怪物 その2
空が異様な闇に覆われた朝、ウィータたちは巨大な“渦”の出現を目撃する。
不気味な静寂と轟音の中、ウィータは皆を残して一人、渦の先へ向かった。
そこで待っていたのは、人の言葉を話す禍々しい怪物だった。
怪物は酒場のある方向へ進み始め、ウィータは恐怖を押し殺して立ちはだかる。
しかし鍛えた剣すら通じず、絶望的な戦いが幕を開けようとしていた。
どんなに足掻いても、ウィータは怪物を止められずにいた。何をやってもよい方へ行く様子もなく、ドンドン体が壊れていく。
「ドウした、勢いが落ちてキタゾ人の子。不死身かと思っタガ、そうデハナイと言うことカ?」
体内の栄養エネルギーも、体力も底をつき始め、次第に足が止まり始める。
巨大な腕が引き締まり、刃が横に振られる。地面を踏みしめていた足がほつれ、ウィータは前に倒れ込んだ。間一髪で刃が頭上を通った。ウィータが避けたその刃は辺り一帯の木々を、稲でも刈り取るかのように真っ二つにした。木々の倒れる轟音の中で、ウィータは死にかけていた。
「ハァ…ハァ…」
クソ!もう傷を完全に治しきる力も残ってない。このまま突っ込んでいたら確実に死ぬ…
「哀れだナ人の子。オレに怖じ気づいているノカ?…そろそろ鬱陶シクなってキタ。お遊びも飽きてきたトコロダ。さっさト殺ソウカ」
「ウッ!クソッ!」
怪物は、フラフラと今にも倒れそうなウィータに近づき、腕を振り上げる。
「冥土ノ土産に一つ、教エテやろう」
「ッ…!何を言って…」
「オレの中ハ…“シュヴァリン”」
「神の使い、最上位存在、第六天魔王ニシテ【運命】を司る物ナリ」
訳が分からない言葉が出てきた。運命を司る?一体全体どうなっているんだ。聞くからにとんでもない奴だったな。もう…僕に出来る事なんて…
ウィータは、心が折れかけていた。やるだけやってこの最期なんだから良いだろうと諦めかけていた。
「サラバ人の子、オレと出会った不運な者ヨ」
「ウィィィィタァァァァ!!」
シュヴァリンと言ったか…。その怪物の巨体めがけて、とてつもなく重い鉄拳が飛んできた。拳が体にめり込み、沈み、強大な身体を揺らし、ぶっ飛ばす。
「ヨシッ!危ねぇ!間に合った!」
身体を震わせながら、シュヴァリンは起き上がる。
「ウゥア…!なんだオマエは!」
「何って…、家族だ」
目の前に現れたのはジュールだった。ウィータは目を丸くして、驚きをまったく隠せない。
「ジュールさん!?なんでここに…」
「とりあえずこれ食え!体力だけでも満たしとけ」
ジュールさんは能力をかけたパンを投げ渡してくれた。それを急いで頬ばり食って、少し楽になるレベルまで体を回復させた。
「また、悪い予感がしたんだよ。お前が一人で走り出したときからな」
「一人ですか?」
「…あぁ。予感があってから居ても立ってもいられなくなってたが、どうにも決断できずにいた時、ムラクニが…「死んでも守ります。娘さんには、指一本触れさせません」と言って、俺を送り出してくれたんだ」
「死んでも守るって…ムラクニらしいな。でも死んでもってのは説教しないと」
「ハハハ!じゃあそのために、俺達が生きないとな!」
二人でシュヴァリンへ走り出す。下から囲いながら翻弄する作戦だ。最初の標的にされたのはジュールさんだった。
ドッ!
ジュールがシュヴァリンの攻撃をいなす。その隙にウィータが懐へ飛び、腹を割こうと剣を振る。しかし流石に四本腕。守りは堅く、弾かれてしまった。
「このまま同じやり方で行っても、埒が明かねぇな。…ウィータ、ちょっと耳貸せるか?」
ジュールは小声でウィータに話しかけた。
「どんナ珍論、空論を話シテいるか知らンガ。どのみちオレにハ通用せんゾ」
シュヴァリンが更に身体を変形させ始める。そこを狙ってウィータが間合いを目指し出す。膨張した腕が上から落ちてくる。流しながら避け、予想少し浅めで斬りかかる。それにもちろんシュヴァリンは攻撃をあわせに行く。ここまでがブラフ、ウィータは急いで離脱する。空振る腕を横に、篭手を外したジュールが素手で拳を叩きつける。
ベキッ
「いっつぅぅ!なんて体してやがる。鋼鉄を殴ってるのかと思ったぜ。…でも、取り敢えず一発目だ」
シュヴァリンは二人が離れる所を詰めようとしたが、体に違和感を覚え動きを止めた。
「オマエ、今何をシタ」
「さぁな、ただ殴っただけだ」
その違和感を信じたシュヴァリンは、守りの構えに転じた。それでも、いつでもカウンターが狙える凶暴な構えだ。
「あ~あ、攻めづらくなっちまったな」
「どうしますか?作戦を…」
「いや、さっき言ったままで良い」
そこからは持久戦だった。二人はハイリスクローリターンな攻めを永遠と続けた。当然シュヴァリンも毎回カウンターに体を動かし続けるため、両方消耗していた。
しかし、シュヴァリンはウィータ達とは比べ物にならないぐらい焦っていた。その理由は【運命】の権能にある。
運命を司るシュヴァリンの前に立つ敵は、一度恐怖し、“最悪の場合”を想像した場合、それが現実になってしまうのだ。攻撃が当たってしまうかも、と考えれば攻撃が命中する。負けてしまうかも、と考えれば敗北し殺される。国が滅ぼされるかもしれない、と考えれば国は滅び跡形も亡くなる。
要するに決して敗北が無いのだ。それに元々の基礎能力も高い。人は恐怖するほかにないのだ。それなのに今、【運命】が発動され続けているこの最中、押され始めている。この現状にシュヴァリンは焦燥していた。
「…あの方より貰ッタこの力なのだゾ、オレは誰モガ恐怖する怪物なのダゾ…!それが何故……何故ダァァァァァァァ!!」
シュヴァリンは怒りに任せてむやみやたらに腕を振り回しまくる。地面は抉れ、木々はなぎ払われ、森が砕け散る。ジュールとウィータもその攻撃がもろに命中し、土と共に吹き飛ばされる。
「グァァ…!ガァ…!何故…何故…!」
「ハハ…簡単な答えさ…」
足を震わせながらジュールが立ち上がる。
「可愛い可愛い娘のためなら…」
バキバキに折れた腕を、歯を噛みしめながら振り上げる。
「パパって奴はなぁ…」
シュヴァリンの前に仁王立ちする。
「屈しねぇんだよッ!!何にもなぁ!!」
「ッ…!ふざけたコトをォォ!!」
「大真面目だよバカ野郎!!」
最後の最後で振り絞った拳同士がぶつかり合う。静かな森に、バキャッと硬い骨が砕ける音が鳴り響いた。
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