43話 圧倒的にあざとい
あざとい。 圧倒的にあざとい。 まさか酒に弱い属性まで備えているとは予想外である。
「顔が良すぎる……酒が進むぅ……」
やれやれと首を振る俺をふにゃふにゃな笑顔で見つめるヒルベルタは、手に持った酒の入ったグラスに更に酒を追加――
「ちょっとちょっと!? もうダメ! これ以上はやめなさい!!」
クリスタは慌ててワインの注がれたグラスをヒルベルタから奪い取る。
「ああ……! わたしの、わたしのぉ!」
「ダメダメ、ダメよこれ以上飲んだら。 ただでさえ今誰か分かんない状態なのに……」
奪い取ったグラスをヒルベルタの手の届かない所に置き、クリスタは通せんぼするように立ちふさがった。
「むぅ~……!」
ヒルベルタはまるで駄々っ子のように頬を膨らませてクリスタを睨む。
キャラが変わり過ぎてビビるね本当に。
「あらあら……ちょっとのお酒でここまで変わっちゃう子初めて見たわぁ」
「あの酒……ワインかな?アレ、おばさんのですか?」
「ええ。 もうほとんど飲んでたから、多分コップ一杯も飲まずにああなっちゃったのね」
なるほど。 今ヒルベルタが持っている瓶はほぼカラのようだし、全部彼女が飲み干したものと思っていたがそうではなかったようだ。
クリスタが奪い取ったグラスに入った酒は7割くらい。 そう考えると本当に少量で――
「しゃけっ! 飲まずにはいられないっ!」
――ああなったわけだ、余計に厄介じゃないか。 というか更に酔いが回ってないか?
「なーにやってるっスかこの女は……」
「おっかしいなぁ……最初飲むか訊いた時には「結構です」とか言ってたのによ」
仮に誰かが飲ませたというのなら一番怪しいのはおやっさん、なのだが……訝しむおやっさんの表情には裏は無さそうだ。
「おいおい俺を疑うってのかぁ? 無理に飲ますようなマネしねェぞ俺は」
「日頃の行い……ってのは冗談で、勧めるくらいはしそうだなと」
そうなると間違えて飲んだ線と自ら進んで飲んだ線があるわけだが、酔った今でも酒とジュースの区別がついていることを考えれば素面で間違えた可能性は低い。
なぜ急に飲みだしたのかという疑問が出るが……
「ねえ! ちょっと……推理するのはいいけど、それよりこの娘どうにかしてよ!!」
「離してくらさいっ! 飲まなきゃやってられんのですっ! ヒック……」
別の所から酒を持ってこようとしたのか、ヒルベルタはクリスタに羽交い絞めにされ暴れている。
「これが答えっぽいが……まあ、とりあえず何とかしようか」
俺はクリスタにそのまま抑えておいてくれとお願いして、酔いどれエルフと意思疎通を試みる。
「ヒルベルタ、俺が分かるか?」
「だんなしゃま……」
「そうだ。 違うけど」
最近ツッコむのも面倒になってるけど、正確には「旦那様」などではない。
「……だったら、俺の言うことは聞けるな? これ以上飲むのはやめて大人しくしとけ、な?」
「む~……」
少し俯き、ヒルベルタは不貞腐れた子供のように唸る。
「……イヤですっ!」
しばらく押し黙っているかと思えば、力強く“NO”を叩きつけて再び暴れ出してしまう。
「どうやっても勝てないし靡いてくれないっ! そのくせ更に好きにさせてくるっ! 飲まずにはやってられないんだぁ~!」
主語の無い言葉を口にして、ついには泣きだしてしまう。
これには困った。 俺は泣かれると弱いのだ。
「あらあら、相変わらず愛されてるわね~」
「か~っ! 羨ましい限りだね本当」
大人たちは勝手なことを言い囃し立てる。
俺は結構真剣に困っているのだが、まあ俺自身が解決しなければならないことなのでとやかくは言わない、言えない。
「あー……ひとまず、落ち着いてくれ。 言うこと聞いてくれたら俺も聞こう」
「グスッ……ほんとうですか……?」
ピタリと動きを止め、ヒルベルタは鼻水をすする。
「ああ、本当だ。 何か欲しいものとかあるか? してほしいことでも」
「セック――もがっ」
口を塞ぎ、最終手段に出る。 こいつはこれ以上喋らせちゃダメだ。
「ムグッ……! んんっ……ん……」
最初こそ抵抗の動きを見せていたヒルベルタだが、すぐに“効き目”が出た。
くぐもった声は小さくなり、瞼がゆっくりと閉じられる。
「スゥ……スゥ……」
「寝た、の……? あんた何したわけ?」
クリスタは眠るヒルベルタを抱えたまま怪訝な顔で俺を見る。
「睡眠薬だ」
「何でそんな物持ってんの……?」
「備えだ備え」
完全に眠ったことを確認して、俺は一息ついてから手に付いたヒルベルタ汁を拭い、リリィと共にクリスタを手伝って彼女を椅子の上に寝かせてやった。
「やれやれ、これでいいだろう」
「はぁー……ホント迷惑なヤツっスね……見てるだけで疲れたっス」
見ているだけで疲れるというのは失礼ながら理解出来る。
リリィはもう一つ溜息をして、テーブルの上のグラスを手に取る。
「――ん? リリィお前それ……」
「ゴクッ、ごっ――ぶふッ!?」
一口飲み込んで、残りを盛大に吹き出した。
その霧から香るアルコールの匂い……やった、やってしまった。
「苦っ……!? これ……ぶどうジュースじゃ……!?」
「なに? まさかあんた……そこに置いてあったやつ飲んだの!?」
やはり、俺の記憶は正しかった。 リリィが今飲んだのはクリスタがヒルベルタから没収したもの――つまり、中身はワインだ。
「そ、そんなバカな……」
「……リリィ、お前のはこっちだぞ?」
おやっさんがリリィのすぐ近くのグラスを呼び差す。 そこには飲みかけぶどうジュースが入っていた。
「ま、間違えたっしゅ……」
「しゅ?」
不安な活舌が俺の精神に突き刺さってくる。 リリィ、お前もか。
「……ヒック……うぃ……」
「はい、酔った」
明らかに顔も赤いし目も虚ろ。 これで酔ってないとは言わせない。
「で? お前も泣くのかもういいぞ、泣けよ。 俺も泣く」
「落ち着きなさいって」
クリスタに頭を小突かれて、俺は少しだけ平静を取り戻す。 そうだ、何かあっても眠らせればいいじゃないか。
「こうなるんだったら私が飲んじゃえばよかったかしら……」
「いえいえ、ディアナおばさんは悪くないです。 俺の管理不行き届きですよ」
申し訳なさそうにするディアナおばさんに俺は余裕の笑顔を返す。 本当は空元気だが。
「えへへへ……ししょおー?」
フラフラと近づいて来て何をするかと思えば、リリィはスルリと俺の腕に抱きついてくる。
身構えたが予想外の動きでタイミングを外された――こいつ、出来る!
「……なんだ?」
「ん~? ねぇ、ししょー? アタシだって女なんすよぅ? ほらほらっ」
そう言って俺の腕にぐりぐり自分の胸を押し付けてくるリリィ。
……やるじゃないか。 想像を超える攻撃を独自に身につけていたとはな。
「……しかし、効かんな。 流石に4つも年下の女の子には欲情せん」
サイズは中々のモノだが、最近何度もヒルベルタのアレをくらってる俺がこの程度で倒れるはずがない。
というかなんで酒飲むとお互いに寄るんだ君達は。
「……してくれないっすか……?」
潤んだ瞳、紅潮した顔、甘い声色、その全てが何時もの彼女と違う。
「前言撤回しようかな」
「「「おいコラ」」」
他の3人から一斉にツッコミが飛んでくる。
冗談冗談ジョーダン。 だからディアナおばさん、その眼はやめてくださいお願いします。
なぜ祝賀会でこんなにも胃を痛めねばならないのか、今の俺にはわからない。
「……眠らせるかぁ」
◆
「……お酒には、気を付けようね」
「「はい、申し訳ありませんでした……」」
目も覚め、酔いも醒めたリリィとヒルベルタを床に正座させ、俺は頭のコブをさする。
もう酒は回っていないはずなのに、2人の顔は真っ赤だった。




