63話 これは失敬
「とりあえずこちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
にこやかなエーミールさんをソファーに座らせ、テーブルを挟んで向かい側に俺も座る。
「いやぁ中には初めて入りましたけど、すごいですね。 狭い範囲なら王城よりずっと豪華だ」
「そうですね。 だから城以上に落ち着かない」
俺は頷き、少しぬるくなった紅茶をすする。
「それでもここに泊まると決心してくださったのは、サイデリアさんのお気持ちを汲んでのことでしょうか?」
「まあ、半分はそうですね」
エーミールさんは俺の言葉に「ほう?」と興味深げに目を見開い――いや、やはり目は閉じているように見えるが、とにかくそんなふうに顔を動かした。
「悪気があったわけじゃないですし。 なにせ「一番高いトコなら一番イイと思った」ですからね」
「あはははっ、中々可愛らしい方でしょう? 彼女は純粋にそう考えたわけですからね」
やや小馬鹿にしたようにも聞こえる言い方だが、元来そういう口調というか、雰囲気があるのかもしれない。 これでヒーロー好きな所があるからな。
「おっと、僕自身彼女のそういった所には好感持っていますよ? 本当です」
2つの意味でどこまで見えているのか分からない目で肩を竦めて、エーミールさんは笑う。
「僕の言葉はどうやら信用に欠くようなので、一応補足を」
「別に疑っちゃいないんですけどね」
「おや、そうですか? これは失敬」
相変わらずの芝居がかった仕草で恭しく礼をして、「そういえば」と話を切り替える。
「お聞きしたかったんですが、先ほど言った「半分は」とは?」
「多分あなたの興味を引けるような話じゃないですよ?」
俺は前置きをして、一呼吸空けるため紅茶をすする。
「……ここ広いし、この居間?っていうのか分からない規模ですけど、家具どかせば弟子を鍛えるのに使えそうだと思いまして」
親指で無駄に広い空間を指差してまた紅茶を一口。
かなりムチャクチャな使い方だとは自覚しているが、使える物は使っとけという開き直りだ。 プールもトレーニングには悪くないしな。
「ほー……それはそれは、僕には思いつかない使い方だ」
感心しているのか引いているのか判断がつかない表情でエーミールさんは毛先を弄ぶ。
その目線が一瞬だけリリィに向いた気がしたが、やはり糸目の為分かりにくい。 読ませないためにわざと薄目で過ごしているのではと思うほどだ。
「……あんた、そんなこと考えてたのね」
呆れ顔で歩いて来たのはクリスタだ。 彼女の持つトレイの上には湯気が立ち上るティーカップが置かれていた。
「なんか壊してもサイデリアさんの責任にするから大丈夫」
「何が大丈夫なんだか……お口に合うか分かりませんけど、どうぞ」
クリスタは溜息を吐くと、ティーカップをエーミールさんの前のテーブルに置き一歩下がる。
「これはどうも。 ――うん、美味しいですよ」
「ならよかったです。 ……訊きそびれてたんですが、あなたは何者なんですか?」
クリスタからもっともな疑問が出た。 そういえばまだ名乗ってすらいなかった気がする。
それを受けてなぜかエーミールさんは俺の方を見てきた。
「言った方がよろしいですか?」
「そりゃそうでしょう」
俺が頷くと、エーミールさんは「分かりました」と言ってティーカップを置く。
「……僕が騎士だということはお察しの通りです。 しかし、役割は少々特殊でしてね。 黒衣部隊、というのはご存じですか?」
どうぞ、と言わんばかりにエーミールさんはリリィに手を差し出す。
「ハ、ハイっ。 えっと、黒衣部隊は上級騎士の所属する部隊の一つで主に偵察等を担当しています!」
「ご名答。 その通りです」
パチンと指を鳴らす。
「ということは、あなたは上級騎士ってことですか?」
「一応、そうなります。 黒衣部隊の隊長のエーミールと申します」
まるで息を吐くようにさらりと言って、エーミールさんは紅茶に手を伸ばす。
「はぁーなるほど、隊長さんだったんスねー……――って、ええええええっ!!?」
リリィは大きな目をもっと丸くして叫ぶ。 俺のすぐ近くで。
今日は耳へのダメージの大きい日だ。
「隊長……隊長ってことはサイデリアさんと同じくらいのポジションってこと、よね?」
「そういうことになるな。 隊長キャンセルしたら隊長が来たってことだ」
目をぱちくりさせるクリスタに、俺は肩を竦めてぬるくなった紅茶を飲み干す。
「何と、そのような強さがあるようには……いや、“アレ”が規格外なだけか……」
ヒルベルタも失礼な事を言いつつしっかりと驚いている。
「彼女の言う通り、サイデリアさんと僕は階級では同等ですが実力は天と地です。 それに知名度もね。 リリィさんの反応がその証左ではありませんか?」
エーミールさんは手でリリィを示して微笑む。
確かに、騎士好きでありサイデリアさんにも気づいたリリィが顔を合わせてから名乗るまで――途中に黒衣部隊の名を出されても、気づいていなかったのは俺にとっても意外だった。
「部隊の特性上、僕の顔と名前が一致する人間はほとんどいないんです」
彼が言う黒衣部隊というのは隠密が主体。 その隊長ともなればその名以外は極力秘匿されている、らしい。
「それ故、僕が案内人をしても目立つようなことは無いかと。 それに、男性が1人しか居ない状態からも抜け出せますよ」
「……確かに、理にはかなってるんですよね。 意外なことに」
俺は腕を組みサイデリアさんの事を思い起こす。
「てっきり監視を兼ねてるのかなと思ったんですが」
「ああ、やはりお察しでしたか。 そうですよ……いえ、保護の為の監視ですが」
普通は言葉に詰まったり、そうでなくとももう少し神妙な態度で言うもののはずだが、先ほどの自己紹介のようなさらっとしたトーンでエーミールさんは頷く。
「あなたを監視出来る人間というのも限られていましてね。 僕が同行すれば“上”は満足するらしいので、そこも兼ねています」
「やっぱりそうでしたか……サイデリアさんもそこまで頭が回るなら普段からもっとしっかりしていてほしいもんですね」
俺は大袈裟に溜息を吐き、立ち上がる。
「なんか穏やかじゃない会話があった気がするけど……気にしないことにするわ。 もう行くの?」
「そうだな。 腹減ってきたし、メシ行きたい」
軽く伸びをして、エーミールさんを見る。
彼は丁度紅茶を飲み終えたところで俺の視線に気づき立ち上がる。
「了解いたしました。 ご趣味に合うような手頃でかつ美味しいお店をご紹介しますよ」
エーミールさんはそう言って、紳士が淑女をエスコートするような優雅な動作でお辞儀をした。




