69話 兎にも角にも優しすぎる
リリィとヒルベルタは見事に声を揃えた。
目論見通り、気を引くことには成功したようだ。
「言っとくけど冗談じゃ無いぞ。 本気でやれればお前達より強い。 何度も俺をドついてコブ作ってたの見てないか?」
俺は自分の頭を指でトントンと叩く。
「それは……その、ギャグ的なことかと……」
「自分もそうだと……」
ムチャクチャなことを言うねお前達は。 ギャグでコブが出来るとはどういうことなのか俺にはさっぱり分からない、本当に分からない。
「とにかくこれで俺にダメージを与えられる程度にはパワーがあるってことになるよな?」
「それは確かに……。 ということはやはり本当、なのですね……」
ヒルベルタは驚きを隠しきれず、口元を指で押さえる。
「自分はともかく、ヒルベルタより強いとは思わなかったっス……確かに体力あるなーとは……――んっ?」
リリィは何かを思い出したように首を捻る。
「あの、ちょっと話が変わるんスけど、前に町で先輩に絡んだバンダナの冒険者……アイツってヒルベルタよりは弱い……っスよね?」
彼女が言う「バンダナの冒険者」というのは、リリィと最初に森に入った帰りに会った、子供を庇ったクリスタと口論した挙句殴りかかろうとしたクソ野郎のことだろう。
しかし、その質問の仕方では――
「……条件次第、としか言いようがないな」
「そ、そうっスね。 ……じゃあ、質問を変えます。 仮にあの時の先輩同じ状況で、先輩の所にヒルベルタが居た場合、1人で何とか出来ると思うっスか?」
いい質問だ。 戦闘には武器やスタイルの相性、地形、自身の状態等様々な要素が絡む。
強い弱いを簡単に言いきるには、俺はバンダナ野郎のこともヒルベルタのことも知らない。
「ほぼ確実に、何とか出来る。 シチュエーションには無理があるけどな」
「じゃあ、あの時師匠が助けなくても先輩1人でもあの男をぶっ倒せたってことっスか?」
回り道をしたが、彼女が訊きたいのはこれだろう。 表情や声色から察するに「ふと気になった」程度のものだろうが。
「……いや、それは無理だ」
質問の答えは至ってシンプルだ。 無理。
「え……でも、ヒルベルタなら何とか出来るって……それに先輩はヒルベルタより強くて……?」
リリィはもはや首どころか体ごと傾け、頭の上にいくつもの疑問符を浮かべる。
「先程は旦那様らしくもなくクリスタ様が我々より強いと“言いきって”おられました。 それほどの差があって、私とどちらが上か言いきることが出来ないバンダナ男とやらには勝てない、と?」
仕方ないことだが、ヒルベルタも納得がいかない様子だ。
「無条件で強い、とは言ってないだろ? 本気でやれるんなら、お前達より確実に強いってだけだ」
「……ってことは、本気でやれない理由があるってことっスか?」
そういうことだ、と頷いて、俺は人差し指を立てる。
「思い出してみろ、前に教えたことがあったよな? 世の中には“戦えない”タイプの人間がいるって」
「……あっ! 確かに、前に言ってたっス!」
リリィはハッと目を見開いて、手を叩く。
「まずあいつは勝負度胸ってやつが無い。 それに血が好きじゃないし、悪人だろうと無闇に人を傷つけることを嫌う。 そもそも根本的に怖がりで、特に刃物を持った男なんて相対するだけでギリギリだ」
一見すると気が強く度胸があるように思えるが、自分のこととなると途端に脆くなってしまう。
しかし、戦うことなんて出来ないのに他に助けられるやつが居ないと見ると矢面に立たずにはいられない。 俺のために四天将に食ってかかるくらいに、“そういうやつ”なのだ。 兎にも角にも優しすぎる。
「だとすると、あのバンダナ男から子供を庇ったのも、先輩にとってはすごく怖かったってことっスよね……」
「そうなるな。 俺があんなに怒ってたわけ、分かってもらえたか?」
俺に逆鱗があるとすればアレはその1つに触れる行為であったのは間違いない。
未遂だったからまだ我慢も利いたが、当ててたら手足の1本や2本どうなっていたか分からない。
「よ~く分かったっス。 ああ、遅れてジワジワ怒りが……」
「ま、然るべき罰は受けたからマシさ。 全然可哀想とは思わないけど」
歯を食いしばり両拳を握り締めるリリィに、俺は努めて軽い口調で言う。
世の中には悪事を働いてもバレずに、もしくは許されてのうのうと生きているやつも少なくない。 だから、「そういうやつよりはムカつかない」と自分を納得させるのが精神衛生上吉である。
「……しかしなんだ、ふくれっ面してどうしたヒルベルタ?」
俺とリリィが2人で話し始めたあたりから態度がおかしくなっていき、現在は微かに赤い頬を膨らませ顔を背けている。
「……ずっと私の知らぬ話をして、2人で盛り上がっていらっしゃるので」
ツンとした表情は変えず、しかしより赤みの増した顔でヒルベルタはまるで拗ねた子供のような口調で言う。
「そういうところは可愛いんだけどなぁ……」
「ヌヴっ……!?」
ヒルベルタはどこから出したのか分からないような声を出し、体をのけ反らせた。 どういうリアクションだそれは。
「なるほど、旦那様は頬を膨らませる仕草が好き、と……」
「メモするなメモするな。 そういうことじゃないから」
胸の谷間から取り出したペンと紙で誤情報を書き留めるヒルベルタ。
なんつーところから取り出してるんだびちゃびちゃじゃないのかそれ。
「……つまり、自分と師匠だけで会話が成立しちゃってて寂しくなっちゃった~ってことっスよね? いや~ヒルベルタも中々愛いやつっスねぇ」
「だ、断じて違うっ! 妄想だ! おかしな勘違いをするなっ!」
バンッとテーブルを強く叩き否定するが、こういう反応はヒルベルタに限らず、大抵図星を突かれた時にするものだ。
壊れるのではないかと心配になる力で叩いていたが、弁償するのはサイデリアさんなので問題は無い。
「訂正しろっ! というかその気持ちの悪い顔をやめろ!!」
「にひひひひっ 絶対いや~っス!」
怒るというより、照れるの最上級な顔で詰め寄るヒルベルタに、リリィはどこかで見たような意地の悪い笑みを返す。
「仲が良いのは大変よろしいね。 クリスタもそう思うだろ?」
「――っ!」
俺が部屋の入り口に向かって言うと、そこから微かに息を呑む音が聞こえた。
それから数秒空け、おずおすと出てきたのはクリスタだった。
「あ、先輩……!? いたんスか?」
シャワーを浴びいつものスタイルに戻っていた彼女は押し黙ったまま目を合わせることも無くこちらに近づいてくる。
「…………いつから気づいてたの?」
俺の傍まできてようやく口を開く。 目はまだ合わせない。
「そりゃ最初から。 具体的には、お前が実は強いって話をしたあたりだな」
そう言うと、思いっきり苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「お前の話してるのに全然出てこないなぁと」
「出づらい話してるからでしょうが……!」
少々からかい過ぎたか、鼻をギュウっと摘まれる。
「いたいいたい、暴力反対」
「うっさい。 あたしはそんなに優しくないわよ」
はたき落とすように俺の鼻を手放して、クリスタはフンと腕を組んだ。
「そんなこと言って、本気で殴ったことなんてないくせに。 お前が本気なら俺だってちゃんとガードしなきゃ危ない」
「本気でやったら避けられるからよっ! 制裁で済むくらいなら逃げずに受けるのを分かってるから加減してんの!」
そういうならそういうことにしておいてやろう。 これ以上やると関節技をキメにくる危険性がある。
「もうっ……今後はあたしのことを話すならせめてちゃんと許可取りなさいよ?」
「善処しよう」
曖昧な返事で逃げて、パンの最後の一口を放り込む。
クリスタから物凄くジトっとした目で睨まれているが、俺は気づかない振りを決め込んだ。




