54話 偽物の英雄
牢にブチ込まれたその翌日。
俺は午前の町歩きを終え、ある程度人通りのある道の隅にあるベンチで地図を片手にううんと唸った。
「さて……次はどこへ行こうか……」
行きたいところは行き尽くしたし、買いたい物も買えてしまった。
趣味の少ない人間にとって、1人で1日ブラつくというだけでも中々ハードルが高いものなのだ。
そしてネタが尽きるほど歩いても、今の所敵意の無い視線――おそらく事前に聞いていた黒衣部隊の者――しか感じない。 つまりまだ獲物は釣れていないということ。
だからといって、見られていないだろうと高を括って不自然に歩き回るのも万一のことを考えると危ない。
「……本当に、悩みどころだな」
国王杯が近いとあって城下町全体の人通りが多く、要所要所で人目に付きにくい場所を通るルート選びが難しくなっている、というのも更に俺を悩ませた。
それ故こうして地図を見てどこに行くか迷っているふうに見せつつ、実際はこうして人通りのある場所に姿を晒すことで反勇者派に見つけてほしいと願っている現状だ。
「そろそろ、次に行くか――っと……?」
長いこと留まっているのも不自然かと立ち上がったところで、今までとは“質”の違う視線に気づく。
「…………」
視線の主が違和感を覚えないよう、俺は止まってしまった動作を軽く伸びをすることでゴマかして、何事もなかったかのように歩き出す。
――どうやら、釣れたようだ。 15~20メートル程度の距離を空けて後ろに付いて来ている。
俺はそこら辺の店を冷かしつつ少しずつ人気の少ない方へ誘導を試みた。
相手の尾行は……かなりお粗末だ。
距離を空けて付いて来るだけで気配を消すこともせず、その距離感すらも良くない。 間違いなく素人だろう。
「しかし、ストーキングされるのも慣れてきたな……」
誰にも聞こえない声でボソリと呟いてみる。
こんなことに慣れたくはないが経験は落ち着きをくれるもので、あっさりと誘導に成功した。
「……あれ? 道を間違えたかな……?」
入り組んだ人気のない路地で、頃合いを見て立ち止まり、地図を見ながらわざとらしく呟く。 すると――
「……死ねぇッ!!」
いきなりかよ。 まず親切に話しかけて油断を誘うとか、そういうことはしないのか。
とりあえずナイフの一突きをひらりと躱して距離を取る。
「……ッ!? クソっ!」
跳びかかった勢いを殺しきれず、ナイフの持ち主はたたらを踏む。
俺に斬りかかってきたのは、これといって特徴の無い、短髪の若い男だった。
ほぼ間違いなく反勇者派の手の者だが、まだ何かの間違いということもあり得る。 まずは会話を試みることにした。
「おっとっと……なんですか? 今なら躓いたで済みますが――」
「――うるさいッ!!」
やれやれ問答無用ってか?
男の大振り過ぎる攻撃を最小限の動きで躱していく。
素人臭さしかない斬撃躱しきって、俺は一歩大きく距離を取った。
「話くらいさせちゃもらえませんか。 俺がただの市民だったらどうするつもりです?」
「ハァ、ハァ……貴様、勇者の協力者だろう!? そんな奴と話などするつもりは無い!!」
男は眉をつり上げ顔を赤くして叫ぶ。
その意気込みは大したものだが、たったこれだけで息が上がる体力、まったく当てられない技術……そして何より、せっかく人気の無い所で襲ったにもかかわらず叫んでしまう考えの浅さが致命的だ。
「勇者に手貸して、何が悪いんです? 勇者はこの国どころか世界の救世主でしょ」
「……救世主? 何が救世主だ……! 勇者など、偽物の英雄だ!!!」
激昂し訳の分からないことを口走る男をあまり刺激しないよう、俺はより落ち着いた口調を心掛ける。
「偽物……? そりゃまた、どういう意味です?」
「……答える必要は無い!!」
反勇者派の男は再びナイフを構え、俺に跳びかかろうとしてくる。
これ以上ここで引き出せる情報は無さそうだ。
「そうですか……ま、後でゆっくり聞きます」
溜息と共に手を挙げると、俺の背後の路地から黒い衣を纏い顔を隠した人間が2人、音も無く現れた。
「――ッ!? こいつらは……!?」
「多分……黒衣部隊の騎士かと。 あなたが騒ぐもんだから、駆け付けて来てくれたみたいですね」
俺がとぼけてそう言うと、男の目がキッと吊り上がる。
「……貴様……! 初めからこのつもりで……!」
「お、気づきましたか。 ちょっとは冷静になれたみたいですね。 ならもう抵抗しても無駄ってことは分かりますよね」
俺の言葉と共に黒衣部隊の2人が地面を滑るように歩いてきて、男を挟むように立つ。
彼は苦虫を潰したような顔で俺を睨むが、そのまま何の抵抗も見せずに拘束されてくれた。
しっかりと手枷をはめられたことを確認して、俺は黒衣の騎士に親指を立てる。
「捕縛完了。 さあ、行きましょうか」
「…………」
無言。
彼ら?は何も応えてくれない。 気配も薄いし、本当に人間が入っているのか不安にすらなってしまう。
「あの、なんか喋ってくださいよ」
「…………」
黒衣部隊お二人はしかし、無言で俺にお辞儀を一つして反勇者派の男を引っ張って行ってしまった。
「冷たいなぁ……」
俺は悲しい気持ちで肩を竦めて、その後ろに付いて歩き出した。




