて、先ほど痛ませた箇所を触って、異常がないか探りながら酒場へ向かった。
着いて早々、疲れがどっと襲ってきたので、しばらく寝させて貰った。
「いきなり骨折が治った?」
夕飯で机に集まっている時に、ジュールさんに今日のことを相談してみた。すると、案外反応はケロッとしている。
「そりゃお前、そういう体質だったって事じゃないのか?」
「え?」
「だから俺のこの満腹の力みたいに、元からあったやつだろうな。しかし、自分を回復させるとは珍しいな」
意外な答え方だ。もう少し真剣な話になるかと思いきや、すぐに流された。
今日のやつみたいなのは、この世界でよくある事なのだろうか。仮にそうだとしても、なぜ僕が使えるんだろうか。ムラクニの人間離れした剣技もそれなのだろうか。
「…こういう事っていうか、こういう力とか現象って普通なんですか?」
「ん~、説明しづらいな。なにしろ俺も、この力を知らない奴と会うのが初めてだ。俺とかにとっては、性格や体格と同じような違いでな」
何回か言い換えて貰ったり、違う視点で説明してくれたりして、なんとなくだけでも掴めるようになった。
「それより…エルフィナ!お前は当分、外出禁止だ!」
「ホントに…ごめんなさい…」
「ウィータが許していても、怪我を招いたのは事実だ。俺が許さない。危険なことはするなと言っていただろう?」
エルフィナがウィータの方を向いて、机に額が当たるぐらいまで頭を下げた。
「本当にごめんなさい、ウィータお兄ちゃん。もうしないから、また仲良ししてほしい」
それをジュールは温かい目で見つめていた。
「…うん、しっかり反省できるいい子なんだから、これからは言いつけを絶対に守るようにな。俺とかウィータたちが居なくても、しっかり出来るようになれ」
「分かった。でも、パパはずっと私のパパだから居なくならないでね」
「おっと、言い方が悪かったな」
やっと話が落ち着き、場は収まった。少し重かった空気の分、ジュールさんがたくさんのデザートを用意してくれた。皆で笑顔を見合わせては笑い合いながら、夜は更けていった。こんな生活が続いても良いなと改めて思えた。
しかしこの夜からだったろう。何か巨大な闇への悪寒を感じ始めたのは。
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