60話 我が国最高級の宿だ
「うっひゃあああぁぁー……! すっごぉ……」
王都の街並みにリリィは感激の声を上げる。
何度も訪れ半ば慣れきってしまった俺と違い、彼女にとってはこれ程大きな建物が並び、これほど人でごった返ししているのを見るのは初めてだろう。
「外から見てもでっかいと思ったけど、中入るとまた何もかもスケールが違うって感じっス!」
「確かに、これはすっごいわ……人ごみってのはこういうのを言うのね」
驚きを苦い顔で隠したような表情のクリスタも同意して辺りを見回す。
「……やれやれ、そんなことをしていては田舎者とバカにされてしまいますよ?」
そんな2人を嘲笑いヒルベルタは肩を竦める。
彼女は王都に訪れたこのがあるからだろう、王都の賑わいにもまるで驚いた様子は無い。
「そう言ってやんなよ。 初めて見りゃこんなモンさ」
「――ッ!?」
「アタシも最初見た時はビビったね……ってありゃ?」
肩に手を置かれ、ヒルベルタはまた小動物のアジリティで俺の後ろに跳び退く。
手から離れたヒルベルタに、サイデリアさんはほんの少しの傷心を滲ませて溜息を吐く。
「……別に取って食いやしないのに、ビビりすぎじゃないかい? コイツとアタシで化物度じゃ差は無いと思うんだけどねぇ」
そして俺にも飛び火しそうなことを言う。
実力は置いておいても、危険度は結構違うと思うのだが。
「アルが鞘に入った剣なら、あなたは抜き身の剣って感じがする……かな? アルのことは昔から知ってるからそう思うのかもしれないけど」
クリスタは顎に手を当て首を捻る。
これは言い得て妙だ。 戦闘中はその比ではないが、サイデリアさんは常時ギラつきが見える。
「あぁ~確かに。 アンタは能ある鷹は何とやら、って感じがするね」
「能ある鷹かどうかはともかくとして、普段使わない爪は隠しておくでしょ」
自惚れるわけではないが、俺の爪は人より大きい。 爪を出しっぱなしでは悪目立ちは避けられないだろう。 それに隠しておけば相手の油断を突けることもある。
「そこら辺はアタシとアンタの環境の違いじゃないかい? アタシはただ“強い”ってだけで隊長やってるからね。 常に見せておかなきゃ舐められるのさ」
「それは確かに」
隠すことより誇示することの方が有効な場合もある。 彼女の立場なら強さを隠すより見せびらかした方が抑止力にもなるはずだ。
「そもそもサイデリアさんは隠すにしても有名過ぎてキビしいっス……」
「はっはっはっ! その通りだ。 アタシの戦い方はタネが分かったところでどうしようもないしね!」
サイデリアさんは腰に手を当て豪快に笑う。
「だからまあ、ちょっとばかし闘気みたいなモンが向き出しになってても許してくれ。 クセになってて隠し方が分からん」
色々話したが、「出来ないので許して」という形に落ち着いたようだ。
肝心のヒルベルタはというと俺の背中から離れようとしない。
「だったら怯えるのも許してやってください。 っていうか、本当にサイデリアさんが案内するんです? 暇なんですか?」
俺としては目立ちたくないので出来れば同行は避けたいところだが、真正面からそう言うのは憚られるのでまずジャブを打つ。
「うん、暇。 軟禁されてしょうがなく書類仕事したら自分の分は全部終わっちゃってさぁ」
「あー、アレの間に」
2日くらいで出てきていた気がするが、始末書含めてその程度で終わる仕事しか振られなかったのか、本気でやれば書類仕事でも優秀だからなのか。
正確な回答は得られなさそうなので訊きはしないが。
「どうせアタシと居ると目立つからイヤだってんだろ? いいじゃないか、こんだけ他に人数いたら記憶に残らないよ」
「いや、むしろ残っちゃうんじゃないですかね」
俺以外は全員女性のうえ、今はマントで肌を隠しているからマシではあるが、特にヒルベルタはその容姿で大勢の目を引くだろう。
さらに方向性の違いこそあれ、クリスタもリリィも客観的に見てかなり美形な部類であると思う。 そんな中ジミ~な俺がポツンと居たらむしろ一番目立ちそうだ。
「……だから、そんな鎧着てるわけね」
クリスタは呆れ顔で俺を見る。
外に出る時に着てきた騎士の全身鎧を付け直していたのだ。
「目立つのがそんなに嫌かい?」
「メリットが見出せないですね……今もイヤな気持ちです」
兜越しにチラリと辺りを確認すると、周りにの人間の半数程度がこちらを見ているのが分かる。
原因は言うまでもなくサイデリアさん。
入り口近くのまだ大通りでない道だからマシだが、中に入るほどこれが多く、更に声までかけられると考えるとあまりに面倒だ。
「確かに見られてるわねー……あたし達というよりサイデリアさんが」
「うーん……詫びがてら案内してやろうと思ってたんだが、アンタらが嫌がるんじゃ意味無いしなぁ……」
サイデリアさんは残念そうに唇を尖らせ頭を掻いた。
少し悪い気もするが、俺にとってはその方が都合がいい……いや、待てよ?
「……思ったんですけど、俺だけ宿で待ってれば解決しますねこれ」
俺が居なければ俺が目立つことも無い。 なぜすぐに思いつかなかったのだろうか。
「お、お待ちください! 旦那……いえ、アルフレド様が残るというのなら私も!」
ヒルベルタが慌てて手を挙げる。
いいアイデアだと思ったのだが、誤算――いや、俺の考えの浅さがあったようだ。
「だ、ダメっ! あんたを師匠と一緒にしてはおけないっス!」
キッと眉を吊り上げてリリィは俺とヒルベルタの間に入る。
「あーらら……これじゃアタシとアンタの2人でデートってことになっちまうね?」
「それはそれで楽しそうだけど……これ収められるの多分あたしだけなんで無理っぽいですね……」
何だか距離が縮まっている気がするクリスタとサイデリアさんは揃って肩を竦める。
「……ま、何だ、とりあえず宿行ってから話そうぜ? 宿のある区画はうるさいのも少ないし、ルート選べば絡まれることもないさ」
俺はつかみ合いに発展しかねない状態のリリィとヒルベルタを引き離しながら、サイデリアさんの冷静な提案に頷く。
「よしきた。 ちょっと遠回りになるけど付いてきな」
サイデリアさんも頷き、宿のある方へと踵を返した。
彼女の後ろに付いて比較的人通りの少ない裏通りらしき道を進む。
そんな通りの中でもチラチラと視線が、特にサイデリアさんに向けられるのが傍から見てもわかった。
有名人というのは大変なものだ。
今の俺の格好なら部下にしか見えないはずなので、サイデリアさんに小声で話しかけてみる。
「2人で歩いてる時も思いましたけど、いつにも増して人が多いですよね」
「そりゃそうさ。 なんせ5年ぶりの国王杯だからね。 まだまだ増えるよ!」
この人は国王杯の話題となると一段と嬉しそうな顔をする。
それはまるで無垢な少女のような笑顔だが、強者との出会い、そして闘争に対してのそれだと知っている者からすると綺麗だとか可愛いとかそういう感想は出てこない。
「ひえぇ~……まだ増えるんスか……」
「そもそも、こっち側――東門は比較的使われてない側だからね。 他の門だったらさっき見たトコより全然多いよ」
無垢な少女のリアクションにクスクス笑いながら、サイデリアさんは説明する。
王都の東側には大きな町が少ないため、必然的に出入りする人間も少なくなる、とのことだ。
「さっきのより全然人が多いとか、なんだか想像するだけでクラクラしてきたわ……」
「慣れとくこった。 国王杯の時に倒れっちまわないようにね」
そんな雑談を交えながら15分程度歩くと、大きな通りに出る。
その通りは広く、他の道に比べてもより綺麗に整備されており、明らかに雰囲気が違っていた。
「貴族街……ですか」
「その外れ、だけどね」
サイデリアさんは頷き、時々豪奢な馬車が通る道をずんずん歩いて行く。
こんなところにある宿、といったら……
考えていたところで、サイデリアさんが立ち止まる。
「さて着いたよ。 ここが、しばらくアンタらが滞在することになる宿だ」
そう言ってサイデリアさんが指差したのは、貴族屋敷……とも少し違う、しかしそれに負けないほど豪華で、かつ重厚な外観が目を引く背の高い建物だった。
窓同士の間隔から天井の高さと部屋の広さが伝わってくる。 数から見て3階建てか。 まるで小さな城のようだ。
「こ、これが宿……!?」
「そうさ。 貴族とか、大金持ちとかが泊まる為に作られた我が国最高級の宿だ」
「さいこうきゅう……」
リリィは目をまんまるくして口をパクパクさせる。
クリスタもヒルベルタも差はあれどどちらも驚きの表情を浮かべている。
俺はというと、随分と仰々しいなとは思うが、王城の中で寝泊まりしていたためあまり驚けない。 ふぅっと兜の中に溜息をこもらせる。




