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44話 攻防力の移動


 飲酒事件から数日、俺はリリィと2人道場に立つ。


「……えーっと、今日は、その、何をするっスか?」


 リリィは気まずそうに姿勢を正す。


「前にもちょっと話した、一番重要なことについてだ」

「それ、は、気になってたっス」


 どうにも奇妙な緊張感が抜けずたどたどしく話すリリィに俺は頭を振る。


「あんまり気にするなって言ったろ。 酒に気を付けさえしてくれればいい」

「でも……なんだか、ものすごいことをしてしまったような記憶がうっすらと……」


 確かに、ものすごいことをしていた。

 しかしそれはお互いに忘れようじゃないか。 長い人生一つ二つ忘れていい記憶というのはある。


「うう~……忘れようと思うと余計に引っかかって師匠の顔も見れなく……」


 真っ赤な顔で俯くリリィ。

 これは師匠としてどうにかしなければいけないと、俺は一つパンと手を叩く。


「なら、訓練の方に集中しよう。 別のことに思考を切り替えるんだ」

「は、ハイ、がんばります」

「頑張らなくていいぞ。 俺の話を聞いてればそれでいい」


 あまりピンと来ていない様子のリリィに構わず、俺は指導を開始する。


「お前がこの間あの狼に苦戦した理由はいくつかあるわけだが……最大の理由は、『攻防力の移動』が未熟だからだ」

「攻防力……?」


 まずは、疑問を作る。 ここに食いつけば思考はほぼ誘導出来たようなものだ。


「訓練次第ではあるが、輝石で強化すれば鉄のような皮膚を身につけることができる。 けど、常にそれだけの強度を維持するのは難しい」


 輝石の力は凄まじいが無限ではない。

 全身のパワーや強度を満遍なく引き上げてしまえば一つ一つの能力は落ちてしまう。 それ故、『攻防力の移動』が重要なのだ。


「攻撃する時には腕に、機動力を引き上げたいなら脚に、腹に攻撃を受けそうな時には腹に防御力を……といった具合に“力”を移動させて戦うことでより効率的に戦えるわけだな。 ……もちろん、移動にも限界はあるけど」


 他を捨てて全ての力を腕一本に集める……というロマン的な使い方は出来ず、ある程度本人の資質に左右される。

 稀にいる“そういう資質”の持ち主ならば話は別だが。


「はぁ……なるほど、全部理解出来たわけではないっスけど、超重要なのは分かったっス」

「お前には特に大事だぞ。 何でか、分かるか?」

「え? えーっと……」


 リリィは腕を組んで考え込む。 もうこの間のことは頭に無いようだ。


「……み、未熟だから……?」

「外れては無い。 前にも似たようなこと言ったけど、お前は使えるパワーの総量が少ない。 だからより効率良く使うことが重要なんだ」

「ふむぅ……?」


 腕を組んだまま首を捻るリリィ。

 俺は事前に用意しておいた“秘密兵器”を鞄の中の袋から取り出した。


「なんスかそれ? 石、と紙……?」


 そう、石と紙だ。

 まず2つの人型のシルエットが描かれた紙を床に置き、その上に沢山の小石を出し、シルエットの片側に5個、もう片側には10個並べて見せる。


「この石が使えるパワーの量として……こっちの少ない方がリリィ、そんで多い方が相手としよう」

「ふむふむ」


 リリィは身を乗り出してじっと見つめる。 理解しようという意思が分かる姿勢だ。

 俺は小石を紙面上の2人の手と脚に移動させる。


「こうやって力を両手と両脚に送ろうとすると、お前は精々1個ずつ。 でも相手は余裕があるから2個ずつ使える。 これで右腕のパワー勝負になったら……?」

「どう考えても負ける、っスね……」


 うんと頷いて、更に続ける。


「けど、攻防力の移動が上手ければ、使わない左手の力を移動させて……」

「同じ数になる……! つまり、少ない力でも互角に戦えるってことっスね!」


 準備の甲斐あり、しっかりと理解出来たようだ。 リリィは目を輝かせる。


「ただこのままじゃ精々互角、ここで勝つには更に技術で差をつける必要がある。 今教えてる剣術がそれだな」


 パワー、スピード、基礎的な能力の差を埋めるための剣……これを有効に使うためにも攻防力の移動は必須だし、攻防力の移動を上手く出来ても技術が無ければ差を埋めきれない。

 両方それなり以上でこなせて初めて完成するのがリリィのスタイルなのである。


「はぁ~……師匠は最初からそこまで考えて今の剣を教えてくれてたんですね……やっぱり師匠はすごいっス! 強いだけじゃなく賢くてカッコよくて……」


 感嘆、といった感じでリリィは俺を誉めそやす。


「ただし、これは単純かつ極端な例えだ。 対人なら相手も同じことをしてくる可能性があるし、普通は2倍差がある相手とまともに戦っちゃダメだぞ」

「右手だけ同じ力じゃ脚の踏ん張りで負けるし、戦いはそう単純じゃないってことっスね」


 そういうことだ、と頷いて小石と紙を片付けて立ち上がり、少し離れたところに置いた木剣を手に取る。


「必要性は充分理解してもらえたようだから、次は実践といこう。 具体的に何をするかだが……これまた前に言った魔術を斬って落とすアレ。 あれをやってこうかなと思う」

「アレですか……今の攻防力の移動?に関係があるってことっスよね」


 察しがよくなってきた弟子に俺はほくそ笑む。


「そのとおり。 まったく同じじゃないが、感覚は似てる。 さっきの攻防力の移動もそうだが、お前も多少は無自覚でやっているはずだ」

「無自覚で、っスか……」


 リリィは自分の木剣を見つめ呟く。


「ま、深く考えずにいこう。 ヒルベルタのおかげでかなり早く教える感覚を掴めたのが助かった」

「あんまり認めたくないっスけど、こればっかりは感謝しないとですね」


 微妙な表情で目を細めるリリィに「だな」と返して、俺は剣を構える。


「早速実践だ。 まずは剣を構えて……」


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