58話 円周機動
馬車が止まったその瞬間、待ってましたとばかりに元気に跳び出す小柄な影。
それは軽やかに着地してこちらに駆け寄ってくる。
「師匠師匠ししょ~っ!! お久しぶりっス~!!」
「おう、リリィ。 相変わらず元気だなお前は。 落ち着け落ち着け」
満面の笑顔で俺の周りを円の軌道で跳ね回るリリィを落ち着かせることを試みつつ、彼女が出てきた馬車に目をやる。 すると――
バシュッ!! ……と、音を立てて矢が飛び出してくる。
その矢は円周機動を繰り返すリリィの足下に突き刺さった。
「ひゃっ!? ……な、何するっスか!!」
放ったのはもちろんヒルベルタだ。
彼女は構えていた弓を下ろし、ずんずんと近づいてくる。
「黙れ! 旦那様を困らせるな!」
「うぐっ……」
そう言って、厳しい表情でビシっとリリィの顔に指を差す。
眉間に突き刺さりそうな指に、リリィは怪訝な表情で顔を引いた。
こちらも相変わらずリリィには厳しいな。 避けなきゃ当たってたぞあの矢。
「……まあ、いい。 そんなことよりも、だ――」
ヒルベルタはくるりと俺の方に向き直る。
「あぁ……旦那様、よくぞご無事で……再びお逢い出来て嬉しく思います……♡」
1秒前の厳しい表情は消え去り、甘ったるい声でそう言いながら俺の腕に絡み付いてきた。
こっちの方が俺は困るんだがなぁ。
そう思いながらヒルベルタの顔を見ると、微かに瞳が潤んでいるのに気づいてしまった。 こうなると振りほどくのも悪い気がしてしまう。
「まーたこの女は! アンタだって困らせてるじゃないっスか!」
リリィは頬を膨らませ、なぜか空いた左腕に掴まってきた。
結果、リリィとヒルベルタが俺の腕を奪い合うように両側から引っ張る構図となる。
このままでは俺の体が『アル』と『フレド』に分かれてしまう。 しかしどうすればいい?
考えても個人での打開策は浮かばず、視線で助けを求めて、応えてくれる者を探すことにした。
しかし、周りの騎士達は助けるどころか兜の中から鋭い視線を俺に送ってきている気さえする。
サイデリアさんはリーダー格の騎士と話し込んでいる様子だし、これも期待は出来ない
どうしたものかと悩んでいると、リリィとヒルベルタが降りてきた馬車から大きな荷物を抱えて出てきた金髪のクセっ毛が目に入った。
「……これだ」
俺の熱視線にクセっ毛の女性――クリスタはすぐ気が付いてくれた。
呆れたような憐れむような微妙な顔で俺を数秒見ると、溜息を吐き何やら動き出す。
抱えている荷物を見せつけるように振って、ニッコリ笑顔――
ふむふむ、なるほど……「両手が塞がってるから自分で何とかしなさい」か。 ですよね~。
「おーおー、モテモテじゃねーの。 羨ましい限りだね」
いつの間にか部下との会話を終えたサイデリアさんがからかうような笑顔で近づいてくる。
ここで意外な助け船が来た。 パンを買いに行かせるのはやめておこう。
「しかしそこのエルフ娘って、お前にそんなべったりな感じだったっけ?」
「……っ!」
視線を向けられた瞬間、ヒルベルタは小動物を思わせる瞬発力で俺の後ろに隠れた。
サイデリアさんは不思議な物を見るような顔をしてそれを見たかと思うと、何かに思い当り手を打つ。
「なるほど、アタシにビビってたわけね。 お前の女、見た目の割にカワイーとこあるじゃん?」
「俺の女ではないですが、あんまり怖がらせないでやってくださいね」
自由になった右肩を回しながら縮こまるヒルベルタを見る。
彼女は目で「離れたい」と訴えていた。 ……仕方がない。
「お、クリスタが荷下ろししてるみたいだ。 手伝うぞ」
「――あっ! わ、忘れてたっス! せんぱ~い!」
リリィのリアクションもあって、自然な誘導でクリスタの方へ移動。
「もう別に話してても良かったのに……」
「まあまあ、やらせてくれよ」
「……ああ、そういうことね」
ヒルベルタの様子を見てクリスタはすぐに事情を察し、彼女に指示を出す。
やはり話が早くて助かる。 しみじみと感じながら、俺は袖を捲る。
「さて、俺もやるか――」
「よし、これで最後っスね」
やろう、と思ったところで最後の荷が下ろし終わった。
移動の日数がそれなりにかかることと女性が3人ということを含めても、荷物などそれほど大量にあるものではない。 2人も加わればあっという間に終わってしまうものだ。
「来るのが遅いのよ」
「……すまん」
罪滅ぼしではないが、地面に置かれた荷を手で持てるだけ持って「宿まで運ぶのは任せろ」という構えを見せてみる。
「……うん、はい、お願いするわ。 ところでさ、大丈夫だったの?」
目の奥に懸念を宿し、クリスタは俺を見上げる。
主語の無い問いだが、それだけで充分何を聞きたいのかが伝わってきた。
「見ての通り俺自身はまったくの無事だし、実際俺にとっても良い話だったよ」
「……そう。 ならよかった」
ごまかしの無い俺の言葉にくすりと笑って、クリスタは俺から目を逸らした。
「……あ。 サイデリアさん、来たわよ」
クリスタが指差す方を見ると、サイデリアさんが先ほど話していた騎士と共にこちらに歩いて来るのが見える。
しかし、どうも俺に向かって来ているのではなさそうだ。 そのまま見ていると、2人はリリィの目の前で止まった。
「お疲れさん。 色々コイツから聞いたよ。 リリィだっけ? あんた結構頑張ってるみたいじゃないか」
「あ、あ……は、ハイっ! え、えっと……」
気さくな笑顔で話しかけるサイデリアさんに対して、リリィはガチガチになってしまっている。
どうしたものかと見ていると、横に居るクリスタから肘を当てられた。 ゴーサインが出ては仕方ないな。
「どうも、彼女の師匠です。 道中ご迷惑とか無かったですか?」
俺はサイデリアさんではなく隣の騎士に話しかけた。
これはフォローを入れるついでに移動中のリリィの様子をさりげなく聞いておきたかったからだ。
「ああ、いえ、彼女は非常に真面目で勉強熱心でしたよ。 毎日素振りは欠かしていませんでしたし」
兜越しからも笑顔が伝わってくる明るい声色で騎士はそう答える。
なるほど、俺から言わなくても彼女はしっかり学んでいたようだ。
「師匠の教育が良いのか、我々から学び取ろうという意識がとにかく高かったと思います」
「俺が教えてるのはほとんど技術と戦術だけですよ。 そういうのは本人の資質なので俺は関係無い」
「またまたご謙遜を……」
騎士は笑うが、本当に謙遜でも何でもない。 なにせ俺は教えられるような人間性してないからな。
「ま、その真面目さとかも含めて実際アンタの弟子っぽくはないかもな。 アンタにおんぶにだっこで、アンタの弟子って立場が欲しいだけのヤツだったらどうしようかと思ってたけど、全然違ったみたいだね」
サイデリアさんはカラッと笑ってそういうと、リリィに「悪いね」と手を合わせた。
「俺、そんなやつ弟子にするように見えます?」
「アンタってカワイイ女の子に弱そうだからなー」
否定はしないが、可愛いなどという理由で弟子には取らない。 おそらく、多分。
「そうかい?まあいいけど。 そんじゃあそろそろ行こうか、荷物もさっさと宿に置いてきたいだろ?」
親指で街の門を指差し、サイデリアさんは俺が抱えた大きな荷物を見る。
「あー……その前に、あの事をリリィに伝えときたいんですが」
「ん? ……ああ、アレね。 いいんじゃないかい?」
サイデリアさんはこの提案に頷き、部下たちを先に城に戻るよう伝えて、俺達の方へ向き直った。
「さて、時間取らせて悪いね」
「あの……アレ、とは一体何なんでしょう……?」
不安気な表情でリリィは俺とサイデリアさんを交互に見上げる。
俺はサイデリアさんに探るような視線を向けてみると、「アンタが言え」というウィンクを貰ったので咳払いを一つして注意を引き付ける。
「……もうじき国王杯があるってのは覚えてるよな?」
「は、ハイ。 自分はそれを見に来たわけですから」
頷くリリィに、俺は両手の親指を立てて笑いかけた。
「今回の国王杯……お前が出ることに決まったから、頑張ってくれ」
「…………ハイ?」




