無茶修行
ジュールとエルフィナ親子と共に、店を切り盛りしながら穏やかな日々を過ごしていたウィータたち。
元気すぎるエルフィナに振り回されながらも、彼女の信頼を感じていた。
しかしある日、彼女を守るため崖から落ち、ウィータは背骨を痛めてしまう。
――それでも、なぜか傷はいつの間にか癒えていた。
不思議な力に戸惑う静かな日常。その裏に不穏な気配すらも忍び寄っていた。
あの日から毎日、時間があるときに小さめのナイフを取り出して、手に浅く傷を付け、あの時の力がまた出来るか試してみることにした。
数日たった後、どうも外傷が増えていくだけなので目一杯力を込めてみた。ただ力を込めるだけじゃなく、ジャムの蓋を開ける時に使う、一点から腕と体を伝って全身に伸びるような力の入れ方をした。顔がとてつもなくこわばってきた頃、変化が起きた。
ジュルルッ
「うわぁ…」
出来た。出来たがグロい。とてつもなくグロい。まるでシンクの排水口から逆流してくる濁り水みたいだ。
それでも、こういう力がこの世界では普通かも知れないんだ。鍛えておけば、いずれ役に立つ。かなりイヤだけど。
夕方、久しぶりにムラクニと一緒に家の外を少し歩いてみた。
「どうなんだウィータ、最近はエルフィナと上手くやっているか?」
「ぼちぼちってところだね。エルフィナがあれから負い目を感じちゃって、たどたどしくなっちゃって」
「それは地道に行くしか無いな。そして確かに、拙者と接するときも、大分おとなしくなったな。…まぁ少しそれが可愛いと思えるがな」
「良好みたいだね」
「ん?あぁ」
酒場から反対の山の麓から帰る途中、酒場の後ろに空いた空間があった。そこにはたくさんのダミー人形や的や木刀、模擬槍など、物騒な物が整えて置いてあった。
「訓練場?」
「よく気が付かなかったな、こんな場所が酒場の裏にあったって」
叩いたり触ったりすると、目で見たよりもしっかりした物だと分かった。
「ほらた~んと食えよ!」
テーブルの上に大きな丸焼きチキンが乗っている。中から油がジュワジュワと溢れているのが見え、涎が口からこぼれ落ちそうになる。
「いただきます」
「「「いただきます!」」」
ジュールさんの合図で一斉に口の中へ頬ばる。今回は味を楽しむために満腹の力は使ってないらしい。とてもありがたいことだ。
「そういえば、酒場の裏に訓練場見たいのがあったんですけど、ジュールさんの物なんですか?」
「おう、その通りだな。俺は昔にちょっとやんちゃしててな、その時の癖でたまに鍛えてるんだ。ここに住んで十数年、最初はダミー1個だったんだが、続けては止めて、続けては止めてを繰り返すうちに、気付けば備品があんなに増えちまった」
ジュールさんの物なら…
「もしよかったら使わせてもらえませんか?その、例の力と素の体力を鍛えたくて」
「そうだったのか、もちろん良いぞウィータなら」
さっそく、次の朝はできるだけ早く起きて、店を開ける前に行ってみることにした。
翌朝、眠気を追い払うように目を擦りながら訓練場の中央に立つ。試しにダミーに向かって木刀を振り下ろす。
「う~ん、これは鍛えがいがありそうだな。治せるのなら、もっと過激にやってもいいか…」
その日は開店ギリギリまで、手に力を入れすぎて突っ張って、ズキズキと連続した痛みが入るぐらいに木刀をダミーに当て続けた。
その日に気付いたことは三つ。一つは、直接的な傷は治せるけど、疲労などの体に溜まるような負荷は自然に治すしか無いこと。このせいで、損傷は無いのにすごく体が重かった。二つ目は回復速度は調整できること。これは連続した痛みで気付いてなかった傷だけが残っていたため、一段落したあたりでまとめて力を入れてみたら普通に治ったから気付いた。三つ目はこの力には脂質などの体内エネルギーが必要だと言うこと。僕はベルトをかなりきつく締めていたつもりだったけど、訓練を終わった後、ふと違和感を感じて見てみるとダボってた所からの予想だ。
とりわけかなりの収穫だ。次はムラクニも呼んでみようか。
次の朝も、その次の朝も特訓に励んだ。誘っていたムラクニは三日目から参加した。
「剣は押しただけじゃ切れない。当てて引かなければ切れないんだ」
幾度となく模擬戦を申し込み、見事に惨敗している。しかしこう何度もやれば、嫌でも手に剣の扱いが染みついてくる。
「なるほどな…がむしゃらに振るだけじゃどうも切り抜けないわけだ」
「…しかし、本当にやるのか?。模擬戦を…真剣で」
「あぁ、前に言った通り、僕はいくら傷ついても大丈夫なんだ。躊躇せずに迎え撃ってくれ」
ムラクニは少し悩み、言いよどみながらも口を開けた。
「分かった。だが切るのは浅く、皮一枚だ。それ以外の攻守は出来る限り本気でやらせてもらう」
「ありがとう、ムラクニ」
二人は背中を向けて距離をとり、振り向きざまに剣を抜く。睨みあい、膠着状態。先に解き放ったのはムラクニだった。
守備の構えをとる暇も無く、ウィータは一瞬で間合いに入り込まれて、上から剣を振り下ろされる。
慌てて身を捻り、間一髪で躱す。半歩踏み込み剣先で突くと、側面を叩かれて外へ弾かれる。そのまま重心が下へ下げられ、待っていたかのように今度は下から刀が迫ってくる。
「グゥッ!」
ウィータは転びながら剣を当てて防ぎ、間合いの外へ出る。
今度はウィータが仕掛けた。
「え!?」
ムラクニが困惑の声を上げたと同時にウィータの剣がムラクニの首に触っていた。ウィータは成功を噛みしめながら武器をしまった。
「いや、ずるいだろ今のは…。すごいんだけどさ」
「成功してよかったよ、だまし討ち」
「まさかだった。まさか自分から背中を斬られに行くとは思わなかったから躊躇してしまったな」
「ちょっとばかしズルかったとしても、勝ちは勝ちだからね。今日のホール担当よろしくね!」
「ん?」
何か言いたげなムラクニを置いて、ウィータは酒場へ戻って行った。
ウィータが酒場へ戻ったとき、ジュールさんは何か重たい表情をしていた。険しい顔で仁王立ちしているつもりだろうが、何かを言おうか言わないか迷っているのがウィータにはすぐに伝わった。近づくと、ジュールさんはカウンターに身を乗り出した。
「ウィータ。どうやらここで、とてつもないヤバいことが起きるかも知れない。そんな悪寒がして止まない」
最近ずっと僕を囲っていた温和な空気が、久々に静寂の色に変わった
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