78話 大闘技場
俺達は2人に付いて再び屋根のある廊下に戻るが、どうにもどんどん城の中心から外れているのが気にかかる。
最初からそうだった。 徐々に外へ外へ……最後の訓練場は極端に外側に近づいたが、とにかく外側へ向かっているのは間違いない……が、しかしここまで来たことは一度も無いので推測は難しい。
「さっきのは凄かったっスね……あれが城の中にあるっていうんだから、どこまでここが大きいのか分かるようで分からないっス」
「確かに、大きすぎて想像しにくいくらいよね」
まだそわそわとした様子のリリィに、クリスタは困ったような笑顔で答える。
少し前から、彼女の笑顔にあった“無理”は、もう俺にも分からないくらいに隠れてしまっていた。
それだけ感情が落ち着いたということでもあるんだろうが……
「うーん……」
俺は誰にも聞こえないくらいの声で唸る。
リリィじゃないが、懸案事項で脳の半分以上を使って皆の話も右から左に流れていくようだ。
「ちなみに、もう一つ同じ訓練場もあるのよ? そちらは今国王杯の出場者の為に開かれているから、騎士は使っていないけれど」
「お前に気ぃ使ったんだぜ? アルフレド」
サイデリアさんはニヤリと笑い、肘で俺の脇腹をグリグリしてくる。
鎧が食い込む痛みは悩みを忘れさせてくれる。 やめてほしい。
「あ、あの規模が2つ……」
この衝撃にリリィは愕然とした表情を浮かべ冷や汗を流す。
正確な人数は知らないが、この国の騎士は王都勤務の者だけで確実に1000人は居たはずだ。 あれくらいの設備はあって当然と言ったところだろう。
「ところで、これどこ向かってるんです? もう城から出る所じゃないですか?」
「アンタにしちゃあ勘が悪いね。 城の横に何がある? それが分かりゃ見えてくるはずさ」
サイデリアさんは訝しむような表情で俺の顔を覗き込み、向かっている先を指差す。
城の横……そうか、城の中で考えるから分からなかったんだ。
向かっているのは城の外、しかし、城から直通で行ける場所――
「……闘技場、ですか」
「大正解だ」
サイデリアさんは横目でニヤリと笑う。
確かあそこは城から直通の裏口があると聞いたことがある。 方角も合っていると考え推測したが、当たっていたようだ。
「と、闘技場……それってつまり……」
「ええ、きっとあなたの想像通りよ」
イザベラさんは大きく頷いてリリィに笑いかける。
「ま、諸々のお話は着いてからってことで……行こうや」
サイデリアさんは目の前に現れた地下に続く階段に向かい、親指を差す。
「足下に気を付けてね」
イザベラさんの言う通り足下に注意しつつ階段を下りる。 階段はそれほど長くなく、10数段程度だ。
下りてすぐの木製の扉を開けた先は、城と同じく石造りのトンネルになっており幅は6人横並びでも歩けるくらいの広さがある。
一定間隔で照明があるが、地上階と比べるとやはり暗い。 それがちょっぴりの不気味さを醸し出している気がする。
そのトンネルを進んでいくと、途中で3つに分岐しているのが見えた。
しかし先頭のサイデリアさんは分かれ道に目もくれず、真っ直ぐ進む。
リリィはきょろきょろと分かれた道の先を覗くが、どちらも同じような道が続いているだけだ。
分かれ道は先が見えない長さだがこの道はそうでもなく、1分程度で上り階段に行き当たる。
サイデリアさん達に付いてその階段を上がると、トンネルの入り口と同じような木の扉があり、開けると5メートル四方くらいの部屋に出た。
部屋にはさほど柔らかくも無い絨毯が敷かれ、椅子や机が置いてあるもののあまり使われている様子は無い。
上ってきた段数は先程のものと比べるといくらか多いので、トンネルが下り坂でない限りは城の一階より高い位置にあると推測できるが……。
「ここは……?」
「何の意図があって作られた部屋なのかは知らん。 まあ大工もいちいち何の部屋か考えて作らないだろ」
いい加減に答えて、サイデリアさんは部屋の入り口反対側にある扉にさっさと歩いて行く。
イザベラさんに質問をしようかとも思ったが、さして興味も惹かれなかったので黙って付いて行くことにした。
部屋から常識的な広さの廊下に出て、いくつか分かれ道、曲がり角を経由したその先に自然の光が差しているのが見えた。
「……大変お待たせいたしました。 お進みください」
サイデリアさんは珍しく丁寧な口調で恭しくお辞儀をする。
意外とサマになっているように見えるのは、何だかんだやはり騎士だからというところだろうか。 勝気な笑みだけは相変わらずだが。
促されるまま進んでいくと、パッと視界が開ける。
「お、おおおおおお……」
眼前に広がるのは巨大な石造りの闘技場。
すり鉢状にそって客席が設けられており、今立っているのはその中段くらいか。
面積で言うと訓練場とそう変わらないくらいだろうが、立体的なため感覚的には1回りも2回りも大きい。
席のある場所から一段下がった場所は土がむき出しになっており、その中央に真四角の舞台がある。
全体的に城と似た造りになっているにもかかわらず、全く別の、ある種の神々しさすら感じさせる雰囲気がこの闘技場全体を覆っていた。
そのスケールに、リリィの元々豊富とは言い難い語彙が完全に失われ、ただただ声と息の間くらいの音を口から漏らすだけだ。
「どうだぁ!? すげぇだろ!! ここが我が国が誇る大闘技場よ!!」
先ほどの丁寧な態度はどこへやら、サイデリアさんはかなりのハイテンションでリリィの肩をガシリと掴む。
「ここで、リリィが戦うわけよね……何かあたしまで緊張してきたわ……」
「ああいや、ここは“本戦用”だから、まだそうと決まったわけじゃないね」
少しそわそわした様子で辺りを見回すクリスタに、サイデリアさんは首を横に振った。
どういうことかとクリスタはイザベラさんに訊ねる。
「国王杯にはまず“予選”があってね。 今回の人数だと、8ブロックに分かれてのトーナメント形式で本戦出場者を決めるの。 それに勝ち抜いた者だけが、この場所で戦うことを許される、というわけね」
つまり、ここで戦えるのは参加者の中で上位8名に入らなければならないということ。
毎年100人以上は参加すると聞いたことがあるので、狭き門と言える。
「へぇー……随分と時間かかりそうね」
クリスタ少し遠くを見るようにして唇を尖らせる。
「今回は参加者少なめだから、大体2~3日もありゃあ予選は終わるはずだぜ?」
「あ、少ないんですね、今回」
意外そうに目を丸くするクリスタに、サイデリアさんは「ああ」と頷く。
「元々伝統ある大会で、ジミ~に素行の審査も厳しいから冒険者とかが思いつきでホイホイ参加出来る大会じゃないんだが……今回はさらに厳しめになっててね。 それが影響して参加者はたった128人さ」
“たった”と言われるような人数ではない気もするが、それでも例年よりは少ないのだろう。 サイデリアさんは少し残念そうな表情を浮かべ肩を竦める。
「あ、そうだ。 なぁリリィ、せっかくだから真ん中の舞台に行くかい?」
指をパチンと鳴らし、サイデリアさんはポカンと口を開けたままのリリィに向き直る。
「――えっ? あ、ええっと……」
リリィはその音で我に返り、俯き考え込む。
「……あのっ」
そして、真剣な眼差しで顔を上げた。
「い、いいです。 本戦に進出して、自分の力で上がりますっ」
真っ直ぐサイデリアさんの目を見てそう言って、リリィは深々と頭を下げた。
「へぇ……いいじゃないか。 それでこそだよ!」
サイデリアさんは満面の笑みで、顔を上げたリリィの背をバンバンと叩く。 ものすごく痛そうだ。
「この闘争心がちょっとでもアンタの師匠にあればねぇ……」
そのまま苦い顔をするリリィと肩を組んで、サイデリアさん俺を横目で見る。
「いやもう前に1回やったでしょ」
「そりゃお互い普通の剣でだろ? アタシは本気のアンタと本気で戦りたいんだよ。 しかもそれ決着ついてないじゃん」
駄々っ子のように唇を尖らせ不満たらたらのサイデリアさん。
「……あれ? 師匠はサイデリアさんに負けたって聞いたような……」
「負けたよ。 9本やって5本取られた」
困惑するリリィに頷きを返し、事実をそのまま伝える。
「ありゃ10本勝負の約束だったろうが!! 最後の1本は邪魔が入って中断させられたけど、明らかにアンタが優勢だった。 あのままいってりゃ5対5の引き分けさ!!」
サイデリアさんは俺の鼻先に人差し指を突き付け、迫って来る。
その迫力たるやそこらのドラゴンにも勝る勢い。 一般人がこれを向けられようものなら涙を流して許しを請うだろう。
「俺は、どっちが強いかとか興味が無いので、あれで負けでいいんですよ。 実際先取制なら負けだ」
「……つまんないヤツだねぇアンタは」
サイデリアさんは「興醒めだ」と言うように指を下ろして、プイっと顔を背けた。
しかし興味の無いものに本気にはなれない。 仮に戦ったとして、どこかで必ず全力を出し切れずに勝ちを譲るような状況になってしまう。 それは彼女にとっても本意ではないだろう。
「……でも、師匠が本気で戦っているところは1回見てみたい気持ちはあるっス」
リリィはポツリと言う。
確かに、その相手とすればサイデリアさんはこれ以上無い適任と言えるだろう。
だが本気になりきれないものはどうしようもない。
これは俺の気持ちの問題であり俺が何とかしなければならないのだが、気分が乗らなければどうにもならない。 堂々巡りだ。




