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76話 “時間稼ぎ”


 城下をほぼ全て見渡せる屋上に、無人の玉座の間と舞踏会場……といくつかの目ぼしいスポットを駆け足気味で回り、その次。 巨大な図書室から出たところで、サイデリアさんは少し考え込む仕草をした。


「さて、次は……騎士の訓練場にでも行こうか?」

「そうねぇ……ちょっと距離あるけれど、まあ“通り道”だし皆様がよろしいのだったら……」


 イザベラさんがこちらを窺うように笑顔で首を傾ける。


「確かにちょっと距離はあるけどさ。 なあリリィ、アンタはせっかくだから見ときたいだろ?」


 自身の考えられる中でおそらく最もこの話に乗ってくるであろうリリィに、サイデリアさんは話を振る。


「……えっ? あ、ハ、ハイ!」


 しかし返ってきたのはどこか生返事のようだった。


「ん~? どうしたリリィ? ちょっと元気無いんじゃないかい?」

「い、いえ! ボーっとしてただけです! 訓練場、見てみたいっス!」


 ブンブンと首が飛びそうなほど横に振って、リリィは笑顔を作る。


「よぉし、なら行こうか。 アンタらもいいだろ?」


 サイデリアさんはもう決定だと言わんばかりに訓練場があると思われる方へ歩き出す。

 まあ蛇に睨まれた蛙状態となっているヒルベルタも含めNOと言う者も居ないのだが、それでも確認くらいは取ってほしいものだ。


「移動が長くなるから、途中何か気になったら訊きな。 何でも答えてやるさ、イザベラが!」


 顔の横に星が煌いたような笑顔でサムズアップをするサイデリアさん。

 まあ間違いなくイザベラさんのが頼りになるので質問はそちらに振ろう。


「ここに来て長いから、大抵の事は知っているわ。 頼りにしてちょうだい?」


 当のイザベラさんもまったくツッコまず、自然に受け入れている。

 この何でも受け入れる度量は少しだけ、本当に少しだけ見習いたい物だ。


「あのう、師匠……?」


 長い廊下に差し掛かったその時、四天将2人というあまりに豪華なガイドによる案内の最中にも関わらず何故か心ここにあらずという様子だったリリィが、おずおずと話しかけてきた。


「どうした? クロードさんの部屋を出る前からなんか気になってたみたいだが」

「うっ……ば、バレてますよね、師匠には……」


 一瞬ぎょっとして、すぐに気持ちを切り替え真剣な表情に変わる。


「あの、部屋での話でどうにも気になったことがありまして……」

「ほう? 何だ?」


 気になったこととやらを話すように促してやると、リリィは腕を組みながら話し始める。


「魔王軍は全世界に喧嘩を売った……まではまだ分かるっスけど、それで崩しきれなかったのに、どうして魔王軍はやり方を変えなかったのかな、と」

「……なるほど。 どうしてそう考えた?」


 俺は少しの感心とともに、リリィ自身がどうやってその思考に至ったのかを掘り下げる。


「えっと、最初は変えるほどの知能が無かったのかと納得しそうになったんスけど、やっぱりそれにしてはやり口が厄介というか……サイデリアさんが言ってたみたいなやり方は人間並みに頭が良くないと出来ない気がしちゃって……」

「なるほどなるほど。 ちなみに、お前が“やり方を変える”場合どうする?」


 心の中でうんうんと頷きながら、更に彼女の考えを訊いてみる。

 ほんの少しだけ戸惑ったが、しかし自分の中ですでに答えがあったようで、リリィは言葉を選びながら語り出す。


「ええっと、他の国に使ってる戦力をちょっとづつ集めて、言い方悪いっスけど、比較的弱い国相手に使って一気に潰す……とかでしょうか」

「うん、しっかり敵の戦力を見極められれば有効な手だな」


 俺はリリィの考えに頷く。

 実際確かに良い手だ。 攻める国と集める戦力の加減を間違えなければローリスクで敵を減らせる。


「ふーん? リリィ、アンタ中々イイ勘してるじゃないか」


 そう言って近づいてきたのは、さっきまで先頭を歩いていたサイデリアさんだった。


「サ、サイデリアさん……!? 聞こえてたっスか……」

「そりゃ聞こえるだろ」


 リリィは驚いているが、それぞれ距離を取っているわけでも無く特別小声で喋っていたわけでも無いので、聞こえているのは当然である。


「しかし何だ、意外と戦略ってモノを分かってるじゃないか。 アンタの教育が良いのかねぇ?」


 サイデリアさんはニヤリと俺の方へ顔を向ける。


「俺が教えたのはその取っ掛かりだけで、あとはリリィ自身が考えただけです」

「そうかい? でもま、アンタのは話半分に聞いとくよ」


 ハハッと笑ってまたリリィへ視線を落とす。


「答えにはたどり着かなかったみたいだけど、疑問に思えるだけ大したもんだ。 ヤルねぇアンタ」

「い、いえ! そんな、サイデリアさんに褒めていただくほどでは……!」


 サイデリアさんからの称賛に、リリィは顔を赤くして手と首を横に振る。


「あたしはリリィが言うまで何も思わなかったし、すごいことなんじゃないの?」

「ああ、“疑問に思える”ってだけで一歩先に行ってるのは間違ない」


 俺もクリスタの言葉に頷く。

 答えが出なくとも、疑問を抱くか否かは全然違う。 それこそ1と0くらいに。


「そ、そうなんスかね……?」


 リリィは更に顔を赤くする。

 そして「私も分かってましたけどね」という顔で後ろに居るヒルベルタ。


「せっかくだ、アンタの疑問に答えてやろうじゃないか。 ……イザベラが!」


 サイデリアさんはビシッとイザベラさんを指差す。


「サイデリアさんが答えればいいのでは?」

「1から人に分かるように説明すんのニガテなんだよアタシ」

「……そうですか」


 この分だとさっきみたいに所々で口を出す形を取るつもりだろう。

 俺はそれ以上の追求はやめ、俺達のやり取りを横目で微笑ましく眺めていたイザベラさんへと視線を移す。


「……なら、わたしがちょっとヒントを出させていただくわね」


 俺の視線に笑顔を返し、イザベラさんは歩行速度を調整してリリィの隣に移動する。


「どうして魔王軍は攻め方を変えなかったのか……だったかしら?」

「ハ、ハイ。 どうしても、変えない理由が見えてこないというか、その……」


 まだ殆ど会話をしたことが無いイザベラさんの接近に、リリィはやや硬くなる。


「それは、あなたの持っている情報が不足しているからね。 考察する材料さえ揃えば、あなたならきっと答えを導きだせるはずよ」


 リリィの緊張を解きほぐすように、イザベラさんは柔らかい微笑みを向ける。

 その口調は子の成長を後押しする母のようだ。


「ざ、材料っス……?」

「ええ。 まず、材料を1つ。 魔王は最初に地上に現れた時、本来の力の殆どを失っていたらしいの」


 人差し指を立てるイザベラさん。


「そしてもう1つ。 魔王の力は長い時間をかけることで取り戻すことが出来た……つまり……?」


 イザベラさんはリリィの回答を促し、待つ。


「えっと、力を失っていて、時間があれば取り戻せる……つまり――」


 教えられた“材料”をブツブツと繰り返し呟きながら考えていたリリィは、数秒後ハッと息を呑んだ。


「つまり、“時間稼ぎ”……時間稼ぎが出来ればそれでよかった……?」


 その答えに確信めいたものを感じているのか、リリィは目の奥を輝かせてイザベラさんを見る。


「正解。 魔王が真の力を取り戻しさえすれば、魔王軍は勝利すると考えていたのね。 だから拮抗しているうちは変化を加えないことを選んだ……」


 作戦を変更するということは良くも悪くも現状を変えるということだ。

 現状を変えるのは勇気が必要だし、リスクも伴う。 現状に満足しているのなら、積極的に行わないのも理解できる。

 さっきリリィが言った作戦も、大国を手薄にし過ぎることでそこから攻撃を受ける……という危険性があるからな。


「実は、最初は人間舐めきって雑に潰そうとしたけど出来なくて時間稼ぎに切り替えたらしいですけどね」

「うわ、ダサぁ……」


 俺のぶっちゃけ魔王軍話を聞いたクリスタは率直な感想を口にする。

 実際魔王軍の一番の失敗はそこで、最初にシュラハトを奇襲で一気に攻めて滅ぼしていたなら勝っていてもおかしくはなかったと思う。

 全世界を一気に潰せるなどと慢心したのが運のツキだ。


「なんでも魔王は城を空間をどうたらこうたらで隠したうえ、更に魔物以外は入れないように厳重に鍵かけて……って感じで引きこもってやがったらしいしな。 人間が意外とヤルもんで、ビビっちまったんだろうぜ」


 サイデリアさんの言うこれも言い方がちょっとアレだが、ほとんど事実。 魔王はある一時から完全に引きこもり、時間稼ぎの構えを取ったのだ。

 そのせいで場所を割り出すのでさえ時間がかかったし、人間が入れるように出来ていなかったがゆえに“鍵”となる物を作るところから始めなくてはならなかった。 その苦労話は……あまりに長くなるため割愛しよう。


「なんか魔王って、意外と人間臭いところがある、というか……」

「ま、アルフレドが居なきゃそのまま時間稼ぎを成功されて人類は滅ぼされてたわけだから、同情は出来ないけどね」


 サイデリアさんは皮肉っぽく笑って肩を竦める。


「そう……ですね、確かに、許せるようなヤツじゃないのは、よく分かってるっス」


 実感のこもった呟きをして、リリィは寂しそうな目でどこか遠くを見た。

 意外な力を見せる人間にビビる心を持っていたとして、引きこもる慎重さを持っていたとして、魔王が愛すべき存在になるわけではない。

 奴がとった時間稼ぎ作戦は現状維持を続けることでリスクを減らせるものではあるが、所詮は時間稼ぎ。 部下である魔物に負担を強いる、誇りなど何も無い姑息なやり口でしかないのだから。

 何より、魔王が起こした戦争によりヒトも魔物も、大勢死んだのだから。


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