61話 良いヤツらじゃないか……!
サイデリアさんが受付に話を通している間、俺は宿の内装をざっくりと見回す。
シュラハト最高級の宿『モナート』はその外観に負けず――いや外観以上に中身が豪華だった。
無駄に天井の高い受付には大きさの割に光量の小さいシャンデリアが複数ぶら下がり、足下には土足で上がるのが憚られるような複雑な刺繡が施された絨毯が敷かれ、壁際には何を入れるにも使い勝手の悪い壺が飾られている。
機能美というものを徹底的に排除したように思えるそれらの装飾はしかし、悪趣味に感じないギリギリのバランスで整えられているようだ。
「うわぁ……中は更にって感じね……ちょっと目がチカチカするわ」
「こ、ここに泊まるっスか……?」
クリスタとリリィはなぜだか小声でそう言いながらソワソワとせわしなく視線を動かす。
気持ちは分かる。 場違いな雰囲気がそうさせるのか、大声を出せないんだよな。
「おーい! 鍵貰ったから部屋行こうぜ~!」
そんな俺達をぶった斬るかのようにサイデリアさんは大声で手招きをする。
「雰囲気も何もあったものではありませんね……」
分かりやすく眉をハの字にして、ヒルベルタは俺に目を向ける
「サイデリアさんだしなぁ……とにかく行こう。 あれ以上騒がれると恥ずかしい」
3人が頷くのを確認し、ついでにもう隠す意味も薄いということで兜のバイザーを上げ、酸素をたっぷり取り込んでから荷物を背負い直す。
やたらと笑顔な騎士に付いて、やたらと長い廊下を進んで妙に奥まったところにある階段を上がると、すぐに部屋の入り口と思しき両開き扉の前に着く。
「あれ? 扉これ1つしか無いように見えるんだけど……」
クリスタの言う通り、周りを見てみても他に入り口らしき扉は無く、花瓶やらの装飾があるだけだった。
「もしかして、1階につき1部屋……ってこと?」
「ま、まさかぁ、この中に部屋が何部屋もあるんスよきっと」
確かに、常識的に考えればそうだろう。 いや、この作りも外観も内装も何もかも常識の範疇から外れているのだが。
リリィの言った通りじゃないとすると、貴族の邸宅が並ぶ中でも存在感を放つほどの建物の大きさをあまりに贅沢に使い過ぎではないだろうか。
「いいや? 1部屋しか無いよここは」
きょとんとした顔でサイデリアさんは重厚な鍵を指で弄ぶ。
これに俺以外の3人は絶句といった様子で、目も口も丸くする。 当然、俺も引いている。
「……マジですか」
「マジだよ? あーでもあれだ、1部屋って表現は正しくないね。 正確には1グループしか泊まれない、だな」
それでも充分におかしい。 外から見たこの建物は軽く見積もってウチの道場がすっぽり収まって余りあるくらい――幅だけで50メートルはあった。
壁が分厚いということを考えてもいくら何でも広すぎやしないだろうか。
「まーまーとりあえず入ろうや。 それから考えようぜ」
促されるまま仕方なく中に入る。
まず俺達を出迎えたのは広い玄関のような空間と、いくつかの部屋に通ずる扉が並ぶ長い廊下だった。
「……これ、宿というかほぼ家では? しかも豪邸」
「そりゃそうさ。 大金持ちの別荘を意識してるからね」
曰く、外壁は高レベルの魔術師が全力で攻撃しても数発は耐えるように作られており、中にも凄腕の用心棒が常駐。 非常に高い安全性が確保されている。
更に居住性も高く、極力外に出ずに過ごせるような工夫を凝らしてあるとのこと。
信じられないことに2階――正確には建物の3階、最上階には天井がガラス張りのプールまであるらしい……まさに閉じたリゾートというわけだ。
「大浴場もあるし、のんびり過ごす分にはここに籠ってても何の問題も無いぜ」
自慢気な笑顔のサイデリアさん。
彼女には悪いと思いつつ、俺とクリスタは聞かずにはおれなかった。
「あの、キャンセルって出来ますか……?」
「キャンセル料っていくらです?」
言葉選びは違えど意図は同じ。 俺達はここで落ち着ける自信が無かった。
「ええっ!? 何で!?」
この発言にサイデリアさんは先ほどまでのクリスタ達と同じように目を丸くする。
「何でって……広すぎるし豪華すぎるしで落ち着かないでしょ」
「そうかぁ? アタシはどこでも寝れるからなぁ」
逞しい、とここは言っておこうか。 彼女にはあまり理解できない感覚らしく、ピンと来ていないようだ。
「何と無神経な……」
呆れが恐怖に勝ったのか、ヒルベルタは溜息交じりに呟く。
「ヒルベルタ、それは言い過ぎ」
「…………むぅ」
クリスタの諭すような目にヒルベルタは唇を尖らせ身じろぎをした。
「マジかぁ……まあ確かにこんだけ広いと過ごしにくいかもなぁ。 一番高いトコなら一番イイと思ったんだけど……」
肝心のサイデリアさんはそれをまるで気にした様子は無いが、この宿への不満には結構ダメージ受けたようで珍しく表情が弱々しい。
これには俺も困った。 そんな顔をされては弱いんだ。
「せ、先輩、どうするっスか?」
「うーん……別に泊まれるっちゃ泊まれるんだけど……」
クリスタは腕を組み、ううんと唸る。 そして俺の方を窺うようにチラリと見た。
直前の言葉と合わせて多分、「私はどっちでもいいわよ」という意思表示だろう。 ここは気を使ってくれた幼馴染に甘えようと思う。
俺はこっそりとウィンクを返し、クリスタに怪訝な表情をされながら小さく一呼吸入れる。
「……あ、そうだ」
「? 師匠?」
そんな無言のやりとりなど知らないリリィは不思議そうな顔で俺を覗き込む。
「ここの良い使い方を思いつきましたんで、喜んで使わせていただきます。 キャンセル料も怖いですからね」
「……いいのかい?」
サイデリアさんの声にはやはりあまり元気が無いように思える。 やや俯き加減になることでまるで上目遣いで見つめられている気分だ。
「もちろん、みんながいいのならですけど」
言ってから、俺はヒルベルタとリリィを交互に見た。
「師匠に考えがあるんなら、自分は全然構わないっス!」
「アルフレド様がそう言うのなら……」
ヒルベルタはやや不服さが漏れているが、概ね2人は同じ意見で頷いた。
答えは分かっているが、クリスタにも確認を取っておく。
「あたしもいいですよ。 こんな機会二度と無さそうだし」
何でもないようにクリスタは少し笑う。 演技が上手いな意外と。
「アンタ達……良いヤツらじゃないか……!」
気を使ったことを察したか、涙こそ流していないがサイデリアさんはしみじみとした表情言う。
しかし大胆なのか繊細なのか、この人は意外と複雑な性格をしているような気がするな。
「そうだ、詫びってわけじゃないけど、別の案内人を連れてくるよ」
この宿だけでなく町の案内にも気合を入れていたように見えたが、心変わりがあったらしい。
「あら、そっちももう半分覚悟決めてたんですけど」
「適任を思いついたのと、アタシが居ちゃまた余計なことしそうだからね」
自虐的……というよりしっかりと反省をし、考えを改めたようだ。 こういう切り替えの良さは流石と言ったところか。
「アンタ達が荷解きしてる間にでも呼んで来るよ。 けど、その前にに訊いときたいんだが、いいかい?」
「……なんでしょう?」
ほんの少しの嫌な予感に尻込みしつつも、聞くだけ聞こうと身構える。
「前提の話からだけど、国王杯ってのは参加者が多いから1日目は3会場に分かれての予選があるんだ。 それを勝ち上がったヤツだけが、晴れてコロシアムでの本戦に出場出来るわけだ」
「自分もまずそれを勝ち上がるところからってことっスね」
そうそう、と相槌を打って、サイデリアさんは話を続ける。
「そんでね、その予選の最後にエキシビジョンマッチがあるんだ。 予定ではアタシとアタシんとこの副隊長が戦り合うんだけど、代わりにアンタ出て――」
「お断りします」
その先は読めていた。
俺はぴしゃりと言って荷物を奥に運び込む。
「ちぇー……考えといてよ~!? 直前でも受け付けてるからね~!!」
室内に不相応な大声に、俺は「絶対嫌です」という意味を込めて手を振り返し、まずどこに荷物を運ぼうかと視線を泳がせた。




