75話 ただカタをつけたいだけ
クリスタの口から飛び出した言葉に、俺も含めた全員が大小差はあれど驚きを示し、クロードさんの眉間に微かに皺が寄る。
「……そいつは、少しばかり難しい話になる。 それなりに時間がかかりそうだが、構わねェか?」
クロードさんは疑問を口にしたクリスタに、ではなく俺やリリィ、ヒルベルタに向けて言う。
「俺は、構いませんけど……」
俺が目で確認をすると、リリィもヒルベルタもゆっくりと頷いた。
それを受け、俺は「大丈夫なようです」というメッセージを込めてクロードさんに右手を挙げて見せる。
「……ありがと」
クリスタは呟くように言って、クロードさんの方に顔を向ける。
しかし、話をする前に彼女に訊かなければならないことが俺にはあった。
「その前にクリスタ。 お前、それを訊いて何がしたい?」
俺はまだ彼女の意図を計りかねていた。 知ってどうなる話でも無い……と俺は思うからだ。
「……別に何も。 あたしはただ知りたいだけ。 知って、自分の中で、ただカタをつけたいだけ」
俺はクリスタの目を真っ直ぐに見つめ、クリスタもまた俺の目を真っ直ぐ見つめ返す。
時間にすれば3秒も無いが、それだけで充分だった。
これは嘘でも誤魔化しでもない本心だ。 特殊能力など無くてもそれくらいは分かる。
だとすれば、俺から言えることは無い。
クロードさんへ小さく頭を下げて話す前に割り込んだ詫びをし、後はお任せすることにした。
「……分かった。 まず、質問を一つするが、“魔王”を倒せるのは“勇者”だけってのは知ってるな?」
語り出したクロードさんに、クリスタは頷きを返す。
「魔王討伐に勇者は必須。 しかし1人での遂行は不可――なら、そのお供はどうするのか、そこになぜシュラハトの最高戦力の四天将、またはそれに次ぐ主要の騎士は選ばれず、アルフレドが同行することになったのか……あんたが知りたいのはそこだろう?」
質問の意図を的確に読み取ったクロードさんに、クリスタは驚きを顔に滲ませながら先ほどより大きく頷き返した。
「はい、その通りです。 5年も戦争があってまだこの国は豊かなまま。 戦力が足りなくてそうなったとはとても……」
「いいや。 理由はいくつかあるが、1つは“戦力不足”だったからだ」
クロードさんは眼鏡をクイっと上げ、椅子に体を沈めた体を起こす。
「なぜ戦力が不足していたのに、戦争終わりのこの国にこれほど余裕があるのか? ……当然の疑問だ」
何か言おうと口を開きかけたクリスタの先を読み、クロードさんは言葉を続ける。
「余裕を持って戦争を終えることが出来た理由……これを説明するにはまず、魔王軍と王国軍の性質の違いから話さなきゃならん」
「性質の、違い……?」
リリィがクロードさんの言葉を繰り返す。
「魔王軍の強みは、補給が実質的に不要なことと、力を持った魔物ならどこでも戦力を生み出せることだ。 こっちが人間である以上、移動させなきゃ戦力は揃えられねェし、補給無しで戦闘は継続出来んからな。 量と質で上回ろうと、その差は大きい」
どちらかというとリリィに向けて、ややゆっくりめの口調でクロードさんは説明する。
「それを聴くと、とても余裕がありそうには思えませんけど……」
新たに出てきた疑問にクリスタは首を傾ける。
「そりゃあれだ、ガチンコで戦り合う分には魔王軍よりアタシらのが全然強かったんだよ」
「シュラハトに差し向けて来たぶん“だけ”ならな」
相変わらず軽い感じで言うサイデリアさん。 それ睨みつけるような視線でクロードさんは補足をする。
魔王軍は全世界に対し宣戦布告をしていたため、シュラハトだけでなく他の国にも戦力を分散していたのだ。
しかし、世界最大の国家であるシュラハトが最も多くの魔物に攻められていたことは確かだし、そのうえで最も被害が少なかったというのは誇れる結果だろう。
「向こうは全世界に喧嘩を売って、全力の半分も使ってなかった。 だからこそこっちは僅かずつだが余力を残せたというわけだ」
「ただ、その余力で魔王城へ攻めていけるか、と言うと、ね~……」
イザベラさんは困ったように笑い、ティーカップに口を当てる。
「こっちの余裕が出来たところで向こうが大きめの軍団を当然出現させて――って感じのネチネチ攻撃されて、アタシらはあっちへこっちへ……休まる暇は殆ど無かったからな~」
サイデリアさんはけらけら笑いながら言う。 聞くに相当ハードスケジュールな様子だが、常に闘争に溢れた毎日はそれ程悪い思い出ではなかったのかもしれない。
「単純な戦力よりその性質の厄介さに手を焼かされ、こちらが大きく疲弊する程でもなく、しかし大きな戦力を魔王へ回すことも出来ない。 そういうギリギリを常に強いられた……それが、“戦力不足”の詳細だ」
言い終えて、クロードさんはカップの残りをグイっと飲み干す。
「……そしてもう一つ。 言いにくい話なんだが、最初に城にやって来た時……勇者一行はあまりに未熟だった。 俺達が同行したとして、確実におんぶに抱っこになっちまうくらいにな。 ハッキリ言って、あまり期待されていなかったのさ」
言葉通り少し言いにくそうに顔を背ける。
最初に城に来た頃とすると、確実に俺と初めて会った時より前だ。
俺に会った頃でさえ実力的にはまだまだ発展途上であったことから、国に信頼される理由など“勇者”の血以外まるで無かったのは想像に難くない。
「国家として、実力も実績も無い、ただ“勇者”であるだけの存在に、国の、そこに住む人々の命運を賭ける事は出来ない……それが俺達が同行しなかった最も大きな理由だ」
「…………」
クリスタは難しい顔をでクロードさんの言葉を受け止める。
理屈として正しいし、理解は出来るが、何だかムズムズしてしまう感じ。 よく分かる。
「来たばっかの勇者は全っ然頼りなかったからな~そこらの騎士に毛が生えたようなレベルだったんだぜ? 今なら面白い勝負出来るんだろうけどさ」
こんな微妙な空気でもサイデリアさんはサイデリアさん。 こうなるとある種の癒しである。
「とはいえ、勇者一行は短期間で大きく成長し、小さいながらも着実に実績を残していった。 そこで初めて、“上”の連中の重い腰が上がるわけだが……」
サイデリアさんに一瞥もくれず、クロードさんは話を続ける。
「しかしだ、数ヶ月ぶりに城にやって来た勇者一行には、俺達が知らない人物が加わっていた――」
「それが、俺ですね」
ようやっとお鉢が回ってきたかと、俺は軽く手を挙げてアピールをする。
「あァそうだ。 驚いた、なんて生易しいモンじゃあ断じてねェ。 俺達並……いや、それ以上の実力を持った人間が唐突に生えて来たんだからな」
まるで植物か何かのように俺の出現を例えるクロードさん。
俺は自然発生したわけではないんですがね。
「丁度、わたし達四天将の中で誰かが勇者に付いて魔王討伐に乗り出すべきじゃないか、って意見があった矢先のことで……」
「これ都合良しと、アルフレドに勇者一行をお任せしたってワケ」
イザベラさん、サイデリアさんが続けて言う。
「アルフレドが勇者一行に加われば、四天将は維持したまま、その四天将と同等以上の戦力を魔王討伐に専念させることが出来る……ウチにとってこんなに都合のいい話は無いよな」
サイデリアさんのこの発言に、クリスタはムッとした表情を隠さない……いや、隠せなかったのかもしれない。
しかし、“無所属”という身軽なポジションで、なおかつ強い……自分で言うのもなんだが、そんな存在をむざむざ手放すわけにはいかないだろう。 その判断に文句のつけようは無い。
信用できるのかどうか、というのを示すのは意外と楽だったなと思い返す。
「……アルフレドが手を貸してくれなければまだ戦争は続いていた可能性が高いし、終わっていたとしても被害は今よりずっと広がっていただろう。 故に巻き込んだことに後悔はしていない。 それがこちらの回答であり、見解だ」
クロードさんも同じ意見であることを強調する。
「……分かりました。 教えていただき、感謝します。 時間を取らせて申し訳ございません」
色々な言葉や感情を飲み込んで、クリスタはペコリと頭を下げる。
「別に、休憩がてらだ。 それと、ここで語ったのはあくまで“俺達”の事情だ。 そっちの話はそっちで訊いてくれ」
クロードさんはぶっきらぼうに俺を指差し、また椅子に体を預け長い溜息を吐く。
「……さあ、そろそろ城ン中でも見て来な。 俺も休憩は終了だ」
「まだ10分くらいしか休んでいないのに……」
イザベラさんは心配そうに見つめるが、クロードさんはそちらを見ようとはしない。
「そうだ、アタシが手伝ってやろうか? 仕事」
「テメーに手伝われたらむしろ滞る。 さっさと行っちまえ」
しっしと手を振って近づくサイデリアさんを追い払う。
「ヘイヘーイ……ってわけで、今度こそアタシが案内役だ。 早速行こうぜ!」
笑顔で言って、サイデリアさんは真っ先に部屋を出ていく。
その背をヒルベルタは思いきり嫌そうな顔で見送った。
「あらあら……。 皆様よろしい? 少々駆け足気味になるかもしれないけれど、案内するわ」
俺は少し困ったような笑顔のイザベラさんに頷きを返し、ソファーから立ち上がる。
「……もう、大丈夫か?」
リリィも何か考え込むような表情をしているが、それよりまずクリスタだ。
顔を覗き込むように少し屈んで、ソファーの上で固まったままの幼馴染に声をかける。
「ええ、充分よ。 さ、行きましょ? サイデリアさんが待ってるわ」
まるで何事も無かったかのような微笑みを浮かべクリスタは顔を上げた。
……これは、流石に俺でも分かる。 いや、むしろ俺にしか分からないのかもしれない。
明らかに、無理をしている。
とはいえ指摘しても白を切るだろう。 今、この場には、有効な手立てが無い。
「……そうか、じゃあ行こう」
「うん」
自然な、しかし俺から見れば表面に張り付けただけの笑顔で、クリスタは頷く。
俺も歯がゆい気持ちを自慢のポーカーフェイスに隠し、まだ何か引っかかっている様子で明後日を見るリリィにグイっと顔を近づけてやる。
「リリィ、行くぞ」
「うひゃあっ!? ひゃ、ひゃい!行きますっ!」
赤面し、慌てて立ち上がるリリィ。
「うお~い! 何やってんだよー早く行こうぜ?」
ドアの隙間から上半身だけ出したサイデリアさんに急かされ、俺達はクロードさんの部屋を後にした。




