64話 ヒトというものは変わらん
エーミールさんに連れられてモナートから出ると、その目の前に大きな馬車が止まっているのが見えた。
「お乗りください。 町は広いですから、徒歩ではくたびれてしまいます。 ……ああ、そこかしこをこういった辻馬車が走っていますので、特に目立つことも無いかと」
そう言って「さあどうぞ」と腰を低くし、手で馬車を指し示す。
「おっと。 そうそう……」
乗ろうとしたところで、エーミールさんが顔を近づけてくる。
「この馬車の御者は“こちら”の人間ですので、ご安心を」
息がかかるほどの距離でフフッっと笑う。
俺の勝手な事情にも逐一気を使ってくれるのは、彼も身分を隠して生活をしているからだろうか。 ありがたい話だが顔が近すぎる。
顔を引いて小さくお辞儀を返し、先陣を切って馬車に乗り込む。
外からも中々の大きさだったが中もやはり広く、席の大体6人乗り程度だろうか、外を眺めることが出来る窓も付いている。
「問題無しだな。 ……さ、掴まれ」
少々段差が高いので大事を取って手を貸してやることにする。 まず先頭のクリスタに。
なんだか気恥ずかしそうな幼馴染の細い手を取り、呼吸を合わせて引いてやる。
「別に平気だったんだけど……ありがと」
呟くように言ってクリスタはスッと手を離す。
「……お前痩せたか? もっと太ったほうがいいぞ」
「気持ち悪さで感謝を上書きしないで」
「はっはっは。 さて、次は――」
俺は苦い顔を向けられながら馬車の外に目を向け……硬直した。
ヒルベルタが両手を伸ばし、キラキラとした目でこちらを見上げていたからだ。
「旦那様っ! このような段差私1人では登れません! お手を!」
「……お前はそれでいいのか」
溜息を吐きつつ、とりあえずその手を取って馬車に乗せてやる。
「旦那様……?」
エーミールさんは顎に手を当て頭に疑問符を浮かべる。 ほんの少し開かれた瞳が窺うように俺に向けられていた。
「呼ばれているだけです」
「なるほど……そうですか。 いえ、大丈夫、仕事上口は堅いですから」
本気か冗談か、読みにくいことこの上ないが、おそらく後者であると思いたい。
俺はさっきより大きな溜息を吐いて、リリィの方へ視線を移す。
「……で、どうする?」
「むむむむ……じ、自分で乗るっス!」
唇をキュッと結んで唸っていたリリィだったが意を決して両手を握り締めた。
「それならそれでいい」
「……ッス」
頷いて、リリィは軽く馬車に跳び乗った。
女子3人は馬車の後ろ側の席にクリスタを真ん中――壁として置き、右手にリリィ、左手にヒルベルタという並びで座る。
それで後ろの席は埋まってしまったため、「膝の上はダメか?」とクリスタに訊いてみることにした。
「…………」
「……ですよね」
無言の「NO」が返ってきたので、俺は仕方なくその向かい側の席に座る。
「さて、皆さんお乗りになりましたね。 では出発といたしましょう」
いつの間にやら俺の横に少し距離を開けて座っていたエーミールさんがパチンと指を鳴らすと、馬車がゆっくりと動き出す。
徒歩とさして速度は変わらないが、地面が舗装されているためか乗り心地は中々よく、席もそれなりに柔らかいため疲労度は段違いだろう。
閑静な貴族街を少しの揺れを感じながらゆったり進む。 これは案外悪くない。
「ひゃあー……やっぱりどこもかしこも大きな家ばっかりっスねぇ……」
窓から外を眺めながら誰に話しかけるでもなくリリィが言う。
「けど、あんまり面白そうな場所じゃないわよね。 本当にあの宿ってあの場所にあって需要あるのかしら?」
「それは……どうなんスかね……?」
確かに、クリスタのぱっと見だと静かということ以外メリットがなさそうな立地だ。 正確な所は分からないがしかし、推測することなら出来る。
「さっきから何人も騎士っぽい人が見えてるだろ? 俺の知ってる限りだと、これ以上に警備が厳重なのは城周りくらいだ。 だから他の高級宿がある場所より、この貴族街の方が警備が厳重なんじゃないだろうか」
「安全面がメリット、ってこと?」
まだ納得出来ない様子でクリスタは小首を傾げる。
「そうだな。 城に泊まるようなやんごとなき身分のお方とかでない限り、あそこに泊まるのが一番安全なんだと思う。 あとは外に出ずともゆっくり過ごす分には不自由ないし、腐るほど金持ってるなら選択肢の一つには入るんじゃないかな。 どうせ移動はこうやって馬車使うんだろうし」
「ふうん、なるほどねぇ……」
首を傾げたまま腕を組んで一応納得という感じで唇を尖らせる。 生活環境が違い過ぎるためか想像しにくい部分があるのだろう。
「まあ、正解はエーミールさんに語ってもらうってことで」
さあどうぞ、と言わんばかりに手と目で回答を促す。
「そうですね……結論から言うと、ご明察です。 貴族街は他と比べかなり警備に人数を割いているのは事実としてありますしね。 ただ、あの場所に需要がある理由がもう一つ」
エーミールさんは人差し指を立て、皆の顔を交互に目を見る。
「それは、庶民の暮らす場所を通る必要無く、城と町の外にアクセスできるという点です」
「……それが、得になるんスか?」
リリィは目を丸くして首を傾げる。
確かに理解しがたい理由だが、俺はなるほど、と思った。
「一定数いるんですよ。 高貴なる者として下賤の者とは同じ空気を吸いたくない、と考える人間がね。 それはこの国の貴族にも、ですが」
エーミールさんは皮肉っぽく笑って肩を竦める。
「呆れた……お金持ってるかどうかだけで人間が決まるわけでもないでしょうに」
「どこでもヒトというものは変わらんな……」
ヒルベルタが溜息を交じり言う。 彼女が言うと嫌な重みが伴ってしまうな。
「その考えの是非は置いておいて。 実際あれほどの規模ではありませんが、いくつかの高級ホテルは貴族街に店を構えていますよ。 丁度そこにほら」
「あっ! 確かに宿っぽいのがあったっス!」
窓に身を乗り出してリリィが指差す先には確かに『ホテル』を意味する文字が書かれた看板の付いた建物があった。
「少し向こうの通りには大富豪御用達のカジノもあるので、実は結構“需要”に合わせた形になっているんですよ」
「へぇーそうなんですね。 まああんな金のかかったモノが適当な場所に作られるわけないか」
俺は色々と納得して、会話に一区切り付けて背もたれに体を預ける。
「っていうかさ、あんたここに何度も来てるはずよね? 何で知らないの?」
「こういう大きい町は仲間と出歩かずに宿に引きこもってたからなぁ。 地図で道自体は覚えてるけど、何があって何が見所なのかまでは全然知らない」
ありのままを話すと、クリスタは「そう……」と呆れ顔で窓の外に視線を移した。
「……町の感じが変わったわね」
外を見たクリスタが少し目を見開いて呟く。
見れば確かに建物の造りが変わり、道もやや狭くなって親しみの持てる木造と石造りの建築が並ぶ、所謂通りに入ったのが分かる。
「ここの辺は流石に落ち着くな」
「自分としてはこれでも大きな建物と道で慣れない感じっスけどねぇ……」
リリィは相変わらずキョロキョロと物珍し気に視線を動かし周囲を見回しながら呟く。
そのまま数分似たような道を進んでいくと、馬車が少しずつ減速し、止まった。
「……着きましたよ。 さ、お降りください」




