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77話 訓練場


「さぁて、着いたよ! ここがアタシら騎士の訓練場だ!」


 サイデリアさんが自信満々に指した先には、“広大”という言葉がよく似合う屋根の無い空間が広がっていた。

 床には固そうな土が敷かれ、所々に鎧を着せられた訓練用の木製ダミー人形や弓の的やらが並んでいる。

 奥にも壁が見え、四方をことから一応室内……というか城の内部なのだろう。

 外部に出ている者がほとんどであるためか訓練している騎士はまばらである。


「うおおおおお……!」


 疑問がスッキリしたこともあってか、これを見たリリィの目は発光物質が埋め込まれているかのような輝きを放っている。


「来たことはあったけど……やっぱ広いな。 これどれくらいあるんでしたっけ?」

「城の一部をブチ抜いて奥行200……何十メートルくらいある、はずだ。 なぁ?」


 サイデリアさんは曖昧に答え、イザベラさんの方を見る。


「240メートルね」


 イザベラさんは相変わらずの笑顔で答える。

 俺はイザベラさんに直接訊いたつもりだったのだが、それはまあいいだろう。


 しかし240……当たり前だがウチの道場とはえらい違いだな……。

 ……そんなことを考えていると、訓練をしていた騎士たちが揃ってこちらに向かって来るのが見えた。

 列を作り、足並みを揃えてやって来た騎士達はサイデリアさんとイザベラさんの前で止まり、敬礼をする。


「おっ今日も良い感じだね。 けどわざわざ来なくていいよ? 好きにやってな」

「えっ!? い、いえ、しかし……」


 騎士達は困惑の声を上げる。 

 それもそうだろう。 装備もしっかり着込んでいる者からラフな格好に上着だけを羽織って取り繕った者もいるあたり、彼らはおそらく自主的に訓練をしていたと思われる。

 そんな中で訓練場に現れた2人の四天将。 突然何事かと焦りながらも体裁を整え並んでやって来たはいいものの、特に何事もなく「好きにやってな」では訳が分からない。


「邪魔をしてごめんなさいね。 今、彼らに城の案内をしていた所なの。 そのついでに通りかかった、というだけだから気を使わないで? ね?」


 イザベラさんは笑顔で1人1人に目を合わせ、優しく諭すような口調で騎士達に言う。

 しかし詳しい説明はしていない。 やんわりと「追及はやめてね」ということを伝えているのだろう。

 察しの悪い何人かは、イザベラさんに昔絵本で見た聖母のような笑みを向けられてご満悦の様子だが。


「……か、かしこまりました。 ご用命の際はお申し付けください」


 イザベラさんの言葉を受け、最前列に立っていた年長者らしい中年の男は恭しく礼をして、他の騎士達もそれに続く。


「……あ。 そうそう、このことは他言無用……とまでは言わないが、あんまり言いふらすんじゃないよ? 後が怖いからね」


 脅すような揶揄うような、そんな意地の悪い笑みを浮かべ、サイデリアさんは騎士達に「下がってよし!」と命じる。


 それぞれ訓練に戻っていく彼らの口から、微かだが「あれは勇者様のお仲間の……」「いや、確か協力者ってだけじゃなかったか?」と聞こえてくる。

 流石に騎士にまで俺の存在を完全に隠すことは不可能だ。 しかし、ある程度の隠蔽は変わらず出来ているらしい。

 まあ騎士の中に簡単に言いふらすヤツがそう居るわけでも無いし、言いふらすような軽いヤツはそれほど信用もされないだろうから誤差の範囲だ。


「……あの、旦那様?」


 ある程度騎士達が離れたところで、上目遣いで俺の袖を引くヒルベルタ。 なんだか久しぶりに喋ったような気がする。

 何事かと思って見ると、ヒルベルタは100メートルくらい離れたところで剣を拾っている男を指差す。


「あの男、今私の体をいやらしい目で見たので弓で射ってよろしいでしょうか」

「よくないよくない」


 俺はヒルベルタの指差す手を下ろさせる。


「問題ありません。 この程度の距離なら確実に目玉を抜けます」

「そういう問題じゃあないんだなこれが。 目玉を抜くとかよくない」


 分かってくれないヒルベルタにどうするべきか考えていると、誰かがこちらに近づいてくる気配があった。


「ああ、ソイツぁよくない話だ。 代わりにアタシがちょいとあのバカを折檻してやろうか?」

「ヒッ……!?」


 会話が聞こえていたらしいサイデリアさんに顔を近づけられ、ヒルベルタは小さく悲鳴を上げる。

 これはまた面倒な話になってきた。 四天将が動くと変に大事になるのはさっき見た通りだ。

 かくなる上は……


「……俺からちょっとだけ“お返し”するんで。 それで許してやってください」


 やむをえん。 弓で撃ち抜かれるか、四天将からの折檻か……この2つと比べれば彼にとってこれが一番マシな選択だろう。

 騎士たる者、あんまり煩悩に流されてはいけないよ、という教訓にしてほしい。


「旦那様……私の為に……♡」

「…………うん」


 うっとりするヒルベルタに、俺は自分でも感情の分からない頷きを返す。


「状況的に仕方ないけど、やり過ぎないでよ?」


 クリスタの耳打ちに「わかってる」と返し、俺は屈んで地面に指先を付ける。

 そして、服の中に仕込んでいた『ウンディーネ』の刃を袖口から伸ばし、指を伝わせ地面に刺した。


「ほう……」


 興味深げにそれをみるサイデリアさん。 観察されているようで少し嫌な気分だ。


「何をする気?」

「形状自在の俺の剣なら、地面の下を通って――」


 今80……90メートル――丁度、ヒルベルタが指差した男の下に刃が到達した感覚だ。

 ここからは慎重に、完全に動きが止まったところで刃を地面から出し――


「――靴の紐を切れる」


 この距離だが、俺の視力ならバッチリ、紐が切れたのが見えた。 バレてもいない、成功だ。

 俺は刃を服の中に戻し、立ち上がる。


「すごい物をセコい使い方するわねぇ……」

「けどこれで何かやったっていう言い訳は立つ」


 目玉をブチ抜きたいと言うヒルベルタとしては物足りない仕返しだろうが、これで我慢してもらおう。


「ありがとうございますっ! 旦那様!」


 しかしなぜか本人は満足そうだ。 いや、何よりな話ではあるが。


「どう仕返ししたかより、あんたが……「アルフレドがヒルベルタの為に」ってのが重要なんでしょ」

「……そういうもんか」


 そういうもんかもしれない。 微妙な気恥ずかしさを感じつつ、次の場所を案内してもらおうとイザベラさんの方を向く。 と――


「やっぱり面白いねぇアンタの剣は! ますます戦ってみたい……! なぁ、いいだろ?」


 手をワキワキと動かすサイデリアさんに割り込む形で邪魔をされる。

 周りに聞こえるほどの大声ではないのが微かな気遣いを感じるが、出来ればそういうことを言わないという気遣いまでやっていただけるとありがたい。


「……イザベラさーん」


 俺は無視して当初の予定通りイザベラさんに声をかける。


「……あら、もうよろしい? こちらも一区切り付いたところだけれど」


 イザベラさんはリリィにこの訓練場のことを色々と教えてくれていたようで、リリィは隣でいそいそとメモを取っている。


「勉強になりました! ありがとうございます!」

「ふふふっ……お役に立てたのなら嬉しいわ」


 頭を下げるリリィに品良く微笑んで、イザベラさんは俺達の方――いや、ヒルベルタの方へ向き直る。


「ええっと、ヒルベルタさん? ごめんなさいね、わたし達の部下があなたに不快な思いをさせたみたいで」


 スッと申し訳なさそうな顔に変わり、今度はイザベラさんが頭を下げる。


「い、いえ、私はもう気にはしていませんのでっ!」


 本当にさっきので満足しているのか、それとも真摯な態度を取られると弱いのか、ヒルベルタ慌てて首を横に振る。


「ならいいのだけれど……何かあったら遠慮せずに言ってちょうだいね?」


 心配そうに顔を覗き込みながら、イザベラさんはヒルベルタの手を取る。


「……は、はい……分かりました……」


 リリィとはまた違った光属性に圧され、ヒルベルタは少し顔を赤くして頷いた。


「お~い、そろそろ行こうぜぇ?」


 声に振り向くと、先ほど無言の拒否をされたのが効いたのか、不機嫌そうな顔をしたサイデリアさんが手招きをしていた。


「はぁい、今行くわ~。 さ、皆様も行きましょ?」


 柔らかい笑顔に戻ったイザベラさんに連れられて俺達はサイデリアさんの呼ぶ方へ歩いて行く。


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