52話 俺は何をすればいいですか?
「すみません、サイデリアさんに連れて――いえ、フッ飛ばされて来たんですが……クロードさんはいらっしゃいますでしょうか?」
軽い問答すら面倒になっていた俺は、門番をしている騎士の一人に開口一番そう訊いた。
「フッ飛ば……? ……ああ、お話は伺っております。 少々お待ちください」
話が早すぎるくらいに早く、騎士は門の中に引っ込んでいった。
それから数分。
町の広さゆえ仕方がない待ち時間を己が飛んだ空を眺めて待っていると、先ほど消えていったものと同一人物と思われる騎士が、ぞろぞろと5人程度の仲間を連れて戻って来た。
「……これは、どういうことですか?」
そして、どういうわけか、現れた騎士達は5人で俺を取り囲み始めた。
その内の一人は手錠を持っている。
「“上官”の命令により、拘束させていただきます。 後のお話は牢の中で」
たったそれだけ言うと、彼らは俺に手錠をかけ、麻袋を頭に被せる。
「行くぞ、付いて来い」
俺は前も見えず、騎士達に腕を引かれるままどこかに連れて行かれた。
◆
「――ふぅ……あー苦しかった」
麻袋を外され、ようやっと視界を取り戻した時には俺は鉄格子の中だった。
牢屋に入った経験は幸いなことに人生で2度しかない。
これで3度目か。 久しぶりとはいえ、3度目ともなれば心の奥に妙な余裕を感じるものだ。
「……流石、動じませんな」
引っ張って来た騎士の1人――おそらく最初に対応した者だろうか、俺の様子を見て感心したように呟く。
そう見えないだけで、俺はかなり泣きそうなんだが。
「もうしばらくお待ちください。 “上官”が貴方の“尋問”を行います」
含みのある言葉を残し、拘束されたままの俺を置いて騎士は鍵もかけず牢から出て行った。
そこかしこに「察しろ」というメッセージがかなり露骨に隠されている感じだ。 大人しくしているしかあるまい。
そうして冷たい牢の中、“上官”を待って、20分程度は経っただろうか。
壁に寄り掛かって座り、気持ちウトウトし始めた頃に牢の扉が開かれた。
「――よう。 思ったよりノンキしてんじゃあねェか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、黒いブーツを履いた足と白いコートの裾が見えた。
その裾を辿って更に視線を上へ。 牢の入り口に腕組みをして立つ、長身の男と目が合う。
男はやや強面だがかなりの男前。
短めの銀髪をなで上げており、その瞳は薄暗い牢屋の中にあっても、眼鏡の奥で碧色に輝いていた。
白いロングコートにはその所属を示す碧いラインが随所に入っている。
彼こそ、シュラハト騎士団の碧杖部隊長、『天眼』のクロードその人だ。
「どうも、お久しぶりですクロードさん」
俺は座ったまま軽く会釈をした。
「ハッ……元気そうじゃねェーか、アルフレドォ。 早速でワリィが、まずは詫びさせてくれや」
クロードさんは眼鏡の位置を整え、俺の前にドカリと胡坐で座る。
どうして四天将の2分の1はガラが悪いのか……という疑問を飲み込んだ俺に、彼はそのまま両拳を床に付け、頭を下げる。
「突然の呼び出し、そしてこの拘束、本当にすまねェと思ってる」
「いやいや、頭下げられても困りますよ」
「もちろん言葉以外の“誠意”も後日示させてもらう。 それと――」
クロードさんは顔を上げ、背後を横目で睨んだ。
「サイデリアァ!!!」
怒号と言って差し支えない声で同僚の名を呼ぶ。
「……うぃ」
バツが悪そうに唇を尖らせ、目を合わせないように逸らしたまま、サイデリアさんは忍ぶように牢に入って来た。
「ビシッとしろやゴラァ!!」
「うひぃ~!? 説教は勘弁してくれるんじゃなかったのかよ!?」
青筋を立てて怒鳴るクロードさんの気迫は傍から見てる俺でも顔を背けたくなる恐ろしさだ。
「勘弁したんじゃねェ後回しにしただけだ。 アルフレドを待たせるわけにゃあいかねェーだろが! あァ!?」
「悪かった、悪かったって!」
四天将の実質的リーダーでもある彼の怒気に、流石のサイデリアさんもタジタジといった様子で両手を合わせる。
「詫びる相手が違うだろーがオラァ! さっさと頭擦りつけて詫びんだよ!」
「ぐぇっ……うう、この度はどうも大変申し訳なく思って……」
ついには頭を引っ掴んで無理矢理土下座をさせてしまう。
これはこれで俺が気まずい。
「あの、もうそれくらいでいいんで、本題の方に入ってもらえると助かるんですが」
「……ワリィな。 お前がそう言うんなら、そうさせてもらう」
クロードさんはサイデリアさんから手を離し、眼鏡をクイっと上げて一つ息を吐く。
「このバカから聞いてるとは思うが、お前に頼みがある。 今から俺が言うのは、陛下からの頼みと考えてくれていい」
大国シュラハトの国王陛下直々の頼みだから断るんじゃねぇぞ……という受け取り方も出来るが、この人の言うことだ、「陛下も把握している」ってことと「事の重要度」を示しているのだろう。
「その前にまず、お前『反勇者派』の存在は把握してるか?」
「把握というか……まあ、“そういうの”も居るだろうなとは」
いつの世にも、変わり者(控えめな表現)というのは存在する。
それはただ大衆の逆張りをしたいだけのものから、本人にとっては明確な理由があるものだったり様々だ。
「そいつらがどうにも、国民に少しずつ勇者の悪評を流してるらしくてな」
「悪評……?」
「その言い方でも大袈裟なくらいショボい話さ」
サイデリアさんは肩を竦め、苦笑する。
「悪い噂、って言った方がいいか……「町でぶつかられたけど謝りもしなかった」とか、「戦闘はほとんど騎士の手を借りてた」とか、「女癖が悪い」だとか。 そういう根も葉もない噂話さ」
「はぁ……」
反勇者派とやらのあまりにみみっちいやり口に、俺はつい呆れてしまう。
「……けど、確かにほっとくのは良くないですね」
「流石話が早い。 そう、放っておくことは出来ねェ」
クロードさんは鋭い眼光で俺の言葉に頷く。
「根も葉もねェ話だとしても信じるヤツは信じるし、英雄として祭り上げるのをやめろと言う声も出かねない。
何より、そんな噂や意見が上がることそのものが勇者に対しての義理を欠く行為だ。 シュラハト王国として到底許せることじゃねェ」
静かに、それでいて先ほどまで見せていた以上の怒りを感じさせる表情だった。
「……と、意気込んでみたところで俺達にゃあ取れる手段が少ない。 首謀者はほぼ確定してるものの、物的証拠が無きゃあどうにもならん」
「その感じからすると、首謀者は結構なお偉いさんですか」
俺が推測すると、クロードさんは頷き、サイデリアさん「流石」と笑った。
「お前も顔を合わせたことのある男だ。 ゲオルクって貴族を覚えてるか?」
ゲオルク……頭からどうにかこうにか引っ張り出したその姿は、小太りで傲慢さが顔にも出ている禿げ頭だった。 いかにもな悪役ズラだな。
確かに、一度顔を合わせただけだが当てこするような嫌味さで勇者を軽視した発言をしている場面を思い出せる。
「そうだ、そのゲオルクだ。 どうやら単に生まれついての英雄とか選ばれし者ってヤツが気に食わねェーらしい」
「たかだかそんだけの理由で勇者を良く思ってない人を集めて、オマケにやることが噂バラまきとか……人間が小さいにもほどがあるよなまったく」
心底呆れたように溜息を吐くサイデリアさんに、俺も全面的に同意させていただく。
ここに呼ばれた理由がロイ達絡みだとは予想していたが、思った以上に小物が相手だったらしい。 それが余計に俺を煽った。
「……ま、俺らも俺らだがな。 勇者に義理通すためにに勇者の仲間に手を借りるんだから、情けねェ話だぜ」
「俺はむしろ感謝してますよ。 これは確かに、俺にも“メリット”がある話です」
しばらく穏やかに暮らしていたせいか、こんな気分は久しぶりだ。
多分、いや間違いなくクロードさんはこうなることを予測して俺を使ったんだろうが、そんなことは関係無い。
「おお……その感じ、やってくれるってことだね?」
「当然でしょう。 そいつらがやろうとしてることは、ロイ達の努力を無下にする行為だ。 王が許そうが神が許そうが、俺が許さない」
俺はあいつらがどれだけ苦しんだか、どれだけ頑張ったかを目の前で見て知っている。 知っているからこそ許せない、許すわけにはいかない。
「教えてください……俺は何をすればいいですか?」




