46話 仲が良いのはいい事だ
――道場内の幅をフルに活用して、リリィとヒルベルタは向かい合う。
俺は、横で見ているだけ。
「次は5本、いくぞッ!!」
ヒルベルタは怒号とも捉えられるような声色で合図をして、魔導弓に矢をつがえる。
「ハイッ!!!」
大声勝負なら負けないとばかりに返事をして、リリィは剣を両手で構えた。
その腕や肩には小さな切り傷がいくつも付いている。
ヒルベルタのつがえた矢が放たれる。
更に続けて2、3、4――5本連続で放たれた矢はリリィに向かい、鋭く空を切る。
……これはイヤらしい。
「――ハッ!!」
剣の間合いまで引き付け、リリィは向かって来る矢を冷静に一本ずつ、最小限の動作でテンポ良く弾き落としていく。
しかし4本目を叩き落したところで、動きにほんの一瞬戸惑いの色が浮かぶ。
リズムのズレ――ここだと思ったタイミングで矢が飛んでこない。
ヒルベルタの揺さぶりだ。
タネは簡単。 まず、矢を放つ動作のテンポをわざと一定にして最初の4本を同じ弾速で飛ばす。 そして最後の一本だけ僅かに弾速を落とす。
同じ動作から同じ速度で飛んできていたものが突然ズラされる……単純だが意外と引っ掛かるトリックだ。
「――ッ!!」
すんでの所で、持ち上げた剣で矢の軌道を変える。
矢はリリィの髪をかすめ道場の壁に突き刺さる――前に、伸ばしたウンディーネの刀身に阻まれる。
「ギリギリだったけど、5本もクリアだな」
「ホントにギリギリでしたけど……」
リリィは冷や汗を拭いながら長い息を吐く。
俺はさりげなく治癒術をかけて彼女の傷の治療をしてやる。
「ここまで3か月程か……ノロマにしてはまあよくやった方だろう」
「はいはい、ありがとうございますー」
嫌味な物言いをするヒルベルタだが、逸らした顔から喜びがこぼれていたのを俺は見逃さなかった。
「ま、普通は立ち止まって5発も撃たせるって状況はまず無い。 あれに対応出来たのは中々だ。 ヒルベルタはどう評価する?」
俺が話しかけると、ヒルベルタはピクリと微かに耳を動かし、すぐに表情を引き締めた。
「そうですね……ここ1か月程は徐々に矢の速度を上げていたのですが、溜め無しで撃てる最速にも辛うじて対応出来ていました」
「あ、そんなことしてたんスね……」
気のせいじゃなかったか、と呟くリリィをわざと見ずに、ヒルベルタは続ける。
「単純に撃っているだけでは崩すのは難しい、と言えるレベルには達したかと」
気恥ずかしいのか、ヒルベルタは一向に俺から目を逸らさない。
「……だとさ。 結構高評価だな」
「へへへ……2人のおかげっス」
屈託なくそう言いきれるところが彼女がここまで強くなれた理由だろう。
ヒルベルタはやや裏返った声でふんと鼻を鳴らした。
「最近は普通の手合わせでも対応力を上げてきてる。 そろそろ魔物との実戦を増やそうか」
「おおっ! 更にステップアップっスね?」
喜ぶリリィとは裏腹に、ヒルベルタは何やら不服そうだ。
「……お言葉ですが、実戦と訓練は違います。 無闇に実戦に投入するのはいかがなものかと」
「むぅ……そんなことは師匠の方がずっと分かってるはずっス」
ムッとするリリィをヒルベルタは見ない。
わざわざ俺の言うことを否定してまで発言したヒルベルタの意図を考える。
そしてすぐに答えに行き当たった。
「……つまり、あれだ、ヒルベルタはお前が心配なのさ」
彼女は言葉では突き放すような姿勢をとるものの、実際結構絆されているところがある。 その態度は所謂“ツンデレ”というやつに近い。
「ち、違っ……! ただ実力不足を懸念しただけで……」
図星だったようだ。 それに、それはあまり言い訳になっていない。
「……そーゆーことっスか。 いや~素直じゃないっスねぇあんたも」
「違うと言っているだろうがっ!」
否定するヒルベルタだが、真っ赤な顔でまるで誤魔化せていない。
リリィも意地の悪い笑みに気恥ずかしさを隠しているように見える。
「口は悪いしスケベだけど……あんたやっぱイイ人っス」
「……勝手に言っていろ」
ニカッと笑う、顔を逸らす。
出会った頃と比べると、いがみ合ったとしても険悪になることは本当に少なくなった。
ヒルベルタは意外と楽し気に魔術関係の知識や技術を教えているし、ちょくちょく今日みたいに剣の技術訓練も手伝ってくれている。
その中でリリィの努力を見てきたことが現在の関係改善に繋がったのだろう。 リリィは最初から認めていたしな。
「うんうん、仲が良いのはいい事だ」
「へっへへへ……実は師匠のいない所で先輩と3人でお出かけもしてるんスよ~」
リリィはニコニコ笑って言う。
なんと、そんなことまでしていたとは知らなかった。 どうして俺を誘ってくれないのか。
「申し訳ございません、私は旦那様がいなければ行かないと言ったのですが……」
「うぃんどうしょっぴんぐ?を最初3人でした時は先輩が師匠も居るってウソついて引っ張ってきたんスよね」
なるほどなるほど、クリスタらしいやり口だ。
あいつなりにヒルベルタを楽しませるために色々やってくれているんだな。
「……それはそれとして、ハブられてるのは悲しいが」
俺はわざとらしく俯いてボヤく。 すると、その隙につけ込むようにヒルベルタがスルリと腕に巻きつく。
「あくまで友人としての付き合いですよ。 私と旦那様とは違います。 出かけるなら2人きりで、ね……♡」
豊満なそれをグリグリと押し付けヒルベルタは甘い声を出す。 エンジンがかかってきたな。
しかし既にその技は学習済みだ。 俺は軽く拘束を外して間合いから出る。
「あぁん♡ イジワル……」
「こういうとこは本っ当~に好きになれないっス」
物欲しそうに唇に指を当てるヒルベルタを冷めた目で見るリリィだが、打ち解けたからか慣れたからか侮蔑の色は薄い。
「まあまあ、もうそろそろ予約の時間だ。 おやっさんの所でメシ食いに行こう」
最近の訓練後はおやっさんの店に足を運ぶか、弁当を持ってきてもらうことでクリスタの作ってくれたメシを食べることが決まり事になっている。 というか普段の食事の9割クリスタのメシを食ってる気がする。
「っと、そうでしたね。 ほれ、いつまでもクネクネ気持ちの悪い動きしてないで行くッスよ!」
「色気のある動きだ。 ふん、子供には理解出来んか」
そんなことを言いながら2人して道場の出口に向かう。
「ここでもハブられるのか……仲が良いのはいい事、だけどさ」
今度は演技でなく肩を竦め、後に付いて歩き出す。
しかし“友人”、か……。
出会った頃の、独り縮こまる少女を思い出し、俺はほくそ笑んだ。




