旅立ちの朝
致命傷を負いながらも、ジュールはなおシュヴァリンへ立ち向かい続ける。
その裏では、“満腹”の力によって怪物の肉体が限界へ追い込まれていた。
自らの敗北を悟ったシュヴァリンは、最後に奇妙な言葉を残して崩れ散る。
辛くも生き延びたウィータたちは、傷だらけのジュールを連れて家へ帰還した。
激闘の終わりと共に空の異変も消え去り、世界には再び静かな青空が戻っていた。
窓の外では、小さな鳥が一羽だけ鳴いている。
ウィータが朝ご飯を代わりに作るために一階へ降りると、エルフィナがいた。父のために頑張ろうとしている。少しのサポートをしつつ、見守ることにした。
冷たい床を踏まないようにつま先で歩きながら、エルフィナはそっと具材を漁る。
卵が三つ。
少し乾きかけたネギ。
昨日の残りのご飯。
「……パパ、卵焼き甘いほうが好きだったな」
小さく呟いて、娘は砂糖の瓶を手に取る。
フライパンを火にかける音が、静かな家にじわりと広がった。昨日、父が帰ったと思えば見るも無惨な姿になった現実を、しばらく受け止めきれなかった。それでも横になりながら「ただいま」と笑った顔だけは、いつもと同じだった。
娘は卵を溶きながら昔の朝を思い出していた。まだもっと背が低かったころ、まだ父はご飯作りに慣れていなく、休日になると、焦げたベーコンを「これは…わざとだ」と言い張って、娘を笑わせた。友達は状況もあって出来たことはないが、そんな日常が娘を満足させていた。
ジュウ、と卵が焼ける。
娘は慌てて箸を動かした。
形が崩れる。
「……やっぱり難しいなぁ」
思わず笑ってしまう。
パパはいつも簡単そうにやっていたのに。
あの時、戦地へ向かう父はこう言った。
「すぐ帰る」
けれど、その“すぐ”はとても長かった。
帰ってこないかもしれない。その考えを、娘は何度も押し込めた。包丁を置く。皿を並べる。湯気の向こうに、涙がにじんでいた。
「……パパ…帰ってよかった」
声にすると、急に実感が湧いた。
昨夜はちゃんと言えなかった。父の顔を見た瞬間、胸がいっぱいになってしまって。
「そうだね、エルフィナ。パパは生きてる」
ウィータは涙ぐむエルフィナの背をさすりながら、言葉に真摯に返事をする。
昔、父はよく言っていた。
「朝飯がうまい日は、ちゃんと生きてる気がする」
だから今日は、ちゃんとした朝ご飯を作りたかった。おかえり、の代わりに。
そのとき、廊下が小さく軋んだ。娘が振り返る。寝ぼけた顔の父が、壁に手をつきながら、震えながら立っていた。いつも通りの毛一本無い髪。眠そうな目。生きている。
父はしばらく食卓を見つめ、それから困ったように笑った。
「……すごいな」
娘は少し照れて、そっぽを向く。
「焦げてるけど」
父は席に座り、湯気の向こうで静かに言った。
「焦げてるくらいが、うまいんだよ」
いつも通りの、何の変哲もない四人の朝ご飯。
窓から差し込む朝の光が、食卓をゆっくり照らしていた。
太陽が昇りきり昼に近づいたころ、ジュールが「話がある」と、外へ二人を呼び出した。
「どうしたんですか?、ジュールさん」
「拙者もか、昨日の話かと思ったのだが…」
「ん~とな、単刀直入に言うと…」
「お前らクビだ!」
明るい声で言ったジュールと反対に、ウィータとムラクニは唖然とする。その反応を見たジュールはまた驚いた顔をする。
「ちょっと省き過ぎたか…」
「とんでもない省き方だな」
「いや、お前らにはめちゃくちゃ感謝してるんだけどな、今の状況的に俺は動けないし、店の営業もままならねぇ。そこで一旦、家内を整理してみたんだよ。そしたら、お前らの給料が十分旅が出来るまで貯まってたんだ!だから本来の目的の通り、ここから国へ行ってもらう」
二人は喜ぶ反面、ジュール達への心配も多かった。
「そうするとジュールさん達は大変になっちゃうじゃ無いですか」
「そうだ、エルフィナだけじゃとても支えきれない」
「お前ら、俺達をあんまり見くびるなよ?前に言った通り、俺は戦士だったんだ。欠損の対処法ぐらい知ってる。それに、もうエルフィナは何も出来ない赤ちゃんじゃ無くなったんだ。信じろよ」
「お前ら、行きたいとこがあるんだろ?」
その時、家の中からドタバタと騒がしい音が聞こえた。そして勢いよく戸が開き、エルフィナが大量の荷物を持って飛び出してきた。
「え、エルフィナ?」
「パパ~!はい、これ!」
「おう!ありがとな」
ジュールが、肩に右手代わりに付けた棒に荷物を引っ掛けて、こちらへ飛ばす。
「コレで全部だ!とっとと出てけ!」
「えぇ!?」
「あ、それと…」
小袋を二人分投げてよこしてきた。思ったよりもかなり重く、中でジャリジャリと音が鳴っている。少し中を覗くと、金色に光るコインが大量に転がっていた。
「ボーナスだ!こんなとこにくすぶってないで、もっとデカいとこに行け!」
二人は親子の気持ちに応え、心を決める。ここから離れ、念願のゼファリス王国へ行く。自分の記憶を探すために。
「色々あったけど、とっても楽しかった…このままここに居ても良いと思っていたけど…確かに…僕は僕を見つけたい。だから…」
拳を握った後、前を向いて笑顔で声を出す。
「ありがとうございました!!」
「達者でな」
「バイバ~イ!お兄ちゃ~ん!」
「またな~!!」
「“また”な!」
「ふっ…また」
四人は、地平線に相手が沈むまで手を振り続けた。
そして見えなくなったと同時に、肩を回して歩みを早める。記憶を巡る壮大な旅が、今この瞬間始まったのだ。
目指すはゼファリス王国。『平等の国』。ここから果てしなくて続く“ゼファリスの蒼風街道”の先にある。
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