星骸、森へ墜つ
突如出現した怪物の圧倒的な力の差を前に、ウィータはついに限界へ追い込まれてしまう。
死を覚悟したその瞬間、駆けつけたジュールが第六天魔王シュヴァリンと名乗る怪物へ拳を叩き込んだ。
ムラクニに娘を託し、家族を守るため戦場へ来たジュールは、ウィータと共に怪物へ挑む。
“運命”すら捻じ曲げる絶望的な力を前にしても、二人の闘志は折れない。
そして娘を想う父の拳が、怪物の運命へ真正面からぶつかっていく――。
二つの拳が離れる。壊されたのはジュールだった。指同士が押し潰され、爪はひび割れて肉に食い込む。骨が横に、縦に、斜めに崩れ、何十個にも別れて粉々になる。見るも無惨な粉砕骨折だ。
「所詮、人生物。虚勢を張ったトコロでオレハ下せぬ…!」
シュヴァリンは体を緋色に発光させ、空気が歪むような恐ろしい圧を纏い始めた。膝を地に着け、体中の激痛に悶絶しているジュールの前に、シュヴァリンがゆっくりと体を捻らせながら立つ。ジュールは眉間をこわばらせながらそれを見上げる。
「オマエの強サは良く分かっタ…。ここでようやく終焉ダ」
シュヴァリンの全身が振動しながら目にもとまらぬ速度で体中の触手を振るう。掠りでもしたら肉が根こそぎ奪われる攻撃が、四方八方から迫り来る。
その時だった。シュヴァリンの意図しないところで、体の膨張が始まった。肉が張り、固まって攻撃の速度、威力が若干低下した。
だが第六天魔王は名ばかりではなく、威力が少し落ちた程度で相殺できるほどの破壊力ではない。ジュールは無防備のまま、もろに致命的な攻撃を食らった。
その最中、同時にウィータが意識を覚ます。先ほどの攻撃で目をやられ、視界が赤く、黒い世界になっていた。
「あいつもジュールさんも見えない…。今すぐに視界の回復を…いや、先ほどの音を放置して良いのか?。まずは手探りでもジュールさんを…!」
地面を手足で這いながら、荒い息が聞こえる方へ進む。手で、匂いで目の前の情報を探りながら近づく。
何かをガシッと掴んだ。少し温かい。
「ジュールさん…ですか?」
「…あ、あぁ…ウィータか。ハァ…ハァ…無事で、何よりだ…」
一旦ここを離脱しようと、ジュールさんを持ち上げるために体に触れる。少し横に腕を振るだけで右の脇を掴めて不思議に思った。本来、この間には腕があるはずなのだ。
その間に少しずつ目が回復してくる。目の中に溜まっていた血を拭い、ぼんやりと見えてくる景色に絶望した。
ジュールさんは右腕が肩から消えていた。信じられない景色に目を背け、下を向くとまた驚く。左足も膝から下が形を保っていなかった。
「ジュールさん…これ…」
「まだ生きてるだけでもありがたいさ。元から刺し違えるつもりだったからな」
ウィータは必死に回復をしようとしたが、腕や足が治ることはなく、傷口が肌で塞がっただけだった。ウィータの能力は、何でもありな治癒魔法ではなく、自然治癒の促進の延長線上だ。体の仕組みだけでは欠損は治らない。せっかくの治癒が役に立たない状況に、ウィータは自身への不甲斐なさに怒りを覚えた。
「ウグッ…!オノレぇ…!」
「…ッ!まさか…」
後ろからうめき声が聞こえた。シュヴァリンが土煙の中で立っている姿を見て、ウィータは険しい表情を見せる。
「大丈夫だウィータ。もうあいつは動けない」
「…え?」
一旦どういうことかと、もう一度シュヴァリンを見上げる。彼は立ったまま、唸りながら微動だにしていなかった。
「なんだコレハ…何が…起キテ…ウガァッ!!」
膨張した血管が破れ、濁った血が噴き出している。
「能力の把握を優先するんだったなぁ、第六天魔王さんよ」
動けば死ぬ。そう感じるほどに体はパンパンになって、今にも弾け飛びそうになっていた。
「俺は人や物を満腹にする力を持っている。それは、『物が持てる限りのエネルギーを最大まで満たすこと』だ。俺がここに来てから、一番最初にお前を殴った時点で、お前はすでに俺の能力に触れていた」
「…あぁ、ソウいう事カ」
「つまり体はもう満杯だったってことだ。一度いっぱいにした器に、もう一回力を流すとどうなる?。それはもちろん、全く耐えきれずに弾かれて溢れ出る」
「それがお前の体にも起こったんだ。さっきの、手を犠牲にしたパンチで二度目だったんだ」
「…クク…ハハッ…カッハハハハ!」
シュヴァリンは笑った。笑うごとに体の血管が破れて血が暴れる。
「実に滑稽ダ。バカバカしい。マサカこんな所で逝くトハ、夢ニモ思わなかった」
「あぁ、そうだな…俺も生きて勝てるとは思わなかった。とても驚いているよ、止まっているとはいえ、溢れ出そうなエネルギーに自力で耐えてるとは」
「オイ人の子」
ウィータは話しかけられ、困惑しながらシュヴァリンの方を向く。
「オレは怖く、恐ろしかったか?。完全なる怪物であったか?」
「…えっと、うん。お前は恐ろしい怪物だった」
「ソウか、フフ…。それナラ良いダロウ」
いきなり投げかけられた質問に、何が何だか分からずに答えたが、思ったよりも好感触だったようだ。先ほどまであんなに暴れていた怪物は、止まった瞬間に静かになり、それどころか穏やかな顔をしている。死が迫っているというのに、大人しく運命を受け入れている。戦いの最中の彼ならきっと死んででも殺しに来るだろうに、意外だ。
「俺ヲ殺してオマエらはドウスル」
「どうすると言われても…殺した先は決めてない。ただ、自分自身の記憶の在処を探すだけだ」
「ソウカ…!オマエが…。おっと、そろそろカ」
シュヴァリンは体中の皮膚が弾け始め、むき出しになった筋肉も筋同士が押し合って擦り切れ、今にも全身の筋繊維が切れそうになっている。
「さっさと逝きやがれ、しぶといぞ」
「分かってイル。…せいぜい生き延びてオケ。コノ世界とオマエの探し物は、地平線よりずっと先で笑ってるぞ」
「おい今なんて…」
その瞬間、シュヴァリンの体中が丸く膨張し、肉が裂け始め、体の中からとてつもない力で押し出されるように破裂した。濁った血肉が森一帯に飛び散り、その少し後に塵になって消えた。
「終わった。生き残ったぞ、俺達」
「そうだ…。そうですよ!僕たち勝って生き延びたんですよ!!」
「あっ、でも足と手が…」
木に倒れかかったジュールの、欠損した片足片手を見て暗い顔をする。
「大丈夫さウィータ。こんなの屁でも無いぜ!。それより血を止めたのに感謝したくて溜まらない。止血が無かったら、今頃俺はカラカラの死体だったろうな」
「冗談でも言わないでください、そんなこと」
どっと疲れた体に鞭を打ち、ジュールさんを担いで森を抜ける。あの温かくて、安心できる家に帰るんだ。
にしても、本当に謎な奴だった。なぜここに来たかも、何をしたかったのかも、そもそもあいつが何者なのかも分からない。第六天魔王、運命、そう言っていた。六ってことは六人居るってことだろうか。そうなるとシュヴァリンのような奴があと五人もいることになる。想像するだけで恐ろしい。
家に着くと二人が出迎えてくれた。
「無事だったかウィータ。本当に…本当に心配していた」
「ありがとうムラクニ。エルフィナも、いい子にしてたか?」
「うん。ムラクニお兄ちゃんが守ってくれてたから大丈夫だよ!」
「エルフィナ…」
担がれていたジュールも、エルフィナを見るなり左手を前に出して、髪をかき分けながら頭を撫でる。
「大丈夫なんだな?」
「うん!」
「そうか…なら良かった」
ジュールはウィータの背中で意識を失ってしまった。
僕はその後、ジュールさんをベットに寝かせてから、改めてジュールさんの手足について二人に話した。一度は重い空気になり、エルフィナは静かに泣いていたが、パパが勇敢に戦った話をすると、エルフィナは自分なりに理解を示してくれた。とても、とても強い子に育ったと実感した。ジュールさんが起きたら話さないといけないな。きっととても喜ぶだろう。
気付くと空の異変は消え去り、いつも通りの、透き通った青い空に戻っていた。
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