82話 旦那様
「ハイハイハ~イ、どうかなさいましたかぁ?」
ヴェラさんは気だるげな口調で返事をすると、素早く自分の仕事に区切りを付け早足でこちらへやってくる。
こんな喋り方だがどうしてか無気力に感じないのは、動作がテキパキとしているからだろうか。
「ちょっと助けて……じゃなくて、この方々に似合う水着をオススメしてもらえたらなーと」
俺が指差すと、ヴェラさんはルビーのような大きな瞳をぱちくりさせて3人を見た。
「了解でぇす。 ちなみに参考になんですけど、ご予算の方は?」
「糸目はつけません。 プレゼントですんで」
ほんの少しだけ遠慮が滲んだ様子で小首を傾げるヴェラさんに、俺は努めて嫌味にならないように「上限ナシ」と伝えた。 結果嫌味が出た気がする。
「おぉ~! お兄さんよく見たら龍革着てるし、実はお金持ちなんですねぇ。 凄腕の冒険者だったり?」
ヴェラさんはイタズラっぽい笑みで顔を近づけてくる。
俺の着てるこいつは見た目は普通のコートとほぼ変わらないはずだが、触ったわけでも無い物の価値を見抜くとは服屋の店員としての確かな審美眼が備わっているようだ。
まあ正直接客としては万人に好まれそうではないが。
「ご想像にお任せするとともに水着選びもお任せします」
「あらそうでした、ゴメンナサイ」
目をぱちくりさせて俺から離れると、ヴェラさんはきょろきょろとクリスタ達の顔……いや、体を交互に見る。
「ちょ~っとサイズ測らせていただいてよろしいです? 見てもある程度分かるんですけど、正確にやるなら測ったほうがいいので」
そして自分のウエストやらバストやらを測るような身振りをしつつそう言った。
みんなが肯定の意を示すと、ヴェラさんは「ありがとうございま~す」と笑顔を見せる。
「じゃあこちらの試着室でお測りいたしますのでお一人ずつどうぞ~」
呼ばれていの一番に出たのはクリスタだ。
他の2人が片方は戸惑い、もう片方はやや警戒の色を見せていたためだろう。
とことんまで人に気を使うやつであると感心していると、クリスタはヴェラさんに連れられ近くにあった一辺2メートルも無いくらいの狭い個室に入って行った。
すぐに入り口のカーテンが閉められ、残念ながら中は見えない。
衣擦れの音と小さく聞こえる会話が想像力を掻き立てる。 正直俺なら耳を凝らせば聞こえるが、紳士として恥ずべきことなのでやらない。
そんな中ふとエーミールさんを見ると、自分の指で耳を塞いで「聞いていないですよ」とアピールをしていた。
俺が搔き立てられるのは許せるが、他の男が搔き立てられるのはなんだかムカつくので一安心である。 エーミールさんなら耳を塞いでも聞こえていそうだが。
「ハイ終了でーす。 次どうぞ~」
しばらくして出てくると、淡々と次を呼ぶヴェラさん。 その後ろから衣服の皺を直しながら気恥ずかしそうに出てくるクリスタ。
一体どんな行為と会話が行われていたのだろうか。 訊いたら怒るだろうから訊かないが。
「じゃ、じゃあ自分が……」
クリスタと入れ替わるようにしてリリィが試着室に入っていく。
「……えっ? ぬ、脱ぐんスか!?」
直後にすっとんきょうな声が中から響いて来る。
流石声がデカい。 やはり脱いだのか。 そりゃそうだ。
「はぁ、下着はいい……っス? ……はい、脱ぎました――ひゃわっ!?」
……この丸聞こえは最後まで続くらしい。 さしもの俺も気まずさが勝ってしまうぞ。
「い……身長は……伸びないのに……ばっかり……」
面白デザインの水着を漁って気を逸らしても、途切れ途切れ聞こえてくる声は止められない。
それから数分で出てきたリリィはやはり、クリスタと同じく顔を少し赤くして気恥ずかしそうな様子であった。
「じゃ最後の方……はそのまま測れそうですねぇ」
ヴェラさんはヒルベルタを見て言う。
確かに彼女の格好は下着に適当な布を被せた程度のものなので、わざわざ脱ぐ必要性は薄いだろう。
「とはいえ刺激強めの画になりそうなのでこちらの中でやりましょうかぁ」
ヴェラさんは試着室を指差し、ヒルベルタに入るよう促す。
俺もその方が色々と助かりそうだ。
「いや、私はここで構わない」
「構う。 行け」
有無を言わさず試着室へと押し込む。 「ああん♡」などと喘いでいるが無視だ。
「……開けても構いませんからね?」
「開けない開けない」
ヒルベルタはきょとんとしているヴェラさんと共に俺が勢いよく閉めたカーテンの奥へ消えていった。
「チッ……おい、早く終わらせろ」
「変わり身すごいっすねぇー」
試着室から足早に離れる俺の背に、そんな会話が最後に聞こえてきた。
「……本当に愉快な方ですね」
溜息を吐く俺を、エーミールさんはくすくすと笑いながら出迎えた。
傍から見れば愉快なのか、それともこの人の性格が悪いのか。 渦中の俺には分からない。 けど前者だろう多分。
「はぁい終了しました~」
やはりというか、ヒルベルタの測定はすぐに済んだ。 他の2人と比べると体感半分以下の時間だろうか。
彼女は当たり前のように俺の右腕に抱きつき、隣を確保する。
「それじゃあ皆様にオススメの物をご紹介させていただきたいんですけどぉ……彼氏さんのご意見も参考にしたいなぁと」
そう言ってヴェラさんは俺とヒルベルタとを交互に見る。
なぜ俺が彼氏になっている? イカレているのか? この人は……?
……しかし、待て。 一旦自分の状況を顧みてみよう。
今現在ヒルベルタは俺の右腕に居る。 これにさっきのやりとりを合わせると普通恋人だと思うんじゃないだろうか?
そう、イカレているのは俺の方だった。 慣れというのは恐ろしい。 鋭敏な感覚を麻痺させる劇毒である。
「……いえ、彼氏ではないのでお任せします」
この間コンマ3秒。 心の中でイカレいると思ったことを謝りつつ、ありのままの事実を伝える。
「あ、そうなんですね? じゃああたしのオススメでやらせていただきます~」
あまり納得していないような感じだが飲み込んで「まずそちらの方から」とヒルベルタを指すヴェラさん。
「いや、私は既に決まっている。 旦那様のお望みだからな」
そう言ってヒルベルタが手に取ったのは、俺がふざけてリリィに勧めたほぼ紐のアレであった。
「先ほどリリィにこれを勧めていましたが、これは私の方が似合います」
「……否定はしないよ」
なんかどうでもよくなってきた。
「あぁ~彼氏じゃなくて旦那様でしたかぁ」
ポンと手を叩き、ヴェラさんうんうんと頷く。
見る人が見れば、俺はどんぶり一杯の苦虫を丁寧に丁寧に嚙み潰したような苦悶の表情浮かべていたことだろう。
「けどそれっすか~それあたしが悪ふざけでデザインしたやつなんですよねぇ。 お兄さん中々のご趣味ですよぉ?」
「俺の最後の誇りのため言うけど、それ全然好きじゃないです」
襲いかかる頭痛に眉間を揉みながら、俺は最後の抵抗をした。
「そうなのですか? ならこんな物はいらん。 なんだこのふざけきったハレンチ極まりないデザインは」
それを聞いたヒルベルタはあっさりと“紐”に対して興味を失い、持っていたそれをヴェラさんに押し付けた。
本当変わり身早いな、とかお前が言うな、とか色々ツッコミたいことはあるが、面倒なのでスルーだ。
「え~お姉さんも充分ハレンチな格好してますけどねぇ……ちなみにお好きな色とかありますぅ?」
「色? 色にこだわりは無い。 旦那様の好むものであればいい」
ヒルベルタは目も合わせずそう言って髪をかき上げ、腕を組む。
だったらこの囚人みたいな縞々のボディースーツでもいいのだろうか。 よく見たらちょくちょくネタが転がってるなこの店。
「あたしは白とか際立ってイイ感じだと思いますけど~どうですかぁ旦那様?」
完全にヒルベルタの旦那様扱いなのが癪に障るが、この場はもうそういう感じで乗り切るしかない。 俺は今日だけ旦那様。
リリィは苦い顔をしているものの空気を呼んで黙っているし、エーミールさんは口を押さえて微かに震えている。
「いいと思います」
「え~? ホントに思ってます? 適当に流してちゃ奥さんに嫌われますよぉ?」
俺のあらゆる感情を消した返答に、ヴェラさんは頬をプクリと膨らませ俺を叱る。
正論である。 こういう些細な所から亀裂が入っていく夫婦仲……いうのはぷりん☆荒モード先生の作品でも見たことがあるからな。
しかしそんなことで好感度が下がるのなら調整の為に続けたいくらいだ。 ヒルベルタの熱は相変わらず火傷するほど熱すぎる。
「あの、こいついつもこんななので、いいって言うならいいんだと思います」
見かねたクリスタが俺のヴェラさんの間に割り込むように出てフォローを入れてくれる。 助け船は遅延気味だったが、運航はしていたらしい。
感謝の気持ちを込めて両手を合わせた俺に、クリスタはやれやれと言うような溜息で答えた。
「じゃああたしが選びますね? えーっとすっごいスタイルイイから何でも似合いそうだけどサイズ残ってたかなぁ……これとこれとこれと……」
ヴェラさんは細かく場所を変え、次々水着を選んでヒルベルタに見せたり当てがったりしていく。
その様子はどこかウキウキしていて楽しそうに見えた。
しかし彼女はどこに何があるのかをほとんど把握しているようだ。 仕事に迷いが無い。
「これなんかどうです? 試着とかされてもいいですよ~?」
「試着? 面倒な……――ハッ!」
その時、ヒルベルタに電流が走る!
……と表現するのが適切であろう表情変化をしたかと思うと、ヴェラさんの持った水着をひったくって、ヒルベルタは試着室に飛び込んで行った。
「絶対に開けないでくださいねっ。 絶対に、開けてはいけませんよ? 開けないでください約束です!」
ヒルベルタは試着室のカーテンの向こうから顔だけを出してわざとらしくそう何度も念を押す。
「開けろ」というフリなのだろうが、俺は言葉通りに従うだけである。




