57話 ウチに来る気はねェか?
反勇者派の男を捕らえたその僅か3日後。
俺は城に用意してもらった無駄に豪華な部屋の、無駄に柔らかいソファーに腰かけ、クロードさんに事の結末を聞いていた。
まとめると、彼らの主要メンバーは皆あっさりと逮捕。 無論それ相応の罰を受けることとなり、中でもボスであるゲオルクは国家反逆罪に等しい扱いで地位を完全剥奪、無期限の投獄刑が決定されたらしい。
聞けば末端の1人が暴走して勇者の“協力者”である俺を襲うのは、奴らにとって完全に予想外だったようだ。 管理の甘さが破滅を招いた、というわけだな。
「……まあ、妥当なとこじゃあないですかね」
「妥当どころか生温ィくらいだぜ。 ゲオルクの野郎……」
苛立った様子でクロードさんは眼鏡のブリッジをクイっと上げる。
「顔コワ……何かありましたか?」
「……野郎の往生際が悪くてなァ。 無駄に長引いちまったぜ、クソが」
そう言う彼の目の下には微かだが隈があった。
「ゆっくり休んでください。 記憶の抜き出しだって簡単じゃないでしょ」
「……気遣いはありがてェが、そうもいかねェーんだ。 10日後には国王杯がある。 その会場設営も山場だし、警備の確認、出場者の素性にもボチボチ目を通さなきゃいけねェ……」
大変なんだなぁ……。
立場もあるが、優秀故色々と背負い込んでいるのだろう。 過労でぶっ倒れないことだけを祈るばかりである。
「勇者の凱旋以来の大規模な催しだ。 これは国民に対しても、他国に対しても、シュラハトの健在をアピールするチャンスと言える。 多少の無理は通さなきゃならねェーのさ」
「あー、なるほど」
この5年の間戦争により中止していた大会を、戦争が終わった今再開するというのは、確かにこの国にとって大きな意味がある。
特に、シュラハトは世界屈指の大国だ。 他国に対して力を誇示し続けることはその地位を維持するためにも必要なことだろう。
「それに、この大会のゲストに勇者達が来ることになってんだ。 だらしない姿は見せられねェーよ」
「おっと? それは初耳なんですが?」
意外な事実に俺は分かりやすく眉を顰めて見せる。
「はっ、悪かったよ。 お前を“動かす”のはこっちもかなり慎重だったんだ。 っても、サイデリアに無茶苦茶にされたんだが……聞かせる情報を少しずつ選んでた結果事後報告になっちまった」
珍しく分かりやすい俺の表情変化にクロードさんは少し笑って、小さく肩を竦めた。
「別にいいですけど……ちょっとした違和感が俺の中で繋がりましたよ。 反勇者派の排除を急いだのはそういうことですか」
勇者達が町に来てしまえば彼らが狙われてしまう恐れがあった。 それを未然に防ぐ為このような形を取ったのだろう。
「あァそうだ。 万が一億が一、勇者に何かあろうもんなら一気に国が傾きかねないもんでな」
少しバツが悪そうに眼鏡を押さえながら言って、ソファーの背もたれに体を預けて溜息を吐く。
「……ま、そこで元勇者パーティーであるお前に頼るのは本末転倒ではあるんだが、表向きにはお前はほとんど知られてないんでな、利用させてもらったよ」
クロードさんは今日一番、どころか今まで見た中で一番疲れて見える。
彼は彼で結構苦悩があったのだろう。 人に上に立つ人間というのは本当に気苦労が多いと思う。 俺にはとても出来ない。
「まあまあ、あなた達と協力したからこそ俺の故郷は無事で済んだわけですし。 これからもWin-Winの関係ってことで」
戦争中にチセの町が魔物の襲撃を受けなかったのは、もちろん戦略的な旨みが薄かったというのもあるが、近隣の町にシュラハト騎士が常に一定数待機していたというのが大きい。
後顧の憂いを断つために、俺がシュラハトと取引をして可能な限り守ってもらっていたのだ。
「……お前は、人が良いし腕も頭もある。 あとほんの少しやる気がありゃあ全力でスカウトしてたんだがな」
「買い被りですよ。 それを証明するために、今回の報酬を請求するとしましょうか」
この町に来る前から温めていた願望を、俺はクロードさんに詳しく話した。
欲しい物など特に無い今の俺には、これがベストな選択だと思う。
「……本当に、そんなモンでいいのか?」
俺の要求を聞き、レンズの奥で切れ長の目を見開く。
「そんなもんって言っても……結構手間かかるでしょ?」
「そりゃそうだが……やった仕事に対してあまりにも小さすぎるだろ」
クロードさんはやや呆れた様子で溜息を吐いた。
どうやらこれでは収支が合わないらしい。 ならば――
「……そうだ、追加で四天将パシリに使いましょうか? サイデリアさんにパン買ってこさせてください。 一国の将にこんな舐めたこと出来る機会そうそうないですよね」
売った恩を最大限贅沢に使おうと思うと、これが精一杯。
ぶっちゃけた話、今回は俺の意思で手伝っただけなのであまり大きな要求をするのは俺の方で収支が合わないのだ。
「……ハッ、やっぱ買い被りじゃあねェーや。 無駄を承知で聞くが、本当にウチに来る気はねェか? なんなら表に出ないポジションを作ってやるからよ」
クロードさんは今まであまり見る機会の無かったカラッとした笑顔で俺に手を差し出してくる。
「お断りします。 こんなビックチャンスでもこの程度の使い方しか出来ない器じゃ上には立てませんよ」
「……残念だ。 じゃあ、あのバカにパン買ってこさせるとするぜ。 もちろん前者も承った」
少しだけ、本当に惜しく思っていそうな微妙な笑顔でクロードさんは踵を返す。
「お願いします。 ……あ、焼きたてのバタールじゃなきゃ認めないので」
「ハハハッ……了解した。 じゃあな」
指を2本立てたキザな別れの挨拶をするクロードさんを、俺は軽く手を振り返して見送った。
◆
それから更に1週間――俺はサイデリアさんと共に町を歩いていた。
クリスタ達を護送している部下からの連絡で、本日到着することが分かったため出迎えに行くことになったのだ。
ちなみに普通に並んで歩くと目立つので俺は騎士用の全身鎧を身に付けている。
「本当に、今日クリスタ達が着くんですね?」
「しつけぇなぁ……ホントに今日だって! 何度も確認したっての!」
俺からの繰り返しの確認にうんざりした様子でサイデリアさんは頭を振る。
「だって前科ありますし」
「でも結果なんとかなったろ? 結果良ければ全て良しってさ……ダメ?」
「ダメです」
伺い立てるように小首を傾げるサイデリアさんを言葉でバッサリ斬る。
またパン買いに行かせてやろうか本当に。
「まさかこの年この地位になってからパシらされるとは思ってなかったぜ……」
やれやれと肩を竦める様を見るに、アレは尾を引くくらいには効き目があったらしい。
「――おう、サイデリア! 今日は飲んでかないのか?」
丁度通った横にある酒場の入り口から、ゴマ塩頭の男が顔を出し唐突に話かけてきた。
「見ての通り、“部下”を連れての仕事なんでね。 また今度にするよ」
サイデリアさんは俺を指差して酒場を通り過ぎていく。
ゴマ塩頭の男に一応お辞儀をして彼女の後ろに付いて行くと、また呼び止められているのが見えた
「サイデリアさん! また新作作ったんだ、食ってってくれよ!」
「え~……前のなんだっけ?イモリの黒焼きサンド? アレより不味いモンならいらないよ?」
「大丈夫! 今度のは自信作だからさ!」
絶対に大丈夫じゃない。 イモリの黒焼きサンドを作る奴の自信作は絶対に大丈夫じゃない。
「サイデリアちゃん!」
「サイデリア~!」
「サイデリアの姉貴ぃ!」
それからも道を歩いてるだけで何度も声をかけられ、そのたび時間を取られることになった。
「……知ってはいましたけど、やっぱ人気者ですねぇ」
「アタシは城ん中より外でも仕事が多いからね。 他の四天将よりか町に知り合いが多いのさ」
困ったように笑うサイデリアさんの顔はどこか誇らしそうにも見えた。
しかしまあ、この人は内勤でも同じようになってそうだ。 “仕事”で知り合うような人はほとんどいなかったし。
そんなこんなで、時に客引きを受け流したりおばあさんの長話を聞いたりしつつ町の外へ出る。
「思った以上でしたよ……俺、ほぼ喋ってないのに妙に疲れました」
「そうかぁ? 割といつもこんなもんだけどな」
ケロッとしているサイデリアさんを見ると、流石俺とはモノが違うと感じる。
「ふぅー……おっ?」
鎧兜を外して新鮮な空気を肺に取り入れながら、クリスタ達を乗せた馬車が来るであろう方に目を凝らす。
すると、丁度その方向から何台もの馬車がこちらに向かってくるのが見えた。
「タイミング完璧じゃねぇか。 おーーいッ!!!」
隣に居る俺の耳を音波攻撃しているのかと思うほどの大声で、サイデリアさんは馬車に呼びかける。
すると、その内の一台からひょっこりと顔を出す者が居た。
「あーーっ!! ししょーー!! ししょ~~~~っ!!!」
負けじと大きな声を返してきたそれが誰かなど、言う必要もないだろう。
ブンブンと手を振って、同じ馬車に乗っている者から腕を引っ張られている姿が小さく見えた。




