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74話 訊きたかったこと


「ったくあの野郎……こんな時でもヘラヘラしやがって……」


 怒り、というより手のかかる子供に対してやれやれと言うような雰囲気でクロードさんは肩を竦める。


「最初は地味に気にしてたっぽいですけど、移動中に持ち直したっぽいですね」

「ヘェ……ま、案外俗っぽいところもあるらしいしな。 そう驚きはしねェーが」


 クロードさんは一仕事終えて小休憩、という感じで執務机の椅子にドカッと腰を掛ける。


「……ともかく、これでもう心配はいらねェ。 こういう仕事は、アイツの得意分野だ」

「信頼されてるんですね。 ところでこれ回収費とか取らないんですか?」


 しっかりと紛失対策がされているということは回収も、おそらく金銭を受け取る形で行っているはずだ。


「テメェが受け取らずに帰った釣り銭を返したようなモンだ。 この程度の金取るなんてみみっちいこと言わねェーよ」


 懐から取り出した布で眼鏡を拭きながら、クロードさんは笑みを浮かべる。


「この程度の、ってことは、普通は取ってるってことっスよね? なら自分が……」

「いらねェーっての。 恩人の弟子から小銭毟ったってんじゃあ恥ずかしくって表歩けねェぜ」


 財布を取り出そうとしたリリィを、クロードさんはやや強めの口調で制する。

 これにリリィはしぶしぶ従い、「はい……」と力無く言って鞄から財布をしまった。


「そういえば、まだ仕事あるんじゃないですか? 何かするんなら俺達出ますけど」

「いや、しばらく休憩だ。 だからお前らも突っ立ってないで座れ。 もう少ししたら“案内役”が来るからよ」


 そう言ってクロードさんは来客対応用と思われる机とソファーを指差す。


「なら、お言葉に甘えて」

「座らせていただきましょうか」


 立ちっぱなしでいる理由も無いので、クロードさんに従って2人掛けのソファーに座ると、ヒルベルタは当然のような顔をして隣を確保してきた。

 リリィがそれを睨みながら俺の向かい側のソファーにクリスタと並んで座る。

 言い争いに持ち込まないのはクロードさんに気を使ってのことだろうか。


「……あのう、クロード……さん?」


 ソファーに座って間も無く、クリスタはおずおずと手を挙げた。


「何だ?」

「リリィに訊きたいことがあるって、さっき言ってらっしゃいましたよね? あれは、もうよろしいんですか?」


 確かに言っていた気がする……が、俺はどうして彼女が今その質問をしたのか、その意図が読めない。


「あァ、それはもういい。 充分、理解出来たからな」


 瞳だけを僅かに動かして、クロードさんはリリィをほんの少しだけ優しさを感じる表情で見る。


「……そうですか」


 クリスタはそれ以上何も言わず、やはり、何だか「らしくない」と思ってしまう。


「俺に、何か訊きてェーことがあるんだろ? 遠慮せずに聞いてくれ。 時間なら心配しなくていい」


 クロードさんは誰が見ても今までより柔らかく見える表情と、誰が聞いても今までより優しいと感じる声色で言う。

 彼はクリスタが自分に怯えていると判断したのだろう。


「……ハァー……すみません、気を使わせてしまって」


 そしてその推測は当たっていた。

 クリスタは長い息を吐きだして、座ったままでペコリと頭を下げる。


 確かに、クロードさんは同じ四天将のサイデリアさんとは全く種類の違うオーラを纏っている。

 物凄く雑に言うと、「偉い人!」という感じか。 こうなるのは仕方がないことだと思う。

 エーミールさんは印象のコントロールを意図的にやっているため、出そうと思えば出せそうだからここでは除外するとして……この張りつめた空気感はウチの町のお偉いさん方にも、なんならサイデリアさんにも無かったものだ。


「いや、あんたは一般人だ。 そりゃ軍人は怖ェさ、当然だ。 ビビらせっちまった詫びに、俺に答えられる事なら何だって答えるぜ」

「……ありがとうございます」


 再びペコリと頭を下げて、クリスタはクロードさんの方へ顔を向ける。


「……ずっと訊きたかったことがあるんです。 あなたなら、詳しく、隠さず、教えてくれると思ったので」


 俺ですらあまり見ない程真剣な表情で――いや、つい最近、町長氏やサイデリアさんと揉めた時と似ているか。

 ともかく、それくらいいつもと様子が違っていた。


「どうしてあなた方は――」


 ――ガチャンッ!!


 クリスタの言葉を遮って、部屋の扉が無遠慮に開かれた。

 その音に、俺達は何事かと振り返る。


「お~っす、アルフレド! アタシが来てやったぞ~!」


 扉からずんずん歩いてきたのは、シュラハト王国が誇る四天将が1人――『雷轟』のサイデリアだ。

 満面の笑みでこちらに手を振り、近づいて来る。


「おーおー、クロードぉアンタまた眉間の皺深くなったんじゃないか――ムグっ!?」


 いつの間にやら接近していたクロードさんに、サイデリアさんは顔面を思い切り掴まれる。


「『ノックをしろ』と、なんべん言ったら分かんだテメェーはよォ……!!」


 クロードさんは青筋を立ててサイデリアさんを睨みつけた。 眉間の皺はより深くなっていく。


「うぶぶぶぶ……ア、アンタとアタシの仲だろ~? そんな怒るなって……」

「誰と誰の仲だボケが。 そもそも何でテメェーが居る?」


 グイっと顔を近づけて、眼力を更に強める。 まさに『ガンをつける』という言葉が適切だろう。

 サイデリアさん大ピンチ……という状況で、助け船が遅れて部屋に入ってきた。 あの一度見たら忘れられないピンク髪は――


「ごめんなさいねクロード、その子がどうしても付いて来たいと言うものだから……」


 沢山のティーカップを乗せたトレイを両手に、イザベラさんは困ったように微笑む。


「皆様も、やかましくしてごめんなさいね。 わたしが何か言う前に開けてしまって止められなくって……びっくりさせちゃったでしょう?」


 テーブルにトレイを置き、イザベラさんは首を傾げる。


「いいえ、大丈夫……です」


 あっけにとられながらクリスタが答える。


「そう? ふふふっ……。 これ、お口に合わないかもしれないけど、よかったら皆様で召し上がって?」


 イザベラさんは持ち前の優しい笑顔で、ティーカップを指し示す。


「おいイザベラ……呼ぶのはいいが、せめて手綱は握っとけ」


 サイデリアさんの顔から手を離し、クロードさんはやりにくそうに言う。

 確かイザベラさんは現四天将最年長であり、四天将としての在籍年数も最も長いらしい。

 特にプライベートに近いところでは、クロードさんとしても頭が上がらない部分があるのかもしれない。


「それは本当にごめんなさい。 けどねクロード、あんまりサイデリアを叱らないであげて?」

「甘やかせ……って話じゃあねェよな?」


 イザベラさんは「ええ」と相槌を打ちながらティーカップの一つを手に取り、クロードさんへ向き直る。


「この子ここ何日かずっとあなたの事を心配してたのよ? 根詰めすぎじゃないかってね。 さっき付いて来るって時も、「ついでにちょいと元気づけてやっか」って言ってたわ」


 チラリとサイデリアさんを見て、イザベラさんはにっこりと微笑む。


「イザベラぁ~そーいうことは言うなって恥ずかしい……」


 一人掛けのソファーに座り紅茶をすすりながら、サイデリアさんは微かに頬を赤くする。


「うふふふっ……ごめんなさい。 とまあそういうことだから、ね?」


 イザベラさんは手に持ったティーカップをクロードさんに差し出し、品よく首を傾ける。


「…………分かったよ」


 長い溜息を吐いて、クロードさんはカップを受け取る。


「うふふふふふ……っと、皆様もご遠慮なさらず。 お飲みになって?」


 ピリッとしかけた空気を一転して和やかなものに変える手腕……流石は『聖女』と言ったところか。


「じゃ遠慮なく。 いただきます」

「い、いただきますっ」


 軽く一礼して紅茶をすする。 適度に冷めており、爽やかな風味と相まって飲みやすい。


「よ、よく考えたら、ここには四天将のうち3人が……」


 カップを持つ手が震え始めるリリィ。

 皆、彼女にとって憧れの存在だ。 こうなるのは仕方がない、というより、よく抑えているとすら思える。 まだ実感が体の芯まで来ていないだけかもしれないが。


「…………」


 そして、ここにきてヒルベルタは完全に沈黙。

 サイデリアさんが来たというのが理由としては大きいだろうが、元々人数が多くなるほど発言が少なくなるタイプに思える。

 生い立ちからして、多くの人間とのコミュニケーションが得意でなくともなんら意外ではないからな。


「……さて、皆様。 これからわたし達が城の中をご案内させてもらうのだけど……どこに行きたいか、どんな所に行きたいか、リクエストなんかあるかしら?」


 イザベラさんは紅茶を一口飲んで、俺達1人1人に笑顔を向けて訊く。


 四天将の案内を逃れたところでさらに四天将2人で追い打ちをしてくるのか……という冗談は置いておこう。

 俺にはそんなことがどうでもよくなる程の懸案事項があった。


「それより先に。 終わってない話があるので、そっちいいですか?」


 何を訊きたいのかは分からないが、たまには俺が気を利かせてやろう。

 遮られる形で話しのタイミングを外され、気まずそうにしている幼馴染の気持ちを代弁してやる。


「あら? そうだったの?」

「……あァそうだ。 そうだった」


 お上品に口元を押さえ目をぱちくりさせるイザベラさんに、クロードさんは頷きを返す。


「わたし達が邪魔をしてしまっていたのね。 ごめんなさい」

「いえ、俺の話ではなく。 俺の幼馴染のです」


 俺はクリスタを指差し、後は任せたと言わんばかりに頷きかける。 そして一仕事終えた顔でソファーの背もたれに寄りかかった。

 彼女の意図が分からない以上、俺が何か出来ることは今の所無い。


「中断させちまって悪かったな。 危うく忘れる所だった」

「い、いえ。 大丈夫です」


 俺もヤキが回ったか、と目頭を揉むクロードさん。

 どうやら本当にお疲れの様子だ。 いや一瞬でも気を抜くことが出来たともとれるか。


「何だクリスタ? アンタ、クロードに何か用があんのか?」


 サイデリアさんはソファーにふんぞり返って座り、片手のティーカップを小さく振る。


「クロードさんに、というか……皆さん全員に、ですね。 どうしても訊きたいことがあって……」

「へぇ……何だい? 言ってみなよ。 どうせエーミールのヤツはしばらく戻ってこないだろうしさ」


 まだ緊張が見られるクリスタに気を使ったのか、それとも自然と出た優しさか、軽い口調で笑いかけるサイデリアさん。

 クロードさんとは方向性は違うが、彼女はやはり隊長の器があると思う。


 それに対してクリスタはお辞儀をするように頷いて、すうっと息を吸い込む。


「……あたしが訊きたいのは、どうしてあなた方みたいな強い人達が「勇者に付いて魔王を倒しに行かなかった」のか……ということです」


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