71話 私の美貌ならやむなし
「……ねぇそう言えばさ、このまま出かけたらあんたが目立つことになるんじゃないの?」
ホテルを出たところで、近くに誰も居ないことを確認してからクリスタは俺に耳打ちする。
「それは大丈夫だろ。 こうやれば……」
俺は見せつけるように指をパチンと鳴らす。 と――
「どうもこんにちは。 お呼びいただき光栄です」
「――っ!?」
全員の死角からスルリと現れたのは、当然エーミールさんだ。
「ほら来た」
「い、いつの間に……」
俺以外の3人は驚きに目をぱちくりさせてエーミールさん見る。
「驚かせてしまい申し訳ございません。 立場上、気配を消しての接近はクセになっておりまして」
言いながら恭しくお辞儀をするエーミールさん。
大袈裟過ぎて逆に言葉だけの謝罪に見えてしまう……のは、バイアスがかかりすぎか。
「2日連続で四天将に案内をお願いするなんて、なんだか申し訳無いっスね……」
「いえいえ、お気になさらず。 僕なんて一番の下っ端ですから」
一番下っ端(トップの中の)
「して、ご用件は?」
「昼メシと、観光の続き……」
俺はエーミールさんに見せるように指を3本立てる。
「……あとは、水着を売ってる場所へ案内していただけると助かります」
「ほう? そういえばホテルにはプールがありましたね。 ご利用されるおつもりですか」
顎に手を当てて微笑むエーミールさんに、俺は頷きを貸す。
「室内に水浴び出来る施設があるとか、やたら贅沢な話よね。 普通川とかでやるものでしょ?」
「地方の常識はそうだな」
しかし大きな町には公共のプールがあるところも結構ある。
大抵はスパやレストラン等の施設が併設されており、入場料が必要な場合がほとんどだ。
「そういうところは流石に裸で入るわけにもいかないからな。 水に入るための服がいるわけだ」
「それが水着、っスか……水浴びするのにお金と服がいるってのは変な感覚っスねぇ……」
リリィはうーむと腕を組む。
「やれやれ、田舎者の感覚だな」
「あんただって森生まれじゃないっスか……」
呆れ顔で大げさに肩を竦めるヒルベルタに、リリィは同じくらいの呆れ顔をお返しする。
「……まあ皆様は実質無料なので、利用しない手は無いかと。 では僕は馬車を手配してきますね」
喉の奥でくっくっと笑い、エーミールさんはどこかへ消えていった。
「水着の売ってるところくらいあんた知らないの?」
「利用料金に水着代と金がかかるものだから、経済的に余裕のある人間しか利用しない。 それゆえ水着はそれなりに高級な店でしか取り扱ってないんだ」
俺はわざと簡潔に言わず、回りくどく的を得ない話し方をする。
クリスタは一瞬戸惑った様子を見せるが、すぐに察して溜息を吐いた。
「……ああはいはい、あんたは高級店とか知らないわよねそりゃ」
「そういうことだな。 高級なのは防具店しか知らない」
我ながらそれはどうなんだと言いたくなるが、今時安くてもデザインの良い物が山のようにある中、何の機能性もない服に金をかける必要性が理解出来ないのだから仕方がない。
「お待たせいたしました。 馬車を偶然捕まえられたので、どうぞお乗りください」
「早っ!?」
あまりの帰還の早さにリリィは目を丸くした。
見計らったような登場から考えて、これも裏で待機させていたに違いない。
「お乗りになりましたね? では、リクエスト等ございますでしょうか」
◆
「いらっしゃーいまーせ~っ! あらァ? 先日いらっしゃった方達じゃないですか~」
「……どうも」
相も変わらず声の大きい女性店員に俺は軽く会釈を返す。
特に目新しい物を食べたいという考えが無かったため昨日と同じ店に来たのだ。
「連日お世話になります。 席に空きはありますでしょうか」
早口な店員の対応を面倒くさがっているのを察したエーミールさんが俺の前に出る。
「ええっと~……運がいいですね、丁度昨日の席が空いたところですよ~」
運がいい……のかどうなのか。 俺とクリスタは同時にエーミールさんの顔を見る。
「今回は、偶然ですよ? 本当に」
「……そうですか」
2人がかりで見つめてみても張り付いたような笑顔が崩れることはなく、結局真偽のほどは分からない。
「おぉ……流石にこの時間は混んでるっスねぇ」
「チッ……やはり視線を感じるな」
苛立った様子で周りを睨み、ヒルベルタは手で体を隠すようにしながら席に座る。
無論彼女の服装はその程度でカバー出来るような露出では無い。 腹も出てるし脚も出ている。 なにせ谷間も出ている。
「そりゃあ見ちゃうだろ。 不可抗力と言ってもいい」
「この肌は旦那様のためのものだというのに……まあ私の美貌ならやむなし、ですか」
ドヤ顔でメチャクチャ言うなぁ。
エーミールさんが笑いを堪えているのを視界の端に映しながら、俺は周りの様子を窺う。
リリィの言う通り、時間帯もあって店は大盛況といった感じだ。 席は本当にこの場所しか空いていないし、また新しい客が入って来て店員が対応に追われている。
談笑する声などで常にザワザワしており、あの女性店員の声が大きい理由の一端を見た気がした。 ザワついているのはヒルベルタの入場のせいもあるかもしれないが。
「皆様ご注文はいかがいたしましょうか」
「俺は昨日と一緒で」
注文などはさっさと終わらせて、俺はチラチラとヒルベルタを見ている男達に目を合わせて気まずくさせる作業に戻らねばならないのだ。
あと、普通に前回のやつが気に入ったのもある。
「……お優しいことで」
クリスタは片肘をつき、喧騒にかき消されるくらいの声で呟く。 やはり彼女には隠せない。
「先輩? なんか言ったっスか?」
「何でも。 で、あんた何食べる?」
何事も無かったかのように笑顔で答え、リリィにメニューを見せるクリスタ。
「うーん……実は昨日エーミールさんが食べてたやつが気になってて……」
昨日食べていたやつ、と言えばあのやたらとスパイシーな香りを漂わせていた料理……確か『カレーライス』といったか。
「おぉ、ぜひお試しになってください。 辛味が苦手でなければオススメですよ」
エーミールさん微かに目を開いて、そして微笑む。
その笑みがほんの少しだけ、本当に嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「あ、チーズのトッピングもあるみたいよ。 あんた好きでしょ?」
「おお……それはなんともすばらしい……!」
魅力的な選択肢に目をキラキラさせて涎を垂らすリリィ。
そんなこんなで楽しく注文を決め、一息ついていると、メニューを眺めていたクリスタがふと口を開いた。
「……意外と米のメニューがあるのよね。 ちょっと驚いたわ。 ウチは割と独特の文化があるって聞いたことあったからもっと違うものかと思ってた」
「ウチの町は大陸の東っ側にあるぶん東方の国の文化が結構入ってきてるからな」
米食を好むというだけでなく建築様式やら、服飾文化等……詳しくは知らないが色々とシュラハト本来のものとは異なっているらしい。
「それはずいぶん前の話で、特この王都ではパン程ではありませんが、米食も一般化されていますよ。 戦争で一時的に遅れてしまったものもございますが……向こう10年以内にはこの大陸のあらゆるモノがこの王都に集まると言われております」
なんとも壮大な話だが、既に冒険者の間でも「王都で手に入らないモノは無し」と言われているほどだ。 流石に海や山を持ってくるようなことは不可能だろうが、運べるモノ全てが集まるというのもあり得ないことではないのだろう。
「へぇ……やっぱりウチは情報が遅れてるのね。 ま、あたしはそんなに知ろうとしてたわけでもないから知ってる人は知ってるんだろうけど」
大陸自体が地域によって気候が様々で、北は雪国南は常夏といった具合だ。 その中心が何でもアリというのはむしろ納得出来る。
「今ですらゴチャゴチャとしているのにこれ以上を求めるのか……人間の欲というのは際限が無いな」
やれやれと肩を竦めてヒルベルタは溜息を吐く。
「俺は良い物を積極的に取り入れることが悪いとは思わないけどなぁ」
「私も同じ意見でございます! どんどん取り入れていけ貴様!!」
手のひらを返す、とはこのことか。 ヒルベルタはテーブル越しにエーミールさんに絡む。
「あははははっ! 微力ですが、善処いたしましょう」
エーミールさんは背中を曲げケラケラと笑う。
これは本気の笑いだ。 俺には分かる。
「旦那様のお考えだ、全力で行え!」
「“欲”ってなるとあんたもよっぽどっスよ……」
リリィは呆れ果てたように横目でヒルベルタを見た。
「はいはいは~い! お待ちどうさまです~!」
直後にハイテンション女性店員が料理を運んでやって来た。
これだけ賑わっているとその大きな声はやはり適切なもののような気が……いややっぱりうるさい。
「うおお……うまそ~っス……」
たっぷりとチーズのかかったカレーに、リリィは涎を止めきれないようだ。
「そうだ、それ付いたら取れなくなりそうだからそのスカーフ外しときなさい」
「あ、確かに」
クリスタが指差したのは国王杯の参加者の証であるスカーフだ。
リリィの左腕に巻かれたそれは明らかな高級品。 それでなくとも汚すのはマズい。
「じゃあ外して……と。 いっただっきまーすっ!!」
リリィは座っている椅子の背にスカーフを括り付け、カレーの盛られた皿に両手を合わせた。




