62話 ケンカはいかんぞケンカは
「……とりあえず、これで終了か?」
部屋割りを決めて荷物を分け使いやすいようにまとめ、部屋の中でもっとも広いリビングで一息つく。
これだけ広いと流石の部屋数で、1人1部屋(シャワー付き)を丸々使えるという贅沢ぶりだ。
「えーっと、確かサイデリアさんが代わりの案内人を連れてくるって話になってたっスよね?」
「城まで呼びに行ったのならまだしばらく着かないはずだから、それまでは休憩ね」
そう言いながらクリスタはソファーから立ち上がって何処かへ歩いて――確かあっちはキッチンがある場所だったか。
「お茶淹れてくるわ。 紅茶でいいわよね? 備え付けのがあったから」
「いや、休んでろよ。 長距離移動で疲れたろ」
「大したことないわよ、乗ってただけだし。 じゃそういうことで」
抜け目が無く、かつ気の回る幼馴染は軽く手を振って、有無を言わさずキッチンへ消えていく。
「ふぅー……」
大きく息を吐き、イマイチ落ち着かない部屋を見ないようにして肌触りの良い2人掛けのソファーに体を預ける。
すると、振動に気を使いながらゆっくりと横に座る者が居た。
「では旦那様、待っている間2人で楽しみましょうか♡」
ヒルベルタがいつものように腕に抱きついて誘惑的な視線を向けてくる。
サイデリアさんが居なくなって明らかに元気になっているな。
「ちょっとちょっと? まだ自分が居るっスからね?」
「チッ……もう子供は寝る時間だぞ」
「まだお昼っス!」
これまたいつものように、2人はバチバチと火花を散らせる。
止める必要は……多分無いだろう。 というか止められないと思う。
それにこれくらいなら最早じゃれ合いのようなものだ。 気にせず俺は今後のプランについて考えを巡らせた。
一番大きいのは国王杯だ。 大会でリリィを勝たせるために俺が何をするべきか、またどこまでやるべきか……
「なんか騒がしいと思ったら、何これ? あんた止めなさいよ」
「ん……?」
見ると、人数分のティーカップを載せたトレイを持ったクリスタが怪訝な顔で立っていた。
ほんの数分程度だろうが、思った以上に時間が経過していたようだ。
「……ま、いいわ」
俺が頼りにならなさそうと見ると、やれやれというように溜息を吐いてトレイをテーブルの上に置き、手をパンパンと叩く。
「はいはい2人共。 何で争ってるのか知らないけどその辺にしときなさい」
「うっ……ハイ……」
「くっ……仕方が無い」
まさに鶴の一声、掴み合っていた2人は磁石の反発し合うようにパッと離れ、お互いが距離の空いた椅子とソファーに座った。
「そうだそうだ、お前らケンカはいかんぞケンカは」
「後出しで偉そうに言うな」
「アツツ……すまんすまん」
当然クリスタに頭を小突かれ、飲もうとしていた紅茶が唇に暴発する。 熱い。
「やれやれ……まあ、あんたには止めにくいのも分かるけどね」
やはりこの幼馴染はあまりに察しが良い。
基本俺が原因で争う2人だが、それを止める為には俺がどちらかに味方をしないといけなくなる。 彼女はそれを分かってくれているのだ。
頭が下がる思いをそのまま表して頭を下げると、やめろと言わんばかりにしっしと手を振られる。
――その直後、どこからともなくチリンチリンと鈴の音のような音が鳴った。
「……っ!? これって……?」
リリィはキョロキョロと部屋を見回すが、不思議なもので音の出所が分からない。
察しがついた俺は壁にくっついてたラッパのような形の装飾に近づき、その蓋を開けた。
「はいもしもし?」
『失礼いたします、フロントに“案内人”の方がいらしていますが……』
「あ、鍵開けとくんで上呼んでください」
『了解いたしました』
軽く挨拶をして、蓋を閉める。 さて、鍵を開けておかなければ。
「今のって……?」
「連絡用の……これ、何て言うんだろうな? まあ下と連絡が取れるヤツだ。 何か欲しいものとかしてほしい事とかあればこれで連絡すればわざわざ外出なくていいってわけだな」
興味深げに見つめるリリィに適当な説明をして、唯一の出入口の鍵を開けに行く。
サイデリアさんもこれくらいは教えてから行ってほしいものだ。
「……あれ?みんな付いて来るのか」
後ろを見ると、3人全員が付いて来ているのが見えた。
「多分すぐ上がってくるっスから、挨拶にと……」
「私は常に旦那様と共にありますので」
なるほど、ヒルベルタはともかく、リリィの言うことはもっともだ。 おそらくすぐに上がってくるのだからそのまま少し待って出迎えてしまってもいいだろう。 なんなら扉を開けたら既にそこに……ということもあるかもしれない。
「ていうか随分早いと思わない? まだ1時間も経ってないはずよね?」
クリスタは眉間に皺を寄せ疑問を口にする。
確かに早い。 しかし、案内人の機動力次第だがサイデリアさんが全力で急げば案外こんなものなような気もする。
とにかく事情は案内人とやらに会って聞いてみれば分かることだ。 俺は鍵を外し、ドアを開けた。
「おや、どうもこんにちは。 僕が本日案内を――」
ガチャリ。
反射的に俺は扉を閉めた。
あの糸目、感情の読みにくい表情、血のように赤い髪――制服である黒い衣でなく、普段着を身に着けていたようだが見間違えるはずもない。
あれは、四天将の1人、エーミールさんだ。
「ちょっ! 何で閉めたの!?」
「居なくてもやらかすなあの人は……」
サイデリアさんに恨み節を手紙ででも伝えたい気分だ。 なぜ四天将を断ったら四天将が来るのか……
「ねぇちょっと……もういいわ」
頭を抱え、何も答えない俺に見切りをつけ、クリスタは自分の手で扉を再び開く。
「おお、これはこれは……開けていただきありがとうございます」
エーミールさんは芝居がかった仕草で驚き顔をして、クリスタに頭を下げる。
「いえ、ウチのアルフレドが失礼を……」
「お気になさらず、想定はしていましたので」
人好きのする笑顔で言ってその糸目の奥でこちらを見る。
俺は気合を入れ直すため溜息を長めに吐いた。
「……こんにちは。 なぜあなたが?」
「サイデリアさんに頼まれたもので。 一応言っておくと、クロードさんから許可はいただいております」
笑顔のまま、いくらか表情を引き締めてエーミールさんは言う。
「クロードさん……って、もしかして四天将の『天眼』のクロードさんっスか!?」
流石にリリィはこの名を聞き逃さなかった。 エーミールさんに一歩詰める。
「ご名答、その通りです」
「やっぱり……ってことは、あなたは騎士っスか?」
ハッとしてエーミールさんの顔を見上げるリリィ。
ここに俺は違和感を覚えた。 リリィはサイデリアさんを一目見てすぐに気づいていたのに、エーミールさんに関しては気づく気配すら無いのだ。
「はい、そうですよ。 下っ端の使いっぱしりですが」
「嘘はやめましょう。 とりあえず中入ってください。 お茶出すんで、クリスタが」
幼馴染の「オイ」というツッコミを聞きながら、俺はエーミールさんを部屋に招き入れる。




