72話 王城へ
昼食を終え、飯屋――『グリュック』を出て馬車に揺られること20数分。 外の景色が雑多な感じから小綺麗な町並みに変わる。
そうして間もなく馬車が足を止めたのは、周囲に馴染み、しかし気づかず通り過ぎてしまうことも無い、そんな絶妙な主張の装飾がある上品な白壁と、店内が見える大きなガラス張りが特徴的な建物の前だった。
「おや、着いたようですね」
「服屋……っスか? わぁ、高そー……」
やや尻込みをしてしまっているリリィを促しながら馬車を降りる。
近くでしっかり見てみると確かに彼女の言う通り、内装外装ともに全体的に清潔感があり、所々に高級店らしさを感じさせた。
それは装飾だけでなく商品の配置にも表れており、目玉と思われる商品だけでなく、1つ1つが見やすいように工夫がされているようだ。
目に入った一区画だけでも、俺がよく利用するような適当な服が適当に積まれたそれとは全く毛色が違うことが分かる。
「ここ大丈夫? ドレスコード?みたいなもの無い?」
クリスタの疑問も最もだ。
彼女は普通の町娘が着るような格好だからまだマシとしても、ハレンチが服を着て……じゃなく、ハレンチな服を着ているヒルベルタはヤバい。
俺? 俺の龍革コートは超高級品なのでセーフのはずだ。
「いや、それも冒険者とかが着るようなやつでしょうが……」
「それでも一番マシだろ? リリィもリリィでな――」
俺はチラリとリリィの方を見る。
彼女は基本常に動きやすさを重視したシャツと短パンスタイルだ。 ヒルベルタ程では無いが、やはりこのような店で適切かと言うと――
「……師匠? 自分がどうかしましたか?」
惚けた顔をした少女の左腕を、俺はゆっくりと、指差した。
「自分の腕に何か付いて…………――ハッ!?」
少しの間を空けて、リリィは気がついた。 自分の左腕に何も付いていないことに。
「リリィ!? 貴様、スカーフはどこへやった!?」
「っ…………」
リリィは声も出ず、その顔は見る見るうちに青くなっていく。
左腕には無くともどこかポケットや鞄にでも入っている……という可能性も無さそうだ。
「何と……!? ……不覚でした。 グリュックを出る前に僕が気づくべきだった……」
エーミールさんは「申し訳ございません」と頭を下げる。
彼は口元を押さえ、はっきりと目を開けてうろたえた様子を見せていた。
「いえ、案内役に責任があるとは思いません。 管理責任と言うのなら俺が悪い」
気を抜いていなければ気づける変化だった。 他に考えることが多かったとはいえ見落としたのは俺のミスだ。
「待ってください! あれは自分の物っス! 忘れたのは自分の責任っス!」
リリィが俺とエーミールさんの間に割って入り、交互に顔を見上げてくる。
「…………――うわぁっ!!?」
その眼力に少々面食らっていると、リリィの体が引っ張られたようにグンっと後ろに下がる。
いや、クリスタによって実際に引っ張られたのだ。
「誰の責任とかだとか、そういうのより、動いた方がいいんじゃない?」
クリスタはわざと厳しい口調でそう言って、「ほらっどうすんの?」と俺の背中を強く叩く。
「……そうだな」
俺は頷いて、思考を切り替える。
エーミールさんの珍しい表情変化に当てられたのか、俺としたことが少々動揺し過ぎていたのかもしれない。
「まだ大して時間は経ってないし、戻ればあるかも知れません。 奴に見て来させるのはいかがでしょう?」
ヒルベルタは四天将を思い切り指差して言う。
「今の所それがベストでしょう。 すぐに戻ってまいりますので、少々お待ちください」
深々と頭を下げて、エーミールさんは近くの路地へ消えていった。
「あっ! ちょっと待っ……! ……もう居ない……」
リリィが後を追おうとするも、そこにはすでにエーミールさんの姿は無かった。
「自分が行こうと思ったのに……」
「移動で言えば俺かエーミールさんが行くのが断然早いし、口の上手さで言えばエーミールさんのが話が早い。 これがベストだ」
それに結構気にしていたようなので、黙って待たせるより動かしてやった方がいいだろう。
やはりと言うか、大して待つことも無く、彼は3分足らずで先程消えていった路地から滑るように飛び出して来た。
「……お待たせいたしました」
エーミールさんは真っ先に頭を下げる。
「申し訳ございません。 あの席には既にスカーフはありませんでした」
表情から何となく察していたがやはり、見つからなかったようだ。
「従業員の方にも確認はしましたが、誰も見ていないそうです。 時間からして、もしかしたらお客様の中で誰かが持っていたのかもしれませんが……“僕”では言い逃れされてしまえば立場上追及は出来ません」
今の彼は黒衣部隊の隊長ではなく、一般市民エーミールだ。 今後の事も考えると下手に素性を明かせないため、尋問は出来ないのだろう。
聴くと、黒衣部隊の隊服は持っているが、着てしまった場合規定上あれだけ人が居る中で声を発することは出来ないらしい。
しかしだからといって1人ずつ攫って尋問、というのは確実性が低すぎるしあまりにリスクが勝ち過ぎる。
つまり、現状店員に訊くこと以外のことはできなかったということだ。 更にその店員の呼びかけにも「ある」と答えた客は居なかったらしい。
「考えられるパターンとしては、誰かが悪用のため隠し持ってるってのと、持ち主に返す目的での善意の回収、か……」
とはいえ、どちらの可能性が高いかと言われると……
「後者の線は薄いでしょうね。 返す気があるのなら従業員に報告して預けるのが自然です」
ヒルベルタが俺の考えを代弁する。
「それに気づかないくらい間が抜けた人物である可能性もあるにはあるけど……確率としては低いな」
「だとすると、もう悪いヤツに持ってかれてるかもってことね」
クリスタは眉を顰めて腕を組む。
「そんな……自分が忘れなければ……」
「いえ、失くしたこと自体は何の問題もありません。 対策は既に打たれています」
まるで落ち込むリリィを鼓舞するように、エーミールさんは普段より強い口調で言う。
そして示し合せたように曲がり角を曲がって出てきた馬車に手招きをした。
「少々手間ですが、確実な手を使いましょう。 予定の変更……いえ、組み換えをさせていただきます」
もう目は閉じられているがしかし真剣な表情で、「お乗りください」と俺達を馬車へ促す。
「どういうプランで?」
先程より幾分速度を出した馬車に揺られながら、俺は神妙な表情で手を組むエーミールさんに尋ねる。
「アルフレドさんには伝わると思いますが、あのスカーフにはクロードさんのマーキングが施されています。 どこにあるのか、それで100パーセントの特定が出来る」
なるほど。 紛失、盗難対策はしっかりとしていたわけか。 「失くしたことは問題ない」というのもよく分かる。
「仮に現在の拾い主が町から出ようとした場合もそれを探知可能で、更にスカーフ本来の持ち主の個人識別も出来ます」
「?? えーっと……」
エーミールさんの説明が頭に入らず、リリィは疑問符を浮かべる。
「簡単に言うと、失くしたスカーフの現在地が分かるのと、そのスカーフがお前の物だって証明が出来るってことだ」
「な、なるほど……そんなことが出来るんスね……」
へぇーと息を吐き、リリィは目を見開いた。
「ただ、僕には不可能です。 ので、皆様には共に王城へ来ていただくことになる。 元々予定には組み込んでありましたが……二度手間になってしまうのは申し訳なく思っています」
エーミールさんは狭い馬車の中で精一杯頭を下げる。
「そんな、あなたが頭を――」
「別にいいですよ?」
泣きそうな顔をするリリィの言葉を遮って、クリスタは手をひらひらと振った。
「どっちにしろお城には行く予定だったんですよね? 行ってみたかったし、順番変わるくらい気にしませんって」
笑いながらそう言って、「ねぇ?」と俺に話を振る。
「まあ、そうだな。 順番はどっちでもいいです。 どうせ俺達だけじゃ効率良く回るなんて出来ないし」
「そもそも何のコネも無く普通に城に入ることって出来るのかしらね?」
クリスタは誰に訊くでも無く腕を組み首を傾げた。
疑問を口にしたと見せかけてしれっと話題を変えるこのテクニックは、やはり客商売で身につけたものなのだろうか。
「……一定範囲までは自由に開かれているので、城に入るだけなら誰でも可能です」
答えられる疑問には答えざるを得ない性質があるのか、それとも空気を読んだのか、エーミールさんはいつものように話し始める。
「ただし、国政に関わる部分や王族が生活する範囲には正当な許可を得る必要があります。 その許可は……実は僕ならすぐに取れるので、皆様に城の中をご案内しようと考えていたんです、が、ね……」
少し残念そうに眉をハの字にして、エーミールさんは肩を竦めた。
「僕の方で少々予定が狂いましたが、事態の解決は我々の方で。 皆様には予定通り城の中を、という形になるかと」
「ま、俺達が下手に手を出すよりかは大人しくしといた方が早いでしょうしね」
何か出来ることは無いかと口を開きかけたリリィに牽制を入れ、俺は一つ溜息を吐いた。
馬車は相変わらずのハイペースで城を目指している。




