70話 この悲しみは剣にぶつける
「――さて、準備も終わった所で早速今日の訓練を開始しよう」
「ウッス!! よろしくお願いしますっ!!」
向かい合って立つリリィが勢いよくお辞儀をする。
お互いに剣を持って立つこの場所はもちろんホテルの中だ。
ソファーやテーブル等を端にどけて剣を振り回すのに充分なスペースを確保、床の絨毯にも俺が魔力のコーティングを施すことで多少床に剣が当たっても傷つくことは無いようにしてある。
「まあこれだけやれば大丈夫だろう。 万一何か壊してもサイデリアさんが全ての責任を取るしな」
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……? 剣が手からすっぽ抜けて壁に、とか自分だとやってしまいそうで……」
不安そうに眉をハの字にするリリィ。
しかしそれも仕方がないことだと思う。 なので、俺は素早く彼女の後ろに回り込みその肩に手を置く。
「――っ!? 何を――ふぐぅっ!?」
そして、振り向いた頬に人差し指を突き刺してやった。
「その時は、俺がキャッチしてやる。 それくらい訳無いさ」
「……そうっスね、そうでした」
リリィは頷いて、少し赤くなった頬を膨らまして俺の指を押し返す。
俺は「悪かったよ」と指を離して、先ほどまで立っていた場所に戻る。
「…………」
――今、俺がリリィの後ろに回り込んだ時、あいつの剣先が僅かに動いた。
俺の動きが見えた、というよりは「何かをしようとしている」というのを予備動作で読み取っただけだろうが……あの瞬間でも気を抜いていなかったという証明にはなる。
本気でやっていたわけでないとはいえ、アレに僅かでも反応出来るとは思っていなかった俺は少しの驚きと共に喜びと誇らしさのようなものを感じていた。
「……わっ! あんた、何でそんなに笑ってんの?」
部屋の隅に追いやられた椅子に腰かけたクリスタが、俺の顔を見て突然声を上げる。
この幼馴染はこれだから厄介だ。 表情から簡単に俺の感情を読み取ってしまう。 もちろん助かる場面も多々あるが……
「あ、ホントっス!! 師匠が笑ってるっ!!」
「ハァ、ハァ……旦那様の笑顔……! 格好いい、推せる……ッ!」
と、思いきや2人にも分かる程口角が上がっていたらしい。 別に隠す気も無かったが妙な気恥ずかしさがある。
あとヒルベルタ、涎を垂らすな、怖い。
「……別に何でも無い。 さあやろう」
「あ、ゴメン。 止めたついでに訊きたいんだけど、こうやって椅子やらをどけなくても普通に外でやればいいんじゃない?」
クリスタは怪訝そうな面持ちで押し退けられた家具達を指差す。
「準備運動って言って外に走りに行ってたし、移動が面倒ってこともないでしょうし?」
「まあ、確かにもっともな疑問だ」
俺は剣を肩に担いでうんうんと頷いた。
「けどちゃんと理由はある。 それは単純に、国王杯の対戦相手に情報を与えたくないってことだ」
現在この町には、町中だけでなく町の外周にも、国王杯の参加者――つまりリリィのライバルとなるであろう人物がひしめいているわけだ。
その中で修業をしようものなら一方的に情報を与えてしまう危険性がある。
戦いにおいて……特に1対1の戦いとなると、こちらだけが動きを掴まれてしまうというのはかなり苦しい。
「見たことも無い動きだと驚きでどうしたって対応が遅れるけど、見たことがあるなら驚かない分全然違う……って言うと分かりやすいか」
「なるほど、それなら分かるかも。 ちゃんと考えがあったわけね」
クリスタは片肘をついて「ふぅん」と唇を尖らせる。
「情報をできる限り伏せる、というのは常識レベルだと思っていましたが……なるほど、この辺りがクリスタ様が“戦えない”という所の証左ですか」
ヒルベルタはそう言って最後にほんの少しの嘲るような笑みをフッと鼻から吐き出した。
「いやいやいや、一般人はこんなもんでしょみんな」
それに気を悪くした様子も無く、クリスタは手と首をブンブン振って「あんた達が物騒なのよ」と溜息交じりに言う。
俺が同じことやったら多分ドつかれるんだろうな。
「つっても1戦目以外あんまり意味は無いけどな。 見せる機会を絞った方が不利になりにくいって程度だ」
「でもあんたがやるからには意味はあるんでしょ? 何にせよちゃんとした理由があるんならいいわ」
同じフッと、でも、ヒルベルタのものとは違い優しく包み込むような雰囲気でクリスタは笑う。
「てっきり「外でやると目立つかもしれないから」~とか言うかと思った」
「……実は、7割くらいはそうなんだ」
心の中を完璧に言い当てられ、俺はつい白状してしまう。
「……自分の勘、というか、あんたと過ごした10余年で学んだ習性を信じるべきだったわ」
部屋の隅とど真ん中、この距離では拳骨もチョップも飛んでこず、ただただ冷たい視線だけがそこにあった。
「普段の鉄拳制裁は救いだったか……仕方ない、この悲しみは剣にぶつける。 行くぞリリィ」
「は、ハイ!!」
「変なモノぶつけるのやめなさい」
◆
「――ファイアボール」
唱えたと同時に、10センチくらいの小さな火球が俺の手のひらの上に出現する。
それを剣を両手に構えて立つリリィへ上手投げで放つと、ゴォと音を立てて真っ直ぐに飛んで行った。
「ふッ!!」
リリィは気合と共に魔力を纏った剣でそれを斬り払う。
その間に、俺は彼女の方へ一歩大きく踏み込み、横薙ぎの一閃。
――ギギィンッ!!!
俺の剣がリリィの剣の上を滑り、空を斬る。
「やああぁッ!!」
その隙に小柄な体が俺の間合いのその中に潜り込み、勢いはそのままに俺の胸に体当たりをかました。
「おっとと……」
衝撃に押され、俺は倒れかけた体を立て直すためたたらを踏む。 が、その場所は完全にリリィの剣の間合いだ。
体当たりの勢いを利用した横薙ぎが俺の喉元まで迫る。
ガギィンッ!!!!
しかし剣は肉へは届かず、激しい金属音に阻まれた。
「……いい攻撃だった。 そこに繋がる防御も的確だったし、今回は言うことないな」
俺は自分の喉元まで迫った剣を軽く押し返しながら見事な一本を取った弟子を称賛する。
「ハァハァ……あ、ありがとうございますっ!」
上手く決まった興奮もあって肩で息をしながらパァっと表情を明るくしてリリィは深々とお辞儀をした。
「もう一本! お願いします!」
「いや、今日はここまでだ。 メシでも食いに行って、そのままちょっと観光でもしてくか」
時間はそろそろ昼前、充分な運動をして腹も減る頃合いだろう。
「確かにお腹は空いてきてますけど、今日の稽古がこれだけっていうのは短すぎる気が……自分はまだまだやれるっス!」
ギュッと拳を握り締めるリリィは言葉通り体力的にはまだまだやれそうな様子ではある。
しかし、これ以上やらせるわけにはいかない。
「これから国王杯本番まであと今日含めても3日だけ。 この短期間で強くなることは……不可能じゃないかもしれないが、現実的じゃない。 だからやるのは強くなるための訓練とは違ってあくまで“調整”だ」
本番前に追い込み過ぎては始まるころに全力を出せない可能性が高い。 この短い期間でも何もしないと腕は鈍るが、やり過ぎるのはもっと良くないのだ。
「短いだけに焦る気持ちもあるだろうけど、お前は昨日今日剣を始めたわけじゃない。 俺と会ってからずっとこれを目標に鍛えてきたって考えれば、それなりにやってきたと思えるんじゃないか? そんで、この3日は最終確認だ」
実際には騎士になる為に鍛えてきたわけで、大会のための準備ではなかったのだが、やることは同じようなものだ。 考え方次第というのは無理があるだろうか。
「なるほど……そう考えれば短くは無い、かも。 考え方を変えるだけで全然気分が違うっスね!」
不安気な表情が一転、リリィの瞳の奥に微かな自信が宿った。
単純とも言えるし素直とも言える。 個人的には、後者を推したい。
「ならよし。 じゃあメシ行こう」
「その前に、水、飲んどきなさい」
振り返ると、クリスタが水が入ったコップを2つ持って立っていた。
ありがたくそれを貰って飲み干す、その間にクリスタはもう1つのコップをリリィに渡しに行く。
「あ、ありがとうございますっ」
「外出るならシャワー浴びてほしいところだけど……まあ、お腹減ってるでしょうし、いいわ」
言った後で、「せめて拭いときなさい」といってクリスタはタオルでリリィの汗を拭う……というより顔を包み込んでワシャワシャとしてやる。
「あぶぶぶぶぶっ……!」
「あはははっ、何かおっきい犬を撫でてる気分」
「せ、せんぱ~いっ! もうちょっと優しく……!」
2人がイチャイチャしているその間、俺は紅潮したヒルベルタにそれこそ犬のように縋りつかれていた。
「旦那様の汗、クンカクンカスーハースーハー……!」
「俺汗かいてないんだけどな……」




