79話 年の離れた友
「そもそもあんたとサイデリアさんが本気で戦ったらあたしらどうなるのよ……近くで見てるだけでも危ないわ絶対」
クリスタはウェーブのかかった毛先を指で弄びながら眉を顰める。
多分俺が戦わなくて済むようにするためのフォローだろうけど、今回はあまり意味は無さそうだ。
「チッチッチィ……アンタらも安心安全に見れる方法があるんだなこれが」
立てた人差し指を横に振りながら、サイデリアさんは不敵な笑みを浮かべる。
「いいかい? ちょっと見てな……」
サイデリアさんは腰の剣――『天雷剣』を引き抜き、舞台と客席の間――客席部分の縁に歩いて行く。
そして、剣を振り上げた――
「――サイデリア? 待って、あなたまさか……」
「ふんりゃあァッ!!!!」
イザベラさんの制止は一瞬遅く、サイデリアさんの剣は虚空へ振り下ろされる。
直後――バチィッ!!! と空気が弾けたような、耳を突き刺すような音が闘技場に響く。
「な、何が……――ッ!?」
リリィの目が見開かれる。
その先には、何も無い空中で“何か”に阻まれるように制止するサイデリアさんの剣があった。
いや、制止しているというのは間違った表現かもしれない。 なぜならその剣にはまだ力が込められているのが分かる程小さく震えていたから。
更に、微かに金属が擦れるようなギギギという音も聞こえる。
「……流石カタいね」
ふぅと息を吐き、サイデリアさんは剣を下ろす。
「とまあこんな感じさ。 客席と舞台の間には魔力の障壁があってね。 これはブラオ・シュナーベルから魔力を供給してる特別製で、自然に修復してくのもあって壊すのはアタシでもしんどいくらいさ」
金色に輝く剣を鞘に納め、サイデリアさんはニッと笑う。
つまりこれで安全は保障されている、ということだろう。
実際、俺でもこの障壁を破るにはそれに専念しないと難しい。 戦闘の余波で割れるなんてことはまずあり得ないだろう。
「なるほど……じゃあこの中でやれば、壊れるのはこの中だけ、ってことですね……」
サイデリアさんの行動に若干引きつつ、クリスタは愛想笑いを作る。
「そういうこと! さあ、どうだいアタシと一勝負……」
「お断りさせていただきます」
俺が丁重に頭を下げると、サイデリアさんは「わかってたけどさー」と唇を尖らせた。
……その後ろで、黒いオーラを放つ人影に気づかずに。
「――ムグっ!? イデデデデデっ……!」
人影に頬をガシリと掴まれ更にグイっと引っ張られ、サイデリアさんは声を上げる。
「サ~イ~デ~リ~ア~?」
人影の正体は、背景に「ゴゴゴゴ……」とか浮いてそうなほどの威圧感を放つイザベラさんだった。
それでもなお笑顔なのがより一層恐ろしさを引き立てている。
「う、うひぃ……」
一体どんな殺戮が繰り広げられるのか……そう思ったその時、イザベラさんの黒いオーラがスッと引っ込んで穏やかな、しかし悲しげな表情に変わる。
「……“わたし”は、いいのよ? でもこれはわたし1人で作ったものじゃないの。 クロードもそうだし、ケヴィン、ラファエル、アリーセ、ヴィクトリア……」
聞いたことがあるような無いような名前をさらさらと口にするイザベラさん。
多分、部下の騎士の名前だろう。 彼らとの合作がこの障壁らしい。
「そ、そりゃ分かってるって……でもあれだろ? コイツらに客席は絶対安全ってことを示せたじゃん? そうじゃなきゃ安心して観戦できねーもんなぁ?」
サイデリアさんは引きつった笑顔で俺達を指差す。
少々無理のある言い訳ではあるが、天雷剣の切れ味とサイデリアさんの腕力でも簡単には割れない障壁で守られている、と考えると確かに安心感があると言っていいのかもしれない。
「……とりあえず、今回はお咎めなしとするわ。 どっちにしろ最後に耐久検査をする予定だったし」
小さく溜息を吐き、イザベラさんは少しツンとした表情を作る。
「いやはやサイデリアさんのバトル好きには困ったものですね。 楽しい闘争の為に後先考えない所がある」
「まったくです」
俺はにこやかな表情で腕を組むエーミールさんに同意する。
「何だぁエーミール? アンタがアタシの相手になってくれるって?」
「いえいえまさか。 僕などあなたにとっては赤子の手をひねるようなもの、朝飯前、鎧袖一触。 まるで相手にならないでしょう。 面白い戦いになどなりませんよ」
あっはっは、とまる出しの作り笑いをしてエーミールさんは大袈裟に肩を竦める。
「やっぱり、同じ四天将でもサイデリアさんは別格なんですね?」
「そうですね、殊に戦闘においては」
リリィの質問にエーミールさんは頷き、懐を探る。
「――ってエーミールさんいつの間に!?」
当たり前のように入り込んでいたエーミールさんに気づき、リリィは驚き飛び退く。
仮にリリィが殺害対象だった場合、存在を認識する前に殺されているはず。 確かに正面からの戦闘ならサイデリアさんよりずっと劣るだろうが、これがエーミールさんの真価だ。
実は俺がサイデリアさんに負けたって話のあたりから、ずっと居た。 あまりに無音であまりに自然な接近。 喋るまで気づかないのもよく分かる。
……まあ、俺が普通に受け答えしたからより馴染んでしまったのもあるだろうけど。
「不肖エーミール、ただいま戻りました。 こちら、お約束の品です」
エーミールさんはリリィの前で跪き、懐から取り出した綺麗に畳まれたスカーフを手渡す。
「……あっ! あったんですね、ありがとうございます!」
「いえ、僕の責任でもありますので」
頭を下げるリリィに肩を竦め、エーミールさんは俺の方へ向き直った。
「ちなみにこちらはやはりというか、盗まれておりました。 犯人には然るべき処置をさせていただき、これ以上のご心配は不要であるとお約束します」
エーミールさんはギリギリ開いている瞼の奥に笑みを浮かべ、人差し指をピンと立てる。
「それと。 皆様……特にアルフレドさんに、サプライズを1つ」
言葉と共に俺達がここに入って来た時にも通った廊下の方を優雅な動作で指す。
そこからずんずんと人影が――実際はこんな音は鳴っていないのだが、鳴っていると錯覚する程大きな人影が現れた。
「お前は――」
俺は思わず息を呑んだ。
魔物か何かかと勘違いしてしまうほどに大きな体に、筋肉がハッキリと出た丸太のような手足、精悍な顔つき。
赤色を基調とした相手の目を引く派手な鎧を全身に纏い、腰に肉厚の両手剣を下げたその姿は――
「ゴリアテ! ゴリアテじゃないか!」
魔王討伐の旅を共にした仲間であり、年の離れた友――ゴリアテだった。
ついつい声のボリュームが50パーセント増しになってしまうのも仕方がないことだと思う。
「うむ、久しぶりだなアルフレド!」
ゴリアテは笑みを浮かべ、手を差し出してくる。 俺はその手を取って固く握手を交わした。
「そうか、確かクロードさんがゲストで来るって言ってたな……。 ロイとアイリスは?」
「2人の到着はギリギリになるそうだ。 そう手紙が届いたらしい」
俺はゴリアテの物言いに違和感……どころではない奇妙さを覚えた。 「なるそうだ」や「届いたらしい」というのはどういうことだろうか。
「ああ、スマン。 報告していなかったが、今私は1人旅をしているのだ」
「やっぱりそうか。 何か心境の変化でも?」
訊くと、ゴリアテは少しバツの悪そうな顔をしてから口を開いた。
「以前3人で旅をしていた時は気にならなかったのだが、長い旅を経てロイとアイリスの関係が進展したために……」
「あー……1人者は肩身が狭くなったのか。 前は俺が居たもんな」
そう思うと少々悪いことをした気になる。
特にアイリスはそういうことに気を使うタイプだ。 それがゴリアテをより気まずくさせるのだろう。
「まあそれは半分冗談。 本当は武者修行をしたかったのだ。 お前のおかげで、この年でもまだまだ強くなれるということが分かったからな」
しかしゴリアテはすぐに笑顔に戻り、力こぶを作る。
半分冗談ということは、半分本当ということでもあるのだが……余計な事は言わないでおこう。
「ああ、前にも言ってたな。 じゃあお前も出るのか? 国王杯」
「中々面白そうではあるが、勝ち上がってしまおうものなら勘ぐった市民に接待試合――八百長を疑われかねん。 観戦に留めておくよ」
ゴリアテの腕なら決勝まで勝ち上がれても全然おかしくないだけに、ありえそうな話だ。
「良くも悪くも知名度が勝ってしまっているのだ。 町に入った時も市民に囲まれてしまってな……騎士達の助けがなければ抜け出せなかった」
ゴリアテはやれやれと言うように頭を振った。 これが有名人の悩みというやつか。
「大変だな有名人は」
「はっはっはっ! お前も存在を大々的に明かせば明日にもこうなる。 試してみるか?」
「いやぁやめとくよ」
こう軽口を言い合う感じも久しぶりだ。 スケジュールが空いているのなら2人だけで呑みに行きたいくらいの気分になる。
「し、師匠が笑ってる……それにすごく仲良さそうっス……」
「旦那様が、私の知らない顔をしている……!」
不意に聞こえた、ひそひそと話すリリィとヒルベルタの声。
お前達って仲が良い時は不思議なくらい仲良いよな……などと考えつつ、そういえばまだ彼女らをゴリアテに紹介していないことに気づく。
挨拶のタイミングを潰すのはよろしくないだろう、と俺はクリスタ達の方へ振り向いた。




