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73話 ケツ拭いてこいや


 城に着いた俺達は馬車から降りた後、エーミールさんに連れられ、長い廊下をやや早足で進む。


「ここがシュラハト城……」


 事態の責任を感じ塞ぎ気味になっていたリリィだが、城に着いてからはいくらかそれを忘れ、キョロキョロと顔や視線を動かして神妙な表情で周囲を見回している。


「外観もそうだけど、中は本当広いわね……あのホテルが可愛く見えるわ」


 場内の厳かな雰囲気に当てられたのか小声になるクリスタに、俺は相槌を打ちながら改めて周りの様子を確かめる。

 やはり王城ともなれば廊下の広さ一つとってもまるで違って、一般人ならここで生活出来てしまう程のスペースだ。

 装飾の華やかさでは及ばないものの、あらゆるもののスケールでは確かにあのホテルを一回りも二回りも大きくしたようで、「可愛く見える」というのは適切な表現に思える。


「俺としては「宿屋でこれかよ」って驚きのが大きかったけど」

「あー……まあ、想像を超えるって意味では、あっちは凄いわね」


 “驚き”は自身の想定を超えることでより大きくなるものだ。

 前提が“王城”だと初めから「大きい」「すごい」という漠然とした、しかし壮大なイメージが浮かぶが、“宿屋”だと自分の知っている一般的なそれをイメージしてしまう。 そのギャップの大きさが驚きを生む。

 リリィくらい憧れの気持ちが強ければ、また別かもしれないが。


「すみません。 ここで少々お待ちください」


 エーミールさんは俺達を大きな扉の手前で立ち止まらせ、その脇に立つ見張りの騎士に近づいて行く。

 二言三言言葉を交わした後、いつもの調子を取り戻した感情の読みにくい顔で振り返った。


「さ、行きましょう……と、その前に、1つ」


 ピンと人差し指を立てる。


「これから少々ばかり刺激の強いモノが視界に入る恐れがありますので、お覚悟ください」


 最後にフフッと、「これは半分冗談です」という意図が透けるように笑って、警備の騎士が開けた扉から更に奥へ進んで行く。

 俺は大体察しがついたが、彼――いや、彼らの事をあまり知らない他のみんなはその意味を計りかねている様子だ。


「意味深ね……」

「――っ!」


 訝しむクリスタの横で、ヒルベルタは何か閃いたようにハッと息を呑む。

 そして何を思ったか俺の方にすり足で近づき、腕に抱きついた挙句涙目で見上げてきた。


「だ、旦那様……ヒルベルタ怖いですぅ……」

「……ああ、怖いな」


 俺はお前が怖い。 本当に。

 無言で助けを求めてみるも、いつも引きはがしてくれるリリィには俺達を見る精神的余裕は残されていない。

 なので俺は残された左手でクリスタの腕をつんつん突き、アピールを試みる。


「……ハァ……」


 予想した通り、クリスタからは関わりたくないという気持ちを隠そうともしない溜息が返ってきた。

 しかし諦めずにつんつんつんつん。 俺は腕から二の腕へと突っつく位置を上げていく。


「くすぐったいっ!」

「痛い痛い、ごめんごめん」


 突っついていた人差し指をガッチリと掴まれ、脅威の握力で締め上げられる。

 しまった、助けを求めるはずがいつの間にかクリスタにちょっかいをかける事が目的になっていた。 まあ一時的にでも現実を忘れられたので良しとしよう。


 そんなふうにおふざけを交えつつしばらく歩いた後、執務室と書かれた扉の前で立ち止まる。


「……ここです。 どうぞ、お入りください」


 エーミールさんは扉を開き、俺達に先に入るよう促してくる。

 先が読めていた俺はリリィを先頭にして部屋に足を踏み入れた。


「お邪魔します……――ひゃっ!?」


 部屋に入って数歩で不意にリリィの足が止まり、体がビクンと跳ねる。

 もちろんこれも読めていたので俺はその背にぶつかることもなく回避し、固まる少女の視線の先を見る。


「待ってたぜ……オメーらが来るのをよォ……」


 このまま「抜きな、どちらが速いか」~などと言ってタイマンが始まりそうな空気を纏い、強面眼鏡の男――クロードさんは腕を組み、顎を軽くクイっと上げた。

 やや世界観を間違えたようなこの風貌は初めて見た者には中々のインパクトを与えるだろう。 俺はとっくに慣れてしまったが。


「……わっ」

「……っ!?」


 リリィ以外の2人もその雰囲気に圧され、驚きがつい口をつく。


「連れがすみませんねクロードさん。 でも流石に少々威圧感出し過ぎだと思います」

「……ワリィな、常時こんなモンだ」


 クロードさんは皮肉っぽく笑って眼鏡のブリッジを触る。


「や、やっぱり、クロードさん……四天将の……」

「あァ、オメーがサイデリアの言ってた“弟子”か……」


 微かに震えるリリィを睨むように見つめるその様は、事情を知らなければ通報必至である。


「……お前には訊きてェーこともあるが、ま、それは後だ」


 クロードさんは人差し指をクイクイと動かして手招きをする。


「おい、エーミール……後ろでニヤついてねェでこっち来いや」

「僕も常時こんなものなのですが……了解しました」


 大袈裟に肩を竦めて、エーミールさんは俺達の前に出た。


「どうやらヘマやったみたいじゃねェか? あ?」

「言い訳はしません。 完全に僕の油断が招いたことです、申し訳――」


 エーミールさんが頭を下げようとしたその瞬間、彼とクロードさんとの間に小柄な影が滑り込む。


「――すみませんでしたっ!! 全ては自分の不注意です!!」


 滑り込んだ影――リリィは叫ぶように言って、腰をほぼ90度にして頭を下げた。


「自分がちゃんと確認をしていれば、このようなことは起こりませんでした。 だから、その……お叱りを受けるのであれば、自分が受けるべきです……!」


 顔を上げて、鋭い眼光を真正面から受けるリリィ。 その体はやはり震えていたが、目だけは逸らさない。


「……………………ハァ」


 お互い目を逸らさず、数秒、あるいは10数秒――先に目を閉じ、逸らしたのは、クロードさんだった。


「言っとくが、叱るつもりはハナっからねェーぞ」

「……えっ?」


 睨み合いを制した安堵感もあってか、リリィの声がやや裏返る。

 クロードさんはそれを見て一呼吸置き、眼鏡を直しながらリリィを指差す。


「お前も、エーミールも、自分で“反省”をしているはずだ。 本人が反省してんのなら、長々と説教するのは無駄でしかねェ」


 眼鏡から手を下ろし、「それと」と言葉を続ける。


「エーミールが話したかどうか知らんが、こっちは盗難、紛失は想定済みで対策済みなんだ。 お前にネチネチ罪や責任を問うつもりはねェ」


 そして、リリィに向けた指をエーミールさんへ向ける。


「ただ、エーミール(コイツ)に対しては違う。 一応仕事としてお前らに付かせてたんだ。 その中でヘマがあってお咎め無しってのは、立場上示しがつかん。 やるこたァやってもらう」


 エーミールさんもこれにうんうんと頷く。


「俺が……いや、俺らが問題にしてんのは()()なんだ。 元凶がどうとかじゃあねェ。 「エーミールの過失」「その埋め合わせ」のみだ。 分かるか?」

「……は、はい……分かりました、邪魔をしてすみません」


 完全に納得は出来ないが、理解はした。 そんな様子でリリィはペコリと頭を下げる。


「よォし。 サイデリアよりは理解力があるな」


 クロードさんは幾分柔らかい表情で笑って、切り替える為にまた一呼吸。

 その間にリリィはそそくさとすり足で俺達の所まで戻ってくる。


「……場所は、武具店『タウゼント』と言やァ分かるな? そこに居る男で――身長は170~175、年齢の程は20代半ば、裾がボロくなった紺のマントで左脇腹にヘコみのある全身鎧、兜は被ってねェ」


 スカーフの現在の“持ち主”の特徴を淀みなくスラスラと述べていくクロードさん。

 エーミールさんは頷くでもなく黙ってそれを聴いている。


「……以上だ。 後はテメェーでキッチリケツ拭いてこいや」

「――了解しました!」


 エーミールさんは笑顔で、しかし真剣さを感じる表情で敬礼をした。

 踵を返し、俺達の方へ向き直って、深々と頭を下げる。


「ということで、僕はこれから“回収”へ参ります。 城の内部のご案内は代わりの者を用意してあるので、詳しくはそちらの者にお尋ねください」


 にこやかに「では」と言って、エーミールさんはもう一度頭を下げて部屋を出ていった。


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