66話 もうお前がいいならそれでいいよ
「……ごちそうさまでした、っス!」
カラになった皿に向かい両手を合わせて軽く頭を下げる。
名物というだけあって、店のソーセージは皮はパリっと中はジューシーという感じで個人的には美味しかったと思う。 別段グルメというわけではない俺の感想だが。
「王都産のソーセージってたまにウチにも流れてくるけど、高いから買ったことは無かったのよねぇ」
「へぇそうだったのか。 実際食ってみてどうだった?」
「高くても買う人がいるのも分かるわ。 とはいえこっちではそんなに高い物じゃないみたいだけど」
メニューに書かれた値段を見ながらクリスタは唇を尖らせる。
「単品でもこのセットくより高かった気がしたっス。 なんでこんなに違うんでしょう?」
「まあ普通に運ぶのが面倒だからだな。 ウチの町は王都とはあんまり取引が無かったはずだ」
軍の馬ですらいくつか町村やを経由して1週間以上かかる距離だ。 鮮度を保って届けるには当然相応の苦労がある。 その分が値段に上乗せされるわけだ。
「ご当地グルメを安く美味しく食べるにはご当地に出向く、というのが一番でしょう。 物流が発展し、魔王が倒れたといえどもまだまだ障害は多いですから」
そう言ったのは「お手洗いに行く」と言って居なくなっていたはずのエーミールさんだ。
彼は音も無く俺の隣に戻り、にこやかに座っていた。
「そうそう、不都合なければすぐに出発できますが、いかがいたしましょうか」
「大丈夫ですけど、会計は?」
「お手洗いのついでに済ませておきました。 準備が出来ているようなので、次に行きましょうか」
キョトンとした顔でクリスタが訊ねると、エーミールさんは立ち上がりながらカウンター席の客に応対している声の大きい女性店員を手で示す。
「い、いつの間に……」
リリィが呟いたのはまさしく、エーミールさんのあらゆる行動を現した言葉と言える。
俺達が店を出たと同時に馬車が通りがかったのも、彼の『いつの間に』やら行っていた仕込みだろう。
「偶然、ジャストタイミングですね。 乗せていただきましょう」
エーミールさんは手を挙げて馬車を止め、わざとらしく肩を竦めて御者に話をつけに行く。
「……何か、空恐ろしくなってきたわ」
クリスタはこちらに一歩近づき、不安気な瞳で見上げ囁く。
空恐ろしいというのも適切で良い表現だな、などと余計なことを考えつつ、俺は「そうだな」と相槌を打つ。
「――交渉完了です。 さあ、お乗りください」
促されて、またさっきと同じようにクリスタとヒルベルタに手を貸し、馬車に乗せてやる。
最後にエーミールさんが乗り込み、合図を出すと馬車は走り出した。
◆
「こちら『虹の泉』となっております」
まるでいつか見た観光ガイドのような態度でエーミールさんが指したのは、幅25メートルはあろう巨大な噴水だった。
水はキラキラと輝き、そのド真ん中には見上げるほど大きな人物やら訳の分からない物体やらが象られた彫刻が自慢気に佇んでいる。
「でっかぁ、綺麗……」
「ホント何もかもスケールが違うわねこの町は……」
感嘆の声を上げる2人に対し、ヒルベルタは冷静だった。
「なんと言う町だったか……興味も無いから忘れましたが、これより大きな噴水を見たことがあります。 この程度なら想定の範囲内ですね」
澄ました顔でそう言って、フッと小さく鼻を鳴らす。
「だとしてもそんな言い方されたら白けるって分からないもんっスかねぇ……」
リリィに割と正論でジトっと睨まれてもヒルベルタはその姿勢を変えようとはせず、目を逸らした。
「あっははははっ! ふふっ……流石に“水の都”には敵いませんから、ガッカリされるのも仕方ないかと」
何がそんなに愉快なのかエーミールさんは腰を折って笑う。
「しかし、まったくただの劣化というわけではないんですよ? ここは一つ、我らが虹の泉のストロングポイントをご紹介いたしましょうか」
一歩噴水に近づいて「こちらをご覧ください」と言い、水面――いや、その“下”を指差す。
エーミールさんが指差した先、水底に光るのは――
「これは……銅貨……っスか?」
「正確に言うと、金貨、銀貨、銅貨等々の硬貨ですね。 まあ、ほぼ全て小硬貨ですが」
キラキラ光って見えたのは、水面だけでなく所々に散らばる金貨が陽光を反射していたからだったようだ。
「あー思い出した。 願いが叶うとかでしたっけ」
「その通りです。 補足をすると、この泉に願い事を3回唱えてコインを投げ込むと願い事が叶うと言い伝えられていますね。 実際それで結ばれたカップルもいらっしゃるとか――」
――シュバッ!!
エーミールさんがまだ言い終わらぬうちに、俺の背後から跳び出す影があった。 風になびくその銀髪は、ヒルベルタ。
ヒルベルタは噴水の縁に片足を乗せ、鞄から財布を取り出し――大きく振りかぶる。
「旦那様と結婚ッ!!!旦那様と結婚ッ!!!旦那様――」
「ちょちょちょ!?! 財布ごと投げるのはやめるっス!!」
すんでのところでリリィが腕を押さえて止める。
「ええい離せ!! 私が旦那様と結ばれるのを邪魔するなッ!! 」
「その邪魔はしないけど、財布ごとはやめなさい! 金額が大きければいいってものでもないでしょう!?」
「ぐぐぐっ……! し、しかし……」
2人がかりでヒルベルタを抑え込んでいるその間に、俺は“元凶”を叩くことにした。
「……まさか狙ってないですよね?」
腕を組み事態を眺めてほくそ笑むエーミールさんに、俺は精一杯トゲのあるトーンで訊ねる。
「まさか。 想像以上でしたよ」
はい確定。 語尾が跳ねているのが妙に鼻につく。
「アルフレドさんも“お願い”、されてはいかがですか?」
エーミールさんは懐から銅貨を取り出してこちらに差し出してくる。
「そうですね、「何か理由付けてぶん殴れますように」ってお願いしようと思います」
「おや、これは後が怖そうだ」
差し出された手を拒否して自分の懐を探る俺に、エーミールさんはクスリと笑って指で銅貨を弄ぶ。
「……分かりました。 ここは銀貨で譲歩しましょう……」
「譲歩してるのそれ……? けどまあ、後悔しないんなら好きにしなさい。 そのくらいならもういいわ」
向こうも一段落ついたようで、とりあえず財布ごと噴水にぶちこむという事態は避けられたようだ。
「さて、落ち着いたところでせっかくだからお願いしてこうか」
「師匠も、やるんスね……うーん……」
リリィは神妙な顔で腕を組んで水底で光る硬貨を見つめる。
彼女は水の中に金を投げ捨てる行為に乗り気ではないのかもしれない。
「何か理由付けてぶん殴れますように、何か理由付けて……」
「どういうお願い?」
事情を知らぬ幼馴染の怪訝な表情を尻目に、俺は願いと共に小銅貨を虹の泉に放り込み手を合わせる。
「では、僕も。 安全祈願でもしておきましょうか」
「……なんか察したわ」
クリスタは溜息を吐きながら懐から2枚の小銅貨を取り出す。
「はい、リリィ。 どうせならあんたもやっときなさい」
「えっ? でも……」
「大丈夫、あんたの給料から引いとくから」
意地悪な笑みで銅貨を押し付けて、クリスタは自分の分を水面に放り投げる。
「……あ。 お願いとか決めてなかったわね。 うーん……ま、世界平和でいっか」
「壮大だなー」
いつも俺に適当だとか言うわりに、自分のこととなると他人の事を言えないくらいに適当である。
どうせ給料から引くとかしないくせにリリィに押し付けたのは、彼女がやりやすくするために気を使っただけだろう。
「……そうだ、東方の国には神様にお祈りする時にお金を箱に投げる文化があるらしいな」
余計なお世話かもしれないが、そのアシストくらいしようか。 実際これは本当にある文化だしな。
「そういうものだと思えば、願い事にお金を使うのもありな気がするっスね……よしっ」
意を決してリリィは噴水の方へ向き直った。
「ヒルベルタはどうせさっきのと同じだとして……あんたはなにをお願いするの? 国王杯?で勝ち上れるように、とか?」
「……それも考えたっスけど、そっちは神様頼みじゃなく自分の実力で勝負するっス」
真剣な眼差しでふんすと両手を握り締めるリリィに、クリスタは「そう」と微笑む。
「なので、みんなが安全、健康に過ごせますようにってお願いしようと思いますっ!」
ニコッと笑って、銅貨を投げ込む。
「あら、結局自分のことじゃないのね」
「世界平和より具体性があっていいんじゃないか?」
「うっさい」
どうしても茶化せずにはいられず、脇腹に肘鉄を突き刺されてしまった。 地味に痛い。
「…………これは、私が恥ずかしいことになっているのでは」
リリィのあまりに光属性な回答に、ヒルベルタは気づいてしまっていた。
「確かに一番私欲が出ていましたが、逆に言えば3人の女性の中で一番アルフレドさんに近いお願いをした、と言えるのでは?」
「っ!! なるほど、貴様いい事を言うな」
もうお前がいいならそれでいいよ。




