59話 勝つために
俺の言葉を上手く飲み込めず、リリィは間の抜けた声で返事をした。
「国王杯、やる。 お前、出る。 頑張れ」
サムズアップのポーズは維持したまま、単語を細かく区切って、嚙み砕いて、飲み込みやすくしてやる。
「どどど、どういうことっスか!? そもそも、自分に出場資格なんて……」
「あるぜ? 出場資格」
サイデリアさんは言葉に被せるように言う。
「ぇ……?」
リリィは振り向き、消え入るようなか細い声を返した。
「ちょっと待ってな。 えーっと……あったあった。 ほら、アンタのだ」
サイデリアさんは懐を探ったかと思うと、そこからくしゃくしゃになった白い布を取り出し、リリィに手渡す。
それを受け取り、震える手で開くと、スカーフに使われるくらいの大きさ、生地で、一部に金色の刺繡が施されているのが分かった。
「これは……?」
「出場資格書……みたいなモンだ。国王杯の参加者は全員ソイツが配られる」
なるほど、アレを着けているかどうかで出場者かどうかを識別出来るわけか。 一般人と出場者側からすれば手っ取り早い。
「コイツの“仕事”の謝礼としてねじ込んだんだ。 大会は2週間に締め切りだったからね」
サイデリアさんは俺を指差しニッと笑う。
「あんたは、またそういうことを……」
「いい機会だと思ってな」
呆れ顔で頭を振るクリスタに俺は立てたままの親指を見せつけると、うっとおしそうに手で払われてしまう。
「そうそう、身に着けてなきゃ試合どころか出場者用の控え室にすら入れてもらえないからね。 無くすんじゃないよ?」
「う……は、はい……」
納得した、というより頷くしかないという感じのリリィ。
そんな様子に痺れを切らしたように飛び出す者が居た。
「――待ってください! 私は反対です!」
ヒルベルタだ。
流石にサイデリアさんには噛みつけないか、俺に向けて不満を表してくる。
「いくら何でもあまりに実力不足でしょう。 実戦経験を積ませたいのは分かりますが、現状では恥をさらすだけです」
「うーん、そうは言ってもな……――っと?」
ヒルベルタの真剣な瞳に俺が言い淀んでいると、肩にボスっと手を置かれる。 サイデリアさんだ。
「イイじゃねーか、恥さらしても。 どうせ死にゃあしねぇんだ。 強えーヤツと全力で戦り合うチャンス逃がす手は無いぜ」
バトルジャンキー思考ではあるが、言っていることは強くなるための早道でもある。
何事も、ゼロよりイチだ。 やろうとしなければやれない。
「とはいえ、キャンセルを入れる権限も貰ってるからな。 決めるのはお前だ。 けど、俺は今ある全部をかけてやってみた方がいいと思う」
「…………」
リリィは両手の出場者用スカーフを見つめ、ゴクリと唾を飲む。
「……分かりました、やってみます。 ダメで元々、当たって砕けろ、っス!」
「よし、じゃあ決定――」
「待った」
俺が締めようとしたところを、再びのインターセプトが入る。
見ると、サイデリアさんがいつもと違う、俺があまり見たことの無い厳しい顔をしていた。
「アンタまさか、『負けも経験』とか考えてないだろうね? そういう考えなら、止めときな」
怒っているわけでもなく、少しだけ眉間に皺を寄せただけだが、一種の冷たさすら感じる不気味な威圧を放った表情だ。
「そ、れは、どういう……?」
リリィは気圧されながらもたどたどしく疑問を返す。
それにサイデリアさんは返答せず、俺の方に向き直る。
「アンタ、ちょっと弟子の教育が甘いんじゃないかい?」
「むっ……」
これに不服な顔をしたのは、我が幼馴染クリスタだった。
「あなたは、リリィの何が気に食わなかったんですか? そこを言ってくれないと、ただ難癖をつけてると思われても仕方無いと思いますけど」
「相変わらず彼氏……いや幼馴染だっけ?想いのお嬢ちゃんだね」
少し頬を緩ませサイデリアさんは「イイ度胸だ」とクリスタを指差す。
「けど、いいかい? アタシはコイツが本気で騎士になりたいって思ってるから、本気で言ってるんだ。 最後まで聞いて、それでも難癖だと思うんならその時はアタシをぶん殴りな。 アタシはそれで間違いを認めるよ」
「……っ!」
何の迷いも感じさせない瞳に、クリスタはそれ以上何も言えない様子だった。
「……よし。 じゃあ話を戻そうか」
大きく頷いて、サイデリアさんはリリィに向き直る。
「アンタ、言ったよな? ダメで元々、とか。 当たって砕けろ、とかさ」
「……ハイ。 言いました」
威圧に負けまいとして、リリィは微かに震えながらも真っ直ぐ目を見据えて頷く。
「ダメで元々? 当たって砕けろ? そうじゃないだろ。 “勝つ”ためにやるんだ。 “勝つ”ために全力でやって、それでやっと経験になる。 “負け”そのものは経験なんかじゃない」
言って小さく息を吐き、サイデリアさんはリリィの瞳を見つめ返す。
「……一回だけ、訊くよ。 アンタは、“勝ちたい”か?」
「……ッ!!」
リリィの体がビクリと揺れ、しばしの間沈黙が流れる。
「…………」
誰も何も言わず、ただ見守る。
そんな沈黙の後、リリィは意を決したように肩が動くほど大きく息を吸いこんだ。
「――勝ちたいですッ!! 絶対に、勝って見せます!!!」
大声で言いきった。
ただそれだけなのに、リリィは肩で息をしている。
「なら良し! いいかい、決勝の相手はアタシだ。 勝ち上がって、最後にアタシにも勝つつもりでやんな!!」
「ハイっ!!!」
ニカッと笑うサイデリアさんに、何だか爽やかさすら感じさせるような返事をしてリリィは頭を下げた。
「……何かサイデリアさんのが師匠みたいね」
「返す言葉も無い」
横目で見てくるクリスタに俺は肩を竦めた。
ああいうふうにやる気を出させることは俺には出来ない。
モチベーターとでもいうのだろうか……いや、役割の名前がどうこうでは無いな。 単に俺が腕っぷし以外は未熟もいい所だというだけだ。
「さあ、いい加減に町に繰り出そうじゃないか! まず宿、それから町を案内してやる!」
ウキウキ、といった様子で手招きをするサイデリアさん。
あなたが案内するのか……とは言いたいが言えない心持ちだ。
少し落ち込んでいる俺を鼓舞するように背中を軽く平手打ちして、クリスタは豪快に手招きを続けるサイデリアさんの方へ歩いて行く。
そして、それと入れ替わるようにリリィが俺に向かって駆けてくる。
「……おう、どうした?」
「あの、今日から国王杯まで、また稽古をつけていただければと……」
先ほどまでの勢いとは打って変わって伺いを立てるようにリリィ首を傾げる。
その奥にはクリスタがサイデリアさんに頭を下げているのが見えた。 おそらくさっきの“難癖”の事だろう。
「……ああ、もちろんいいぞ。 流石に技術くらいは教えないとな」
「数日じゃ変わらないかもっスけど、勝つためにはおろそかに出来ないですから」
今のリリィは、なんと例えればよいのか、先を見据えた瞳をしている。
たったあれだけでこうも意識が変わるものか。 もちろんこれだけで実力が変わったわけではないだろうが……
「……あの、多分、サイデリアさんが言ったことと師匠の教えって、根本の所では同じことだと思うんス」
俺の思考を見透かしたかのように、リリィは話し始める。
「師匠の言う“考える”っていうのは、サイデリアさんが言う“勝つために全力でやる”っていうことの一部というか、サイデリアさんのは乱暴に言った感じというか……うまく言えないっスけど、だからすごくしっくり来たんだと思います」
言葉を選びながら、もどかしそうにしながら、一つ一つ自分の中で確かめるように言う。
「当たって砕けろとか、まさに最悪の思考停止っス。 ちゃんと“勝つため”に“考える”。 それが大事ってことっスね!」
なるほど、俺の中でもしっくり来た。
リリィの中では、まず“勝ちたい”という気持ちが先にあって、勝つための言わば手段、方法として“考える”、という形が最も理解しやすかったようだ。
どうやら俺は一足飛びにモノを教えていたらしい。 俺自身に“勝ちたい”という意識が希薄なのも悪かった。
「多分、サイデリアさんの言葉だけじゃ、気持ちだけ先に行っちゃって自分では具体的にどうしていいのか分からなかったと思うっス。 ……だから、師匠が師匠でよかったっス!」
意図的なのかそうでないのか、俺は心が読めるわけではないので分からないが、弟子に励まされたようで気恥ずかしい。
もちろん彼女は本音を言っているのだろうが。 それが余計に。
「おお~い!!! どうしたぁ~!? 行くぞ~!!」
少し離れたところから、しかしハッキリとした声で呼びかけられる。
声に振り向くと、やはりサイデリアさんが大きく手を振っていた。
「い、今行くッス~!!」
駆けていくリリィを見送り、俺は横で佇んでいたヒルベルタに目をやった。
「……結局、出ることに決まってしまいましたか……」
「俺は、今のあいつなら結構イケると思ってるんだけどな」
ヒルベルタはしかし不服――いや不安そうだった。
「確かに、ヤツは少し変わりましたが、気持ちだけで実力が変わることなどありません。 実力差があれば何の成果も得られず一方的に負けて、そのまま折れてしまうやも……」
彼女なりにリリィが心配なのだろう。 表面上は厳しく接しているが、教育方針は俺より甘々。
そんなエルフの少女の頭にポンと手を置いてやる。
「だっ、旦那様……っ!?」
「それは心配のしすぎだよ。 サイデリアさんの助けが無くても、あいつが折れるってことは無いはずだ」
「し、心配をしているわけではありませんっ!」
それならそれでいいよ。 俺は微笑みかけて、山のような荷物を拾い、やたらと手を振っている騎士と弟子に荷物を振り返しながら歩いた。




