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80話 ただの妄言だ


「悪いな、紹介が遅れた」

「そうよ、あんた達だけで話してちゃ置いてけぼりでしょうが」


 クリスタはむすっとした表情で腕を組む。

 紹介をしない無礼を怒っている……だけでは無いような気がする。 それだけでこんなに不愉快そうな顔をするやつだろうか?


「……だな、スマン。 えーっと、確かクリスタは知ってたよな?」


 考えていても仕方が無いので、俺はクリスタを指差しゴリアテの方へ振り返る。


「うむ、当然だ」


 ゴリアテは頷く。 俺が旅に出る以前、町に来た時に2人は顔を合わせていたはずだ。


「クリスタ殿、お久しぶりでございます。 貴女の幼馴染であるアルフレドには大変お世話になりました」

「い、いえ、そんなに畏まらなくても……」


 大きな体を折り曲げ深々と頭を下げるゴリアテに、クリスタは戸惑う。


「いえ、本来であれば旅が終わった後我々全員でご挨拶に伺うところを……」

「それは、アルが面倒を避けたかったからでしょう? あなた達が悪いわけじゃないと思います」


 きっぱりと言って、俺を横目で見るクリスタ。

 英雄となった彼らに町に来られては大騒ぎになってしまうし、その状態で目立たず会うとなると不可能に近い。 

 そんな理由で、誠に勝手ながら町に来るのは控えてほしいと頼んだのだ。 


「……ともかく、あたしのことはいいので。 2人共、ご挨拶なさい」


 クリスタは溜息を吐き、リリィとヒルベルタを前に出して自分は後ろに引っ込んでしまう。


「「…………」」


 前に出た2人は、目でどちらが先に喋り出すかの駆け引きを始めた。

 埒が明かないと悟った俺は、まずリリィの肩にポンと手を置く。


「まず、こっちが俺の弟子」

「何っ? アルフレド、お前弟子をとったのか!?」


 驚くゴリアテに頷きを返し、ガチガチに固まるリリィの背を軽く叩いて、文字通り背中を押してやる。

 小柄なリリィが近づくとそのサイズ差がより際立つ。 2倍くらいあるんじゃないだろうか。


「じ、自分はリリィと言います! アルフレドさんの弟子として剣を学ばせていただいております! 以後よろしくお願いいたします!!」

「う、うむ。 よろしく頼む」


 90度のお辞儀をするリリィに軽くお辞儀を返し、ゴリアテは俺に伺うような視線を向けてくる。


「本当に弟子だよ」


 リリィを見たやつは大体そういう反応をする気がする。 俺は手慣れた返しをした。


「す、すまん。 疑っているわけではないのだが……確か以前、弟子を取る気は無いと言っていた気がしたのでな……」


 顎を指で擦るようにしながらゴリアテはううんと唸る。


「そんなこと言ったっけ? まあ本心だけどなそれは」

「記憶力が良いのかいい加減なのか分からない所も相変わらずだな……」


 ゴリアテはフッと笑い、横目でリリィの方を見た。


「しかし、我々もお前に戦闘技術を学んだものだが……お前は師と呼ぶことは許さなかったな。 この少女はそんなお前が師となるに値する、ということか」


 どこか遠くを見るようなゴリアテの視線に、リリィは何をすればよいのか分からない感じで佇んでいた。


「そんなに深い考えがあるわけじゃないけどなぁ。 そもそも前に俺が教えたのなんてお前らの悪い癖を指摘して直しただけで、他に師匠っぽいことしたか?」

「少なくとも我々にまだまだ“先”があることを示してくれたと思っているぞ?」


 ゴリアテは屈託のない笑顔で言う。

 しかし、その程度のことは遅かれ早かれ気づけることだと思うし、何よりゴリアテ達が成長したのは彼ら自身が努力をしたからである。 俺の力など微々たるものだ。


「して、こちらの女性は? どうやらエルフのようだが……」

「ああ、こっちは俺の……」


 ゴリアテの視線の先はヒルベルタ。

 彼女の説明は少々面倒だ。 そもそも、俺と彼女の関係はなんなのだろう?

 友人関係……と言うには付き合いが希薄に感じる。 友人としてなら俺よりクリスタやリリィの方がよほど深い仲だ。 なにせ俺を抜きに3人で遊んでいたりするからな。

 そんなことを考えてまごついていると、ヒルベルタがここぞとばかりに、見るものを恋に落としそうな笑顔で爆弾を投下する。


「私は、アルフレド様の妻でございます」


 これを火薬に置き換えられるのなら、城崩しも容易だろう。

 サイデリアさんらが気を使って離れているのを良い事に、ヒルベルタはイキイキとした表情をしている。

 そうだ、しばらく大人しかったが、こいつはこういうやつなんだ。


「な……なァーにィィィィィィィィーーーーッ!!??」


 巨体を存分に響かせてゴリアテは叫ぶ。

 流石声量が違う。 皆脳を揺らされ、顔を逸らし眉を顰め耳を塞いでいた。


「ア、アルフレド! お前……まさか度々言っていた「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……」というのは本当だったのか」

「いやいやいや、冗談だから。 それも今のも全部ウソ全部ウソ、ただの妄言だ」


 俺は手と顔を大きく横に振る。

 確かにちょくちょくそれは言っていたが、残念ながらその予定は無い。


「な、なるほど……ただの冗談、か。 しかしそれにしては彼女の眼は純粋だが……」

「真っ直ぐ間違った方を見てるんだよ。 さあ、次は真面目に頼む」


 ゴリアテはそうか、と汗を拭いながら頷く。 やはり話が早い。

 俺も額をじんわりと濡らす嫌な汗を拭いながら、ヒルベルタにトゲを含んだ視線を向ける。


「私はいたって真面目なのですが……コホン」


 軽く咳払いをして、ヒルベルタは品のある動作でお辞儀をする。


「私はヒルベルタと申します。 アルフレド様の妻……の第一候補です。 以後お見知りおきを」


 ヒルベルタにしてはやけに丁寧な挨拶をして、ゴリアテの顔を見上げた。 しかし目はちゃんと合っていないような気がする。

 エルフという生き物は「自分が相手より上か下か」等を勝手に判断しランク付けする癖があるらしい。

 敬語を使うあたり、彼女にとってゴリアテは悪意のある敵でも脅威でもなく、明確に“下”というわけでもないポジション……というところだろうか。


「う、うむ。 よろしく……」


 これを感じ取ったか、どうにもやりにくそうにゴリアテは軽く頭を下げた。


「まあ、そういう感じだ。 なんだって自己紹介させるだけでこんなにヒヤヒヤしなけりゃならないのか……」

「ははは……旅を終えても中々苦労をしているようだな」

 

 ゴリアテは乾いた笑いを零しながら、肩にかけた革の鞄の中を探る。


「そんなお前に、これをやろう。 プレゼントだ」


 大きな手で鞄から取り出したのは、少女の絵が書かれたカラフルな表紙の本。


「こ、れは……! まさか……!?」


 差し出された本を受け取る手は微かに震え、自分でも驚くほど目が見開かれる。 間違えるはずもない、これはまさしく――


「ぷりん☆荒モード先生の、新作か!?」


 それは、俺の敬愛する作家の名。

 手土産のつもりだろうゴリアテは、俺の最も欲しがる物を完璧に当ててみせたのだ。

 ……なにせ彼も先生の大ファンだからな。


「ハッ……! しかし、ゴリアテ、コレは……」

「安心しろ、今作は全年齢対象だ」

 

 ゴリアテは笑顔で力強く頷く。


「そうか、よかった……」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。 先生の作品は幅広く、特にリリィには見せられないような内容のものも多々ある。

 しかし、絵師として確かな技術を持ちながら芸術性よりキャッチーさを重視し、なおかつ異世界的発想力をもった多彩な作品を描ける者は彼女をおいて他にないだろう(早口)。


「いやよくないから。 それ以外では全年齢対象じゃないのがあるって言ってるようなものよ?」


 冷めた表情で腕を組むのはクリスタだ。

 俺は、さっきよりずっと嫌な汗をかいている気がする。


「…………全然、何を言っているのか分からないな」

「そもそもね、あたしあんたの部屋にアレな本あるの知ってるわよ」


 バカな……いや、カマをかけているに違いない。 たまーにそういう駆け引きを戯れにやってくるやつだ。


「部屋入って左奥のタンスの下から2番目の引き出しの2重底の下」

「……ッ!?」


 雷に打たれたような、脳天を割り全身を駆け巡る苛烈な衝撃!

 待て待て待て、まだ焦る時間じゃない。 実際に雷に(魔術ではあるが)打たれたことがある俺はこの程度では焦らない。

 何より、そこがバレているとしてもまだ他に弾はあるのだ。


「……ベッドの裏」


 最早衝撃は無かった。 ただ、頭が真っ白になった。

体が灰になって、この闘技場に吹く風によって飛ばされていくようだ。


「別に取り上げてないんだからそんな絶望顔やめてよ……」


 クリスタは溜息交じりに眉を顰める。

 どうやら俺の“お宝”は無事らしい。 クリスタが優しくて本当に良かった……


「理解のある幼馴染でよかったではないか」

「……知りたくない事実を知ったのは地味にお前のせいでもあるんだが、まあ“これ”をくれたから水に流そう」


 少しいたずらっぽく笑うゴリアテに俺は釈然としないものを感じつつもそれを飲み込み、新作を懐にしまう。


「ふふふっ、実はその新作は荒モード先生に直接いただいたものでな」

「マジでか。 また会えたのかよ羨ましい」


 彼女は流浪の作家、一所に留まる時間は短い。

 世界中を回っても出会えたのはたった1度だけ。 その時正体を隠すとか考えずに全力でサインをねだったのはいい思い出だ。


「更にもう1つ。 彼女は我々勇者パーティーをモチーフに新作を描くおつもりらしいぞ?」

「…………俺、明かそうかな正体」


 俺が勇者の仲間であると堂々と世間に明かせば先生に描いてもらえる……そう考えると結構本気で揺れてしまう。


「揺れるのね……」

「……いや、まあ明かさないけどさ」


 流石に長い目で見るとマイナスが大きくメリットとデメリットが釣り合わない。


「はっはっはっ! 気が変わったのならいつでも言ってくれ。 個人的に連絡を取る手段を得たからな!」

「1人旅エンジョイしてるなぁ……」


 かなり羨ましいが、これも旅を続けた者の特権ということだろう。 俺に権利が無いのも当然の話だ。


「何、もし新作が出たら真っ先にお前に送ろうではないか」

「……ああ、ありがとうゴリアテ。 俺達、ズッ友だぜ」


 逞しい手とガシリと固く握手を交わす。

 俺が最も友情を感じる瞬間、それはぷりん☆荒モード先生のことを語り合う時だ。


「本当、イイ友達ねあなた達は……」


 これにクリスタは呆れ笑いで長い溜息を吐いた。


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