56話 国家の闇ですねぇ
俺は腕を組んで考える。
損得がどうでもいいとなると一気に交渉の余地が減ってしまうからだ。
理屈で動く相手なら、こちらに迎合するメリットを提示してやればそれで済んでしまうのだが。
「さて、どうしましょう? 少しだけ喋りやすくして差し上げる、ということも出来ますが」
エーミールさんは相変わらず感情の読みにくい顔で恐ろしいことを言う。
彼ら黒衣部隊は“そういう仕事”が得意なので仕方ない部分もあるが、以前の彼を思うと少々急ぎすぎな気がして、俺は横目でその表情を窺う。
「この尋問に自主的に参加したことも含めて、どうにもお前らしくねェな、エーミール。 何かあったか?」
クロードさんも同じことを思ったらしく眼鏡の奥から訝しむ、というより気にかけるような視線を向ける。
その視線にエーミールさんは小さく瞬きをして、観念したように大袈裟に肩を竦め頭を振った。
「……いえいえ、『勇者の活躍により世界は救われました、めでたしめでたし』――でお話は綺麗に終わっているのに、どうしてそれを否定するようなマネをするのか、どうしてそれで納得できないのか、とね。 もちろん、現実はそう単純でないことも理解しているのですが……まあ、僕個人の青臭い感情ですよ」
ほんの少し照れくさそうに笑うエーミールさんに、クロードさんとイザベラさん揃って目を瞬いた。
これは、四天将の2人とっても意外な回答だったようだ。 俺個人としては大変共感出来る感情だが、驚いたのはまったく同じ。
「……何がめでたしめでたしだ……!」
空気が緩んだその中で、1人面白くない顔をしている者も居た。
「……何だ? 人間を根絶やしにしようとしていた魔王の脅威は消え、魔物も直に衰退する。 めでてェー話じゃねェか」
何かを計るようにクロードさんは眼鏡のブリッジを押さえながら男を見下ろす。
「――ふざけるなッ!! 貴様らは自分の家族が死んで、綺麗に終わったと言えるのか!!? それで納得出来ると言えるのか!!? 自分の尺度でものを言うな!!!」
男はこの日一番の大声で喚き散らし、暴れようとするのをエーミールさんに押し留められる。
どうやらこいつは何らかの形で勇者に関わり、そして家族を亡くしたらしい。
「……ま、そんなこったろうと思ったぜ」
狙い通り、といった感じで、しかし笑うでもなくクロードさんは小さく息を吐いた。
損得の理屈が関係無い相手なら、感情の方を攻めてみる。 定石だけど、ボロを出したタイミングを狙うのが上手い。
「やっと、話してくれましたね。 嬉しいわ」
「……チッ」
イザベラさんは優しい口調で反勇者派の男に笑いかけ、男はそれに舌打ちを返す。
「けど、同時に分からないことも出てきたわ。 あなたはどうして“勇者に”恨みをもっているのかしら? まさか彼らがあなたの家族を殺したとは思えないけれど」
「……直接殺したのは勇者じゃない」
穏やかな笑顔が心を溶かしたのか、それとも「ここまで喋ったら一緒」と半ばヤケになったのか、男はゆっくりと口を開いた。
「俺の住んでいた村に、一度だけ勇者どもが来たことがあった。 村は貧しかったが精一杯のもてなしをし、見送った。 だが……!」
ギリリと歯噛みをして、男は拳を握り締める。
「そのたった2日後、村は魔物の軍勢により俺以外全員が殺された! 救世主であるはずの勇者が現れることも無くな!!」
青筋を立てて、呼吸を乱し、自分の腿を何度も叩く。
「それだけなら、勇者が無力だったで終わりだ。 だが、いつの間にか民衆の中では勇者は絶対の英雄として祭り上げられていた……! 俺の村すらも救えなかった奴らがだ!!」
男は遂に立ち上がり、部屋に居る者を交互に睨んでいく。
「魔王を倒せば小さな村が消えたことなどどうでもいいと言うのか!? そんな奴らが英雄など、俺は認めない!! 奴らの偽りの名声を地に落とすまでは――――がはっ……!?」
不意に男の叫びが止まる。
数秒経って、これは俺が胸倉を掴んだからだと気づく。 衝動的に、やっていた。
「……いい加減にしろ。 お前にあいつらの何が分かるんだ……?」
「ぐっ……うぅ……!」
一度開放してしまったものは止められない。 むしろ殴りかからなかっただけ俺の理性は優秀だ。
「助けたかったに決まってるだろ……ッ! お前みたいな奴の痛みも苦しみも全部背負ってあいつらは戦ったんだ、訳の分からない逆恨みも大概にしろ……ッ!」
「かッ……ひ……」
ギリギリと締め上げられ、男は苦しそうに呻く。 ほぼ呼吸は止まっているが、俺に離す気はない。
「――そこまでだ、アルフレド。 それ以上暴行を続けられたら、今度はお前を捕まえなくちゃならねェぞ」
クロードさんは俺の腕を掴み、男から手を離すように促してくる。
彼の冷静な口調に、俺も少し頭を冷やす。
「……失礼。 ちょっと、頭にきたもので」
「冷静になってもらえて助かるぜ」
少し苦笑いをした後、クロードさんはゲホゲホと咽せながら床に転がる男へ向き直る。
「さて、もう構ってる時間が勿体ねェからこれで最後だ。 反勇者派の首謀者、及びメンバーをテメーの知っている限り吐け。 それでこの尋問は終わりだ」
「……ゴホッ……答えるつもりは無い……! 聞きたければ拷問でも何でもやってみるがいい……! 丁度今やったようにな!」
未だ瞳の奥の黒い炎は消えず、男は睨み返す。
考え方にはまるで共感出来ないが、この狂気的なまでの根性だけは大したものだと思う。
「……そうかい。 なら、“尋問”はこれで終わりだ。 お前らはもう出ていいぞ」
「おや、“アレ”をやりますか……では僕達はここまでですね」
驚いたように少しだけ目を見開き、エーミールさんは俺の方へ振り向いた。
クロードさんが何をするのか俺には分からなかったが、エーミールさんに促されるまま部屋を出る。
「……で、結局どうするんです? あれはそうそう口割らないですよ」
「クロードさんの魔術で直接脳から情報を抜き取ります」
にこやかにそう答えたのはエーミールさんだ。
「……中々えげつないことしますね。 倫理的にまずいというか、そこ突っつかれたら都合悪くないですか?」
「表向きには「尋問で洗いざらい話した」ってことにすれば問題無いでしょう。 反勇者派が文句を言ってくるかもしれないですが、民衆はまだまだ勇者の味方です。 勇者を否定する勢力が何を言ったところでそうそう信じてもらえませんよ」
確かに、エーミールさんの言うことはもっともか。
重要なのは『反勇者派の1人』を『現行犯』で捕らえた、ということだけだ。
「奴らの問題は、『罪に問いにくいギリギリで活動していた』ところにあったけど、殺人未遂で一線を越えてしまった。 これで『反勇者派』全体を危険思想――国家に対する悪である、と決定づけることが可能となった、まあそんなとこですか」
少々乱暴ではあるが、芽を出す前の相手を摘むのには、向こうから出てきてもらうというのは有効だな。
「そういうことです。 あなたの証言もそうだし、あなたとの会話の音は部下に録音させてます。 多分クロードさんの眼で視た映像も取ってあるでしょう。 それだけあれば彼が反勇者派であることは誰が見ても明白です。 多分尾行してる所を目撃した人だっているでしょうしね」
とどのつまり、あの男が『反勇者派』であり、罪を犯し現行犯で捕まった。 その事実さえあれば表向きには充分である、ということらしい。
あの男が捕らえられた時点で、反勇者派は詰んでいたのだ。
「どうやって情報を抜き出したかなんて詳しく話す必要は無いんですよ。 事実さえあれば過程は誤魔化すことが可能なんです」
「国家の闇ですねぇ……このやり口はあんまりあなた好みでは無さそうですけど」
俺は浮かない顔をしているイザベラさんを見た。
「……そうね。 でも綺麗事だけでは騎士はやっていけないの。 クロードだってやりたくはなかったでしょうけど、自らやると決めたんだもの。 わたしに異論は無いわ」
イザベラさんはまるで母が息子を心配するような目を、2人が残った部屋の扉に向けた。
確かに、クロードさんは一応あいつの口から情報を聞こうとはしていた。 あくまで脳からの抜き出しは最終手段と考えていたのだろう。
「さあ、アルフレド様。 申し訳ないけれど、あなたにはしばらくこの城に滞在してもらいます。 少なくともこの騒動がある程度収まるまではね」
「それはまあ、仕方ないですね了解しました」
俺はその後、まだ仕事が残っているというエーミールさんと別れ、イザベラさんの案内で用意された部屋に向かった。




