女騎士ケルシア
激闘を乗り越えた翌朝、エルフィナは父のために朝食を作り、久しぶりの穏やかな時間が訪れる。
そんな中、ジュールはウィータたちに旅立ちの時が来たことを告げた。
親子の想いと餞別を受け取った二人は、ついに酒場を後にする。
目指すは『平等の国』ゼファリス王国。
ーー記憶を探す旅が、今始まる。
二人で並んで歩くのは、久々で懐かしく、それでいて新鮮で楽しかった。
ゼファリス王国へ続く長い街道は、どこまでも緩やかな丘陵のあいだを縫うように伸びていた。春の終わりを迎えた草原では、名も知らぬ薄紫の花々が風に揺れ、その向こうでは白い羽を持つ渡り鳥の群れが空を横切っていく。
ウィータは荷袋を抱え直しながら、遠くの地平線を眺めた。
「まだ村は見えないね」
「そうだなぁ。まぁ、日が沈むまでには一つくらいあるだろう」
ムラクニはそう言って笑ったが、街道の先にあるのは、ただ霞んだ山影ばかりだった。
ちょうど昼を過ぎた頃、森の奥から澄んだ水音が聞こえてきた。街道脇を流れる小川が夕陽を反射して黄金色にきらめき、冷たい風が二人の頬を撫でていった。やがて二人は、大きな岩壁の前で道が二つに分かれている場所へ辿り着いた。
片方は山の麓をぐるりと回り込むように続く広い街道。踏み固められて歩きやすく、 の足跡も多い。
もう片方は、山肌へ向かって細く伸びる険しい山道だった。岩場がむき出しになり、ところどころ霧まで立ち込めている。
ウィータは山道を見上げ、不安そうに眉を寄せる。
「どうする? たぶん下の道の方が安全そうだけど」
「だろうな。だが、迂回したらかなり時間を食いそうだ」
ムラクニは腕を組み、二つの道を見比べた。金銭があろうが、備蓄があろうが、野宿は最後の手段。暗くなる前には絶対に人のいる場所に辿り着きたかった。
その時だった。
軽やかな蹄の音が響き、後方から一頭の馬が近づいてくる。荷袋をいくつも括り付けた栗毛の馬に跨っていたのは、日に焼けた顔の行商人だった。
「おや、旅人さんか。道に迷ったかい?」
男は手綱を引きながら気さくに笑う。
ムラクニが事情を話すと、行商人は山道の方へ顎をしゃくった。
「そっちを越えるなら骨は折れるが、半日ほど歩いた先に大きめのルワン村ってのがある。山越えの商人連中もよく泊まる場所だ。宿も飯も困らん」
「なるほど、近道も出来て村もあるのか…」
「あぁ、だが夜道は止めとけよ? 霧が出てきて何も見えなくなっちまう。 ここからなら少し急ぎ足で行くこったな」
そう言い残すと、行商人は帽子を軽く上げ、 迂回路の方へ馬を進めていった。
二人で顔を見合わせて頷く。山に行くしか無い。
ムラクニとウィータは、行商人に教えられた山道を進んだ。道は険しかったが、幸い天候には恵まれた。途中で何度か休憩を挟みながら、二人は山を越えていく。
やがて傾き始めた陽が山の向こうへ沈みかけた頃、道は下り坂へと変わった。細い山道を抜けると、小さな開けた土地が現れる。そこには木造の家々が並ぶ、小さな村があった。
「着いたみたいだな」
「思ったより早かったね」
二人はほっとした様子で村の中へ入る。まずは宿か、食事のできる場所を探そうと辺りを見回した、その時だった。
「何度言えば分かるんだ! こんの国家の犬が!」
突然、通りの向こうから大きな怒鳴り声が響いた。
続いて
「決められたことなんスよ! 早くしないとマズいんス!」
若い女の声が返ってくる。
声のする方を見ると、通りの真ん中で一人の女と中年の男が激しく言い争っていた。
周囲には数人の村人たちが集まっているが、誰も止めようとはしていない。
女は気の強そうな表情で男を睨みつけ、中年の男も負けじと顔を赤くして怒鳴り返している。
旅の疲れも忘れ、ムラクニとウィータは思わず足を止めた。どうやら、この村では何か揉め事が起きているらしかった。
「また来ますからね!」
「あぁ来るがイイさ! 帰るまで断るだけだけどな!」
女の人は鼻息を荒げながら振り向き、こちらの方向へ歩いてきた。そして横を通り抜けようとした辺りで目が合った。
「あ、旅人さんっスよね。どうぞごゆっくり…と言いたいとこなんスけど、今はアンタらにとってチョット面倒くさいことになってるんスよねぇ」
彼女をよく見ると、模様の精緻に刻まれた豪奢な鎧が、首から下の全身を隙なく覆っていた。戦士の類いなのだろうが、それにしてもこんな辺境の村で見れるような代物ではない。
「……なんスか? 変っスかね、この格好」
「いや、そういうわけじゃなくて、ただ騎士みたいだなと思って。実際そうなのか?」
そう言うと、彼女の目が途端に輝いた。
「よくぞ聞いてくれたっス!」
彼女はさっと距離を取り、どこかで練習していたのではないかと思うほど堂々とした動きで指を突き上げる。
「この私こそ、ゼファリス王国直属兵団『シルフィード騎士団』第二部隊副隊長! ケルシア・アフロージアっス!」
「直属騎士団の副隊長って……普通にエリートなんじゃないか?」
「普通じゃないっス。超エリートっス!」
えっへん、と胸を張るケルシア。その得意げな顔を見ていると、疑う気すら失せてしまう。自信満々に言い切るその様子に、思わず苦笑が漏れた。
「……何、笑ってるんスか?」
ケルシアがじとりとした視線を向けてくる。
「いや、悪い」
思わず緩んだ口元を押さえながら咳払いを一つした。
「じゃあ、その超エリートさんが、どうしてこんな村に?」
そう言って俺は辺りを見回す。踏み固められた土の道。その両脇に並ぶ木造の家々。のどかではあるが、騎士様がいるにはあまりにも場違いな場所だった。
「派遣されたんスよ。王国からの調査任務で」
ケルシアは肩をすくめながら答える。
「ほら、最近大きな地震があったじゃないっスか。そのせいで山の方が崩れて、街道の一部が塞がれちゃったんスよ。被害状況の確認とか、周辺地域の調査とか、そういうのを任されてるんス」
そこで彼女は大げさにため息をついた。
「いやぁ、それにしてもここまで来るのが大変で大変で……。道は荒れてるし、馬は進まないし、途中で野営する羽目になるし。もう散々だったっス」
「えっと、つまり…」
ムラクニが嫌な予感を感じながら口を開く。
「俺達が使おうとしてた王国への道も、通行止めされてるのでは?」
「その通りっス」
ケルシアはあっさりと頷いた。
「国への街道は、今のところ新しく作らない限り無いっス。地崩れで完全に塞がれちゃってるんで」
あまりにも軽い口調で告げられた事実に僕は言葉を失った。隣を見ると、ムラクニが片手で額を押さえていた。
「災難ッスね。まぁ、お互い頑張りましょうっス」
そう言ってケルシアは、まるで話は終わりだと言わんばかりに踵を返した。
鎧を鳴らしながら、軽い足取りで馬舎の方へ向かっていくその背中を、僕たちは呆然と見送る。
そして数歩進んだところで、ケルシアはふと足を緩めた。
「だから今すぐ必要なんスけどね……」
風に紛れるほど小さな声だった。独り言のように呟くと、彼女は肩を落とし、そのまま向こうへ消えていった。
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