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47話 愛されてるねぇ


「そういえば、師匠って自分より強い相手と戦ったことってあるんですか?」


 クリスタの特製料理で膨れた腹をさすりながら、リリィはふと思いついたようにそう訊いてきた。


「貴様、仮にも女だろう? 行儀が悪いぞ、恥を知れ恥を」

「……っス」


 ヒルベルタに言われて、唇を尖らせ姿勢を正す。


「うーーーん……何を強いとするかで変わってくるな」


 持論だが、実際の戦力ならともかく、本当に強いか弱いかは結局勝負してみなければ分からないことだと思う。

 そしてその観点で見れば、まだ死んでいないのだから俺より強いやつはいなかった、と言える……


「……ってのはちょっと面倒な物言いか。 まあ、普通にあるよ。 まず、魔王」

「あぁ~なるほど……それは、確かに」


 勇者の剣でしか止めを刺せないことを除いても、俺1人ではとても倒せる相手ではなかった。 仲間達が、あの3人がいてくれたからこその勝利だ。


「……あ、このことはあんまり話せないからここまでな」


 昼間から酒を喰らっている数人の客の方を横目に見ながら小声で言うと、リリィは無言で頷く。

 どうせ誰も信じないだろうが、一応注意しておくに越したことは無い。


「1対1で負けそうな相手なら他にもあと何人か……実際に負けたのが、1人かな」

「師匠が、1対1で……」


 リリィはゴクリと唾を飲み「誰っスか?」と続ける。


「それは――」


 カランコロン!


 言いかけたところを遮るように、ドアベルが鳴った。 特に気に留めるような事ではない。

 だがしかし、入ってきた人物は無視出来るようなものではなかった。 その人物とは――


「……町長さん?」

「やぁアルフレドくん、こんにちは~」


 相変わらずの軽い態度で町長氏は俺に手を振る。

 挨拶を返さずに俺は溜息を吐く。


「なんだなんだ? 昼間に見んのは久しぶりじゃあェか?」

「モーガンさんもどーも。 ちょ~っとアルフレドくんに用があってさ」


 意外そうに目を見開くおやっさんにヘラヘラと笑いかけながら俺の近くにまで歩いてくる。


「おお? なぁんだアルフレドくん、両手に花じゃないの。 すっごいセクシーな娘連れちゃってまぁ」

「……なんです? このゴミは」


 顎に手を当て自分をねっとりと見つめる町長氏に、ヒルベルタは文字通りゴミを見るような目で応える。


「町長さんってこんな人だったんスね……変な人とは聞いてましたけど、想像以上っス」

「俺の評判がどうなってるのか、その一言で察せるね……」


 わざとらしく肩を竦めて、町長氏は俺に向き直った。 その瞳は気持ち真剣さを孕んでいるように見える。


「実はあんまりふざけてる場合じゃないんだよね、話、聞いてもらえるかな?」

「……中々大事っぽいですね」


 そういえば彼にはいつもの無精髭が無く、恰好も整えられている。 明らかに雰囲気が違った。

 ハッキリって悪い予感しかしないのだが、聞いても聞かなくても碌でもない結果になりそうだ。 ここは聞いて覚悟をしておきたい。


「うんうん、流石、察しがいいね。 じゃ、まずは場を整えよう」


 そう言って町長氏はこちらを見たり見なかったりしているお客の皆さんに近づいていく。


「ねーねーおじさん? これあげるからさ、出てって欲しいなーって」


 こんなことを言って酒飲み達一人ずつに金を握らせ、店から出ていってもらう。

 そうして店の中には俺の知り合い以外はいない状態になった。


「この方がアルフレドくんには都合いいでしょ? ……あ、ちゃんとこの埋め合わせはするよモーガンさん」

「ぜひそうしてくれ。 ハッキリ言って営業妨害だぜこりゃあ」


 町長氏はおやっさんに手を合わせてお辞儀すると、リリィとヒルベルタにも少し離れるようお願いをして、俺の隣に座る。


「せっかくだから一杯――といきたいトコだけど、怒られちゃうからお水貰える?」

「へいへい。 クリスタ~」

「……何が何だかだけど、了解」


 ついさっき奥から出てきたばかりのクリスタは困惑しつつもどこか諦めたように溜息を吐く。


「さてさて、ようやく本題だ。 前にこの町の戦力補強のお話、したでしょ? アレに進展があってさ」


 戦力補強……以前クリスタと町長邸を訪れた時に話したことだ。

 あの時は町の富裕層を動かせる材料がないと厳しいという話だったと記憶している。


「どういうタネを使ったんです? 俺にわざわざ話に来るのが引っ掛かり所なんですが」

「ド直球に言うと、ウチの町は正式にシュラハトの下に付くことになりそうなんだ」


 ほう、と相槌を打つ。 確かその手にはあまり乗り気でなかったはずだが、心変わりがあったのだろうか。

 言いにくさを飲み下すように水を一口、町長氏は続ける。


「けど仕組みはほとんど現在と変わらず、戦力だけをちょっぴり貸してもらえるようにしてもらえた」

「……それはそれは、反発も少なくて済みそうだ。 で?何を交渉材料にしたんです?」


 なんの材料も無しにそんな有利な条件を成立させられるはずもない。

 迂遠なやり取りは面倒だと核心に迫る。 時間をかけようが話は同じだ。


「いやぁ~……やっぱりそこ気になっちゃう?」


 町長氏は言いにくそうにボリボリと頭を掻く。


「誤解を恐れずに言うと、アルフレドくん、キミを対価に交渉したんだ」

「……は?」


 町長の発言に最初に食ってかかったのはクリスタだ。


「それどういうこと!? アルをシュラハトに売ったってことじゃないでしょうね!?」

「……半分は、そうだね」


 バーカウンターが無ければ胸倉を掴みかかっていただろう勢いで町長氏に詰め寄る。


「半分は……? 適当にはぐらかしてんじゃないわよ!」

「俺も黙ってられんぜ町長さんよ? 詳しく説明してくれや」

「状況は全然理解出来ないっスけど、師匠の敵になるんなら自分にとっても敵っス!」

「一先ず拘束して洗いざらい話してもらいましょうか」


 クリスタが、おやっさんが、リリィが、ヒルベルタが、それぞれ町長氏を取り囲むように詰めて行く。


「こりゃ厳しい……愛されてるねぇ」


 町長氏は困ったように、それでも薄く笑って、椅子の背もたれに体を預ける。

 長い溜息を吐き、意を決したように口を開こうとしたその時。


「――お待ちください」


 どこからともなく現れ、町長氏の言葉を遮ったのは――カトリさんだった。


「わっ!? い、いつの間に入ってきたっスか……?」


 この人は前にもこうやってヌルリと登場してきたが、癖なのだろうか。

 場違いにそんなことを考えていると、カトリさんは深々とお辞儀をした。


「失礼いたします。 皆様に誤解があるようなので、私からお話を」


 冷静に振舞うカトリさんに皆の熱が僅かに引いていくようだ。


「まず一つ、売ったという表現は適切ではございません。 シュラハト王によればあなたにしか出来ない仕事を頼みたいとのことです」


 やはりというべきか、大体そんなところだろうと思っていた。

 カトリさん皆の表情を確認し、続ける。


「……そしてもう一つ、この提案を王にしたのは私です。 皆様が怒りをぶつけるのであれば、私にどうぞ」


 そう言って「どうぞ」と言わんばかりにカトリさんは瞳を閉じる。


「よし分かった。 まずは貴様から締め上げてくれよう」

「待て待てヒルベルタ」


 ヒルベルタを引き止めて、俺は険しい表情を崩さない皆を見回す。


「まず、俺は別に怒っちゃいない。 同じ立場なら俺だって同じ手を思いつくし、実行する可能性もそれなりにある」


 自惚れるわけじゃないが、シュラハトにとっても俺は遊ばせておくには惜しい戦力だろう。

 もし何か問題が起こったところに交渉材料として持ってこられたら……


「根回しはしてたけどなるだけ不可侵をお願いしてたけど……それでも俺に頼りたいとは、向こうも非常時っぽいな」

「国の事情は知らないわよ。 あんたはそれでいいの?」


 怒ったような表情のままでクリスタは身を乗り出す。 一見すると分かりにくいが、本当に心配しているのが俺には分かる。


「よくないかなぁ……余程のことが無いと手は貸さないって言ったし。 無視してもいいかなと思ってる」


 俺が魔王を倒しに行ったのも勇者一行に協力をしたかったからだ。 シュラハトが困ったことになっても俺には知ったことじゃない。


「ま、キミならそう言うと思ったよ。 それならそれで仕方がないと思ってる」


 水の入ったコップを傾け、町長氏は少し残念そうに笑う。


「ただねぇ……そうもいかなそうなんだよねー……」


 その場の何人かがどういうことだ、と口にしようとしたその時、再び店のドアベルが鳴らされる。

 そこから現れた人物のただならぬ気配に気づいたのは恐らく俺だけではないだろう。


「――邪魔するぜ。 アルフレドさんはいるかい?」


 入ってきたのは、鎧を纏い、帯剣をした背の高い女性だった。

 白い鎧とそこに入った特徴的な紅のラインが陽光を反射して輝く。


「あ、あれって……!」


 リリィがハッとして両手で口を押さえる。


「……タイミングが良い、って言えばいいのか……さっき途中まで話した、俺が一対一で負けた相手。 それがあの人――」


 鎧の女性は俺に気づき、「おっ」と切れ長の目をぱっと見開く。

 俺は嫌な予感が確信に変わるのを感じながら、頭を振った。


「――シュラハト騎士団紅剣部隊隊長……『雷轟』のサイデリアさんだ」


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