83話 ファッションショー
「ホンっと~にあの女は……恥じらいってものがないんスかねぇ」
呆れ半分怒り半分といった様子でリリィはヒルベルタが消えていった試着室を睨む。
「面白い人ですねぇ。 エルフっておカタイ人達な印象ありましたけど、イメージ変わったかも」
やはり傍目から見れば面白さが勝つのだろうか。 ヴェラさんは人差し指を唇に当てて大きな眼をぱちくりさせた。
口ぶりからするとエルフとは複数回会ったことがあるようだ。
「……っていうか遅くない?」
数分待ってみてもヒルベルタが出てくる気配はない。 音さえしない気がしてクリスタは首を捻る。
「多分裸でスタンバってるんだろう。 おーい、開けないから早くしてくれないかー?」
呼びかけてみると、ガタンと音がして続いてゴソゴソ動いている音が聞こえた。
予測確定。 何をやっているんだあいつは……
「本当変わった奥様ですねぇ」
「……まあ、あれでいい所も沢山あるんでね」
笑うヴェラさんに、俺は試着室の中に聞こえないくらいの声で返す。
「旦那様~! 完了いたしました! 遠慮なくガバっと開けてください!」
それから1分もかからず、中から明るい声が聞こえてきた。
なぜか俺に開けさせたいらしく自ら出てこようとはしない。 仕方なく近くまで歩く。
「……もしちゃんと着てなかったら、分かるよな?」
隔てるカーテンを掴んだところで、嫌な予感がしたので念を押しておく。 こいつならやりかねない、というかやると思う。
俺が言った直後中からゴソゴソと素早く動く音が聞こえた。 やっぱりな。
「はははっ……何をおっしゃいますやら? 準備は万端ですとも!」
ヒルベルタは震え声でそう言った。 もう音は止んでいる。
よほど度胸を持て余していない限りはこれで大丈夫だろう。 俺はリクエスト通りガバっと勢いよくカーテンを開けてやる。
シャッ! とカーテンレールが鳴った直後、目の前にあったのは見事なポージングをキメたヒルベルタだった。
褐色の肌に映える純白の、布地少なめセパレートタイプの水着を身に纏い、流石のたわわな……いや、整ったスタイルを見せつけている。
「さあ、どうですか!?」
自信満々な表情で体を揺らし、遅れて胸部装甲がブルンと揺れる。 本体と別の生物なのではないかと錯覚してしまう暴れっぷり……目に毒とはこのことか。
ポージングのせいで顔の角度が上がり、ドヤ顔感がより高まっている。
「……似合ってるよ。 掛け値なしに」
言いたいことは他にもあったが、一先ずは素直な感想を伝えてやる。
普段の格好とさして変わらないと思っていたが、中々どうして受ける印象は違うものだ。 あとは恥じらいさえあれば完璧なのだが……彼女にそれを求めるのは酷だろう。
「うふふふ……♡ 触っても構いませんよ?」
誘惑的な表情でギュッと胸を寄せて体をくねらせるヒルベルタ。
「遠慮しておこう。 これにするか? それとも別のも着るか?」
目を逸らしつつ訊くと、ヒルベルタは「ふむ……」と少し考え、頷いた。
「……よし。 おい店員! 私に似合うと思ったものを片っ端から寄越せ!」
ヒルベルタはそう言ってヴェラさんからオススメされたものを大量にぶん捕って試着室へと消えていった。
そこからはもう筆舌に尽くし難い、ヒルベルタによるファッションショーだった。
「これはどうです!?」
「良い感じだ」
色は先程の白から黒、赤、緑……時として表現の難しいものや、複数の色が入り交じったもの。
「ご覧ください! さあさあさあっ!!」
「似合ってる似合ってる」
形はオーソドックスなビキニ(というらしい)から、ショートパンツスタイル、ワンピースタイプ……等様々なものをとっかえひっかえ。
「ふふっ……これはいかがでしょう?」
「良い感じだ」
しかも毎度毎度違うポージングも添えてお出ししてくる。
よくもまあそれほど動きのレパートリーがあるなと感心する。 俺の褒め言葉は既に被ってしまっているというのに。
◆
「……色々試着されましたけど、どうなさいますぅ?」
試着済みの水着を綺麗に籠にまとめながら、ヴェラさんはヒルベルタに訊ねる。
もう10を超えたあたりから数えていないが、これだけ試着するのは迷惑にあたらないのだろうか。 とりあえず気を悪くしている様子は無いが……
「気に入ったのが無ければ全然、他のでも買っていかれなくても結構ですよ~。 あんまりピンと来てないのに気を使って買うって人たま~にいますけど、そういうのウチでは考えなくていいんで」
俺の懸念を知ってか知らずか、ヴェラさんは何でもないような顔で言う。
「その心配はいらん。 旦那様がお褒めの言葉をくださったからな」
ヒルベルタはフッと笑って腕を組む。
その様子から既に何を購入するかは決まっているようだ。 全て雑に褒めたような気がするが……
「全部買おう!! 全部だッ!! 我が蓄えをここで解放する!!!」
「俺が買ってやるから1つにしてくれ」
キメ顔で指を差すヒルベルタの腕を下げさせる。
全部褒められたので全部買うというのはあまりに安直ではないだろうか?
「1つ……ですか。 でしたら旦那様が気に入られたものでお願いいたします」
「俺が選ぶのか? うーん……」
しまった。 正直途中からあまり見ていなかったぞ。
俺の内心を見透かしてジト目で見てくるクリスタの視線を避け少し思い返してみて思う。 ヴェラさんが最初に推していただけあって、やはりあれが似合っていた気がする。
「……最初の白いのが一番良かったと思う」
「ならばそれで」
俺が言いきるか言いきらないかくらいの食い気味でヒルベルタはヴェラさんに言う。
「承りました~」
回り回って最初の物に落ち着く。 買い物とは得てしてそういうものだ。 これは女性に限らない。 迷う時間が少々ばかり長い人が比率として多いが。
「じゃあお次はそちらの方~。 見てらっしゃいましたけど、お気に召したものございますでしょうかぁ?」
ヴェラさんはリリィの顔を覗き込むようにしてそう訊ねる。
「えっ!? あ、よく分からなかったです……」
ヒルベルタが好き勝手やっている間リリィは1人で色々と見て回っていたようだが、そもそもが彼女の常識に無い物のため選ぶ以前の問題らしい。
「ならオススメさせていただきますねぇ……カワイイ系ならこれとかぁ、セクシー系なんかもアリですよねぇ」
待ってましたとばかりにリリィに合う水着を次々に取り出す。 どうやら既に目星をつけてあったらしい。
形はヒルベルタに提案していた物達に比べると落ち着いているが、色合いとしては明るめな物が多いような気がする。
「さ、さっきの紐のやつよりずっといいっスけど……これもみんなほぼ下着では……?」
リリィは赤い顔を逸らして恥ずかしそうに横目でそれらを見る。
こういう反応だよ、露出に対して怯むくらいの感じが欲しいのだ。 俺は1人、心の中で大きく頷く。
「そうですかぁ? とはいえあんまり着込んでると泳ぎづらいですし、そういうモノなのでー……ワンピース系で攻めますか」
そう言ってヴェラさんが取り出したのはピンクを基調とした、用途不明のフリフリが付いた可愛らしい水着だった。
「そ、それはちょっと……自分には似合わないと思います……――あっ!」
手と顔をブンブン振って拒否するリリィ。 その過程で何かに気づき、そちらへ向かう。
どうやら壁にかかった『水着』の方に行ったらしい。
「こ、これっ! 自分、これがいいっス!」
指の先にあったのは、首から下全てをカバーするボディースーツだった。 全身青色で、脇の所に黄色のラインが入っている。
リリィはそれを指差し少し引きつった笑みを浮かべる。
「あ、これですか? 本格的ぃ~」
「羞恥心に負けたか……だがお前らしい。 買いましょう」
まだまだ追い込んでもいいが、クリスタに怒られそうなのでリリィの意思を尊重しようと思う。
「ほ、本当に買っていただけるんですか……? これ結構高そうな……」
「まあちょっと強引に大会出場決めちゃったし、その埋め合わせと……勝利を願って、ってことで」
あと、さっき店員の前で糸目を付けないとか気取ったことを言ってしまった手前俺が出さないと情けないことになってしまう。
そこを察してくれると嬉しいね、と伝わりそうもないアイコンタクトを送ってみる。
リリィはそれでも迷って、最後はクリスタの無言の頷きを受け、ようやく首を縦に振った。
「了解で~す。 確かSサイズがあったはず……」
在庫を確認するヴェラさんの目を盗み、俺は値札を見る。 仕方がない、一財産築いたとはいえ根が小市民なのだ。
「おぉ……」
……ヒルベルタのやつの軽く5倍以上。
安くない、というか高い。 だが、せっかく格好つけたのだから最後まで貫き言わないことにしよう。
これは後でチラリと訊いた話だが、水龍モドキだか近縁種だかの革を使った最高の防水性を備えた代物だったらしい。 俺はちょっぴり後悔した。




