65話 経費で落ちますので
エーミールさんに促され馬車から降りると目の前には古いレンガ造りの建物があった。
クリスタとヒルベルタに手を貸して馬車から降ろし、もう一度その建物に向き直る。
全体は周りのそれと比べて特別大きくも無く、綺麗な装飾等も無く、壁に打ち付けられた板には『グリュック』とおそらく店名だと思われる単語だけが書かれている。
「さあ、皆様お入りください」
木製の古びた扉を恭しく開け、エーミールさんは微笑む。
「……お邪魔しまーす」
入り口をくぐり中に入るとまず見えたのが木製のテーブルと椅子がいくつか。 そしてカウンター席。
既に昼過ぎにもかかわらず半分近くの席が埋まっているところからそれなり以上に繁盛しているのが分かる。
「いらっしゃーいまーせ~っ! あらァ? エーミールさんじゃないですか~」
「どうもこんにちは」
やたらと高いテンションでこちらに駆け寄ってくる女性店員に、エーミールさんは俺達の一歩前に出て対応する。
「こんにちは~珍しくお連れ様がいらっしゃるんですねー」
「はい。 こちら、僕のかけがえの無い友人の方達です」
エーミールさんは両腕を少し広げて胸を張り、「ね?」と今日一番の感情の読めない笑みを浮かべた。
「お友達がいらっしゃったんですね~」
「いらっしゃったらしいですね」
笑顔で辛辣なことを言う女性店員に俺は肩を竦める。
「えーっと、ひぃふぅみぃ……5名様ですね~お好きな席お座りになってメニューをご覧くださいメニューはテーブルにありますのでお決まりになったら呼んでくだっさ~い!」
早口な女性店員の案内に従って好きな席を選ぶことにする。
みんなに訊いてもどうせ自分で決めることになると考えた俺は飾り気の無い店内を見回し、見つけた。
「……よし、あそこにしよう」
俺が指差す先は店の隅。 背もたれが付いた3人掛けくらい大きさの長椅子に挟まれた大きなテーブルだ。 あそこなら全員が同じテーブルで食べられて変な争いも無いだろう。
振り返って顔色を伺うと、4人共肯定を示したのでそのまま席に歩いて行って、馬車の時と同じ並びで座る。
「では、お好きな物をお選びください。 もちろん、お代は僕が持ちます」
エーミールさんはメニューが書いた紙が貼られた板を俺達全員に見えるように立ててニコリと微笑む。
しかし、リリィはこれに首を横に振った。
「し、四天――じゃなかった、エーミールさんに奢らせるなんて、とても出来ないっス!」
「おっと、お気を付けてくださいね」
エーミールさんは自分の唇に指を当てて注意する。
慌てて彼の素性を言いかけてしまうという失態をおかしたリリィは申し訳無さそうにペコペコと頭を下げた。
「あまりお気になさらず。 それと、ご遠慮は無用です。 経費で落ちますので」
「わ、分かりました……すみません」
不測の事態にもまるで気にした様子もなく表情を崩さないエーミールさんと、こうなっては頷くしかない、と苦い顔をするリリィ。
「ところで、ここのオススメは?」
「この町で作られたソーセージが名物ですね。 僕もお気に入りで、休日にもよくいただいています」
言いながら、エーミールさんはトントンとメニューを指で叩く。
「あとは……どれも美味ですが、迷ったらこちらのセットなどが一通りのものが食べられてよろしいかと」
メニューの上の方に書かれた文言を信じるなら、このA・B・Cのセットとやらはどれも名物のソーセージが含まれているらしい。
「じゃあそのAセットで」
ならば一番上を選べばそれでいいだろうと適当に決めて、俺はさっきのハイテンションな女性店員が持ってきた水を口に含む。
「ちゃんと内容見て決めなさいよ……本当適当ねあんたは。 ……あんた達どうする?」
「私は旦那様と同じものを」
真っ直ぐな目で応えるヒルベルタに、訊くまでもなかったなと溜息交じりに「そう」と言ってクリスタはリリィに顔を向ける。
「えーっと、自分は……」
リリィは少しの間う~んと悩んで、結局Bのセットを選んだようだ。
「そ。 じゃ、あたしCで。 合わないやつは交換しましょ」
お前も適当にみんなが選んでないやつを頼むっていう妙に気を使ったことをしてるじゃないか、とは言わないでおこう。
「了解しました。 すみませーん!」
エーミールさんが溌剌とした女性店員を呼んで注文をしていくのを聞き流しながら、すぐ横にある窓の外を眺める。
俺達を乗せてきた馬車の姿は既に無い。
「……そうだ、待ってる間にお聞きしたいんですけど、今日の予定はどれくらいあります?」
ボーっと外を眺めてふと思い付き、エーミールさんに訊いてみる。
「2つほど、名所をご案内しようと考えています。 旅の疲れもあるでしょうから、日が暮れるまで連れ回したりはいたしませんよ」
薄目で女性陣の方を確認しながらエーミールさんは指を2本立てる。 流石、空気が読めるな。
「そうそう、明日以降も“ご連絡”いただければ僕がご案内いたしますので、気が向いたらどうぞ」
監視をしている彼にアピールしろという意味だろう。 エーミールさんは意味深に言って顔の前で手を組む。
「なんというか……あなたみたいな立場の人って話しにくいというか、あんまり話が合わなそうって勝手なイメージあったんだけど、今の所2人ともそういう嫌な感じしないのよね」
クリスタは言葉通り気を抜いた感じで頬杖をつきながら唇を尖らせる。
「光栄です。 多分ですが、僕と“彼女”は相当接しやすい部類だと思いますよ」
やはり笑っているのかそうでないのか判断に困る表情で、エーミールさんは水の入ったコップの氷をカランと鳴らす。
「私からすれば“もう1人”は恐怖でしかないのだが……確かに、貴様はまるで一般市民のようだ」
ヒルベルタはサイデリアさんの威圧感を思い出したのか、震える体を抱きながらエーミールさんを見る。
しかしみんな重要な部分をボカして言うせいで傍目には笑えるほど要領を得ない会話に聞こえるだろうな。
「…………」
そんな中まるでヒルベルタと対になるようにリリィは押し黙っている。
おそらくさっき失言しかけたのを気にして余計な事を言わないように努めているのだろう。 律儀かつ不器用なヤツである。
「はいは~い! お待ちどうさまです~ABCのセットとカレーライスですぅ~!」
輪をかけてハイテンションで早口な女性店員が押してきたワゴンに載せてある料理を見て、俺は軽くずっこけたい気分になった
エーミールさんは確か、ソーセージが名物で自分もよく食べると言っていたはずだ。 言っておきながら、彼が頼んだと思われるカレーライスとやらにはソーセージなどまったく見えない。
「全然ソーセージ関係無さそうですねソレ」
「無いですよ。 今日はこちらの気分だったもので」
語尾を気持ち弾ませ、皿に盛られたビーフシチューのような、しかしそれにはありえないほどかぐわしいスパイスの香りを放つ料理を受け取る。
「あはは……まあ食べたい気分ってありますしねぇ」
おどけた様子にクリスタは苦笑って、リリィとヒルベルタも表情を緩ませた。
どうやら、3人は早くもエーミールさんに対して結構気を許しているようだ。
わざわざ言ったりはしないが、これは黒衣部隊の一員としての技能――『自身の印象、雰囲気のコントロール』のなせる業だろう。
確かに、敏感なヒルベルタすら感じ取れないほど上手く、まるで一般人のような雰囲気を纏っている。 その奥に血の臭いを感じ取っている俺からすれば奇妙な感覚だ。
カレーを頼んだのもそのコントロールの一環……というのは流石に穿ち過ぎだろうか。 まあそうだとしても不都合があるわけではないが……
「アル? 食べないの?」
「……ああ、食うよ。 いただきます」
幼馴染の声に答えて、考えても意味の無い事だと余計な思考を振り払う。
俺はふぅっと息を吐き、水で口を湿らせテーブルに並んだ美味そうな料理達に両手を合わせた。




