45話 3カウントだ
「基本、魔術を使う時とやることは同じだ。 指先じゃなく、剣に向かって放出するイメージだな」
「ハイ!」
リリィは剣を構え、瞳を閉じる。
呼吸と共に意識を集中させ魔力のコントロールを試みる。
「…………」
しんとした道場の中をリリィの呼吸音だけが響く。
10秒、20秒、30……1分。 どれくらい経ったか、一向に動きが見えない。
「――ふぅー……難しい……」
深い集中状態を解き、リリィは溜息を吐いて汗を拭う。
「やっぱ難しいか」
「ハイ……手まではどうにかなっても剣にまで通らないというか、そこから壁がある感じで……」
木剣を両手で持ち上げて見せながら眉をひそめるリリィ。
こうなることは予想どおり。 一回で出来るとは俺も思っていない。
「なら、真剣の方を使ってみるといい。 そっちより伝導はしやすいはずだ」
「えっ?はい……素材とかによって違うもんなんスか?」
首を傾げながら、リリィは足元に置いてあった剣を拾い上げる。
これは第一の試験の時に使用したもので、その後「お前用に柄削っちゃったし、合格祝いとしてやる」と半ば強引に押し付けたのだ。
「そいつは汎用性重視で作ってあってな。 ちょっとした魔術的サポートをしてくれる機能があるんだ」
「そんな便利な機能が……」
「オマケ程度だけどな。 無いよりずっといいだろ」
何の変哲もない木剣で出来た方がいいが、出来ないのであれば補助付きでやるまで。
最初から使わせてくれればよかったのに、とか言わないあたり良い弟子である。
「じゃ、早速やってみるっス」
そう言ってリリィは再び集中姿勢に入る。
「…………あっ」
思わず、といった感じで声が出る。
「実感できるほど変わったか」
「は、ハイ。 壁が消えた……ってほどじゃないですけど、目の粗い籠みたいになった感じっス」
これならなんとかなるかもとリリィは三度集中姿勢に入った。
効果はすぐに表れる。 10秒と経たず、彼女の剣が微かに光を帯びたのだ。
「……できたっ!」
リリィはパァっと顔を輝かせて俺を見上げる。 が――
「……ああっ!? 消えた!?」
目を離した隙に剣の光がスッと消えてしまう。
留めておくにも集中が必要なのだ。 気を抜いては消えてしまうのは仕方がない。
「う~……難しい……。 でも!感覚は分かったっス! もう一回……」
「あ、スマンちょっといいか?」
「ハイ、どうかしたっスか?」
感覚を忘れまいとしているのか、真剣な表情のまま固い口調で答える。
「次、成功したらすぐにそいつで魔術を斬ってもらう。 そのつもりでいてくれ」
「い、いきなりですか……分かりました、やってみますっ!」
一瞬躊躇したものの、リリィは力強く頷いた。
リリィには割と土壇場でも何とか出来る胆力がある。
なので、これからはちょっとだけ厳しめにやっていこうと考えている。 これはその一環だ。
「じゃあ、今度こそもう一回……!」
やはり成功の感覚というのは大きい、と思う。
魔術と違い形を作る必要が無いので時間がかからないのもあるが、今度は5秒程で剣に光が灯った。
「出来たな。 ……準備はいいか?」
「……コクリ」
声を出して答える余裕が無いのか、リリィは頷きだけを返す。
どうやら魔力の維持は成功しているようだ。
「……よし。 じゃあいくぞ――ファイアボール」
俺の右手のひらから30センチくらいの、文字通り火の玉が出現する。
……加減はしたが、出し過ぎた。
リリィもやや面食らっている様子だ。 慣れない魔術を使うもんじゃないな。
「……大丈夫だ、こいつをそのままぶつけるわけじゃない。 こうやって、分割してやれば」
30センチの塊から切り離して10センチ弱の火の玉を左手に移す。
このサイズであれば最低でも弾くことくらいは出来るし、小さすぎて当てられない、ということもないだろう。
「気を取り直していこう。 3カウントだ。 3・2・1――」
――ファイア。
掛け声と共に小さな火球が一直線にリリィ目掛けて飛んでいく。
速度は相当落とした。 素人が放った石ころくらい。 今のリリィに捕まえられないほどじゃない。
「フンっ!!」
振り降ろされた剣が炎の玉を真っ二つに斬り裂く。
俺の放った魔術はリリィによって見事にかき消された。
「……やった!!」
「お見事。 普通なら今のは余波をくらって火傷でもしてるところだけど、成功したおかげで無傷だな」
喜ぶリリィに親指を立てて返し、残った火球を更に10個程の小さな火球に分割する。
「さあ、次、もっと小さいのでやろう。 あと10回は出来るぞ」
「…………はいっ!」
リリィは微かに苦い顔を見せたが、すぐに食らいつくような大きな返事した。
◆
「ひぃ~……疲れた……」
「お疲れさん。 今回ばかりはしんどいだろ」
「ハァ……はい……集中は何度もしたけど、ちょっとしか動いてないのに……」
火球斬りの訓練を終了し、座り込んで肩で息をするリリィ。
体力はかなりのものを持っている彼女が短い訓練でこれほど疲弊するのには理由がある。
「魔力を使い過ぎたんだろう。 魔力の過剰な放出は体力をかなり持ってかれるからな」
「まだまだ魔力が少ないってことっスか……」
うーむと唸り腕を組むリリィ。
「いや、それもあるけど、それ以上に余計な魔力を使ってロスしてるのが大きい。 毎回魔力を突っ込めるだけ突っ込んでる状態だな」
上手く魔力の使用量をコントロール出来ていれば、剣が目に見えて光るほど魔力を放出することは無い。 過剰に魔力を注いでしまっている証拠だ。
「あー光ったらダメなんスね……」
「あの程度の魔術ならな。 魔術の威力を考えて、使う魔力の量もコントロールしなきゃならない」
「なるほどこれもコントロール……奥が深いっス……」
リリィは顎に手を当ててブツブツと俺の言葉を反芻する。
「あと、あれだ。 集中する時間ももう少し短縮出来た方がいいな」
「ハイ。 実戦で毎度数秒時間があるわけがないっスからね。 一瞬で出来るのが理想っス」
実戦を経験したためか、思考が鋭くなってきているのを感じる。 良い兆候だ。
「この『飛んできた魔術を斬る』ってのは剣の正確性を鍛える訓練にもなる。 体と、その中の“力”その両方のコントロールを身につけていこう」
「はぁー……一つの訓練でいくつも意味を持たせる、流石師匠っス」
うんうんとやけに誇らしそうにリリィは笑う。 俺は「そうだな」と適当に答え、受け流した。
「……ま、なんだ、遠距離を点で捉える訓練として、これからもヒルベルタに手伝ってもらいながらやっていこう」
「ハイっ!!」




