42話 本当に、ずるい人です
「……よしっと。 みんな、グラスは持ったわね?」
クリスタは自分のグラスにジュースを注ぎ終え、皆に確認を取る。
その呼びかけに対し、グラスを持ち上げたり無言で頷いたり、大声で「ハイっス!」と言ったりと、それぞれ好き勝手に返事をした。
「……OK。 じゃあリリィの合格祝いということで、本人に音頭か取ってもらいましょうか」
クリスタは少し意地の悪い微笑みでリリィの肩をポンと叩く。
合格祝い、とは、先日リリィが行った第一試験の合格を祝してのこと。
事あるごとに理由を付けて酒を喰らいたがるおやっさん主導のもと、彼の店でちょっとした祝賀会を開く運びになったのだ。
「え”っ!? じ、自分がっスか!?」
「ええ、任せたわ」
戸惑いながらもリリィは立ち上がり、何度も過剰に咳払いをして話し始めた。
「えーっと……ほ、本日は自分の為にお集まりいただき、ありがとうございます!! ――あっ!?」
固い口調で言い、テーブルに頭をぶつけそうなほど頭を下げる。 そして、ジュースをこぼす。
「あぁーもう、しっかりしなさいな」
「うう……すいません」
やれやれといった様子のクリスタと共に、こぼしたジュースを涙目で拭う。
「はっはっはっ!! こりゃいかんな、師匠、オメーがやれ! 弟子のフォローも仕事のうちだろ?」
微笑ましく眺めている俺に、おやっさんがテーブルを叩きながら無茶振りをしてくる。
クリスタをチラリと見ると「あんたがやんなさい」と顎で示してきた。 逃げ道は無いか。
グラスを持ち上げ、咳払いを一つ。
「……えー、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。 今回は我が弟子リリィが、108ある試験のうち第一の試験を突破したことを祝しまして……」
「ひゃ、ひゃくはち!? そんなにあったっスか!?」
「冗談冗談。 あれは冗談言う時の顔よ」
驚くリリィに肩を竦めるクリスタ。
ボケもほどほどに、俺は乾杯の挨拶を締めにかかる。
「まだ道半ばではありますが、一歩前進ということで――乾杯」
合図と共に、グラスを軽く打ち付け合う音が店の中に響く。
ヒルベルタは無言で水で軽く口を濡らして料理に手を付け始め、クリスタ料理取り皿で分けてリリィに渡し、おやっさんとディアナおばさんは手にした酒をすぐに飲み干した。
ものの数秒で個性が現れるのが何だか愉快だ。
「プハァ~! 良い事があった日にゃあ酒に限るな!」
「店長は何時でもお酒漬けでしょうに……あ、それどう? 美味しいでしょ」
俺がパスタを口に運んだところを見逃さず、クリスタが少し身を乗り出して感想を訊いてくる。
パッと見黒胡椒をかけただけに見えるそのパスタは、口にしてみるとチーズと胡椒の、そして麺そのものの風味を存分に味わえる俺好みの味わいだった。
「モグモグ……うん、美味いよ。 俺はやっぱりこういうシンプルな味が好きだな」
「そう!なら良かった。 ……だってさ、ヒルベルタ」
ニヤッと笑ってクリスタは、行儀良くちまちまとサラダを食べているヒルベルタを振り返る。
なるほど、俺がパスタに手を出した瞬間ピクリと動いたのは気のせいではなかったようだ。
「ヒルベルタが作ったのか。 美味いぞ。 こういうのは大歓迎だ」
「うふふふ……ありがとうございます」
嬉しそうに顔と耳を揺らしながらヒルベルタは頬を赤らめる。
これくらい落ち着いてくれていれば可愛いものだ。
「これシンプルに見えてうまく作るの難しいのよ? 本当ヒルベルタちゃんは料理上手ねぇ。 いいお嫁さんになるわ~」
そんな様子を見て、新しい酒を自分のグラスに注ぎながらディアナおばさんは微笑む。
「まあ、それほどでもありますね」
「謙遜って言葉は無いんスかあんた……」
自信に満ちた表情のヒルベルタをジト目で睨むリリィ。
「事実だからな。 ……一応言っておくが、私は貴様を祝いに来たわけではない。 旦那様とお会い出来るから来ただけだ」
「ハイハイ、そーっスか。 別にあんたに祝ってもらいとも思ってないっスけど」
お互いにふんと鼻を鳴らし、目線を逸らしながら無言で料理を貪る。
この2人からすればこの程度じゃれ合いのようなものだな。 うんうん微笑ましいね。
「師匠! 次からはどういうことをやっていくっスか?」
「ん? 今その話をするか? それなりに長くなるな……」
形だけでも祝いの席ではあるが、直前の空気からリリィにばかり構うのもどうなのかと、ヒルベルタをチラリと見る。
視線が重なって、すぐに逸らされた。 俺はすかさずパスタを頬張る。
「モグ……腹が減ってはなんとやら。 まず、腹を満たしてからだな。 俺はこのパスタが伸びる前に食らいたい」
「……あーすみません、つい気持ちが前に行き過ぎちゃったっス。 色々と落ち着いてからお願いするっス」
ペコリと頭を下げて美味しそうに料理を食べ始めるリリィ。
「……本当に、ずるい人です」
ヒルベルタは微かに聞き取れるほど小声でそう呟く。
片肘をついて「やるじゃない」と言わんばかりの笑みを浮かべるクリスタに、俺は彼女だけ分かるようウィンクを返した。
「そういやぁよ、お前自警団を鍛えるみたいなアレどうなってんだ?」
「そこそこは成果が出てきてますよ。 元々それなりには鍛えてた人達なんで少しコツを教えるだけで伸びるんですよね」
個々の戦力としてはもう少し。 これからは戦術についても教えていきたいところだ。
「師匠の教え方が上手ですからね! どんどん参加する人も増えて団員のみんなにも認められてるっス!」
「フェリクスが上手いことフォローしてくれてるおかげだよ。 あいつはやっぱりリーダーだ」
基本俺1人ではどんな物事も回らないものだ。
リリィの成長も、本人の努力やヒルベルタの協力無しでは成り立たない。
「あのエクササイズも評判は上々よ~? 最近お腹や二の腕が少し引き締まってきたって何人かが言ってたわ」
「それはよかった。 皆さんが真剣に取り組んでくれたおかげですね」
紆余曲折あれど、あらゆる事が結果いい方向に転がっているような感覚がある。
しかし、そういう時こそ気を引き締めなければならない。
……そう、もう少し注意を払っておくべきだった。
「……ヒック」
聞きなれない、高音のしゃっくり。
“酔い”を感じるその音が発せられたのはおやっさんからでは当然なく、しかしディアナおばさんからでもない。
そもそも、2人がこの程度で酔いが回ることなどありえない。 では、誰から?
音の主が下ろしたグラスが、ガンと強くテーブルを叩く。
俺は頭を抱えたくなった。
「……うぃぃ……ヒック、あれぇ? 旦那様が、5人いるぅ……?」
ヒルベルタは普段の整った姿勢、所作を投げ捨て、たどたどしい呂律でキョロキョロと俺達を見まわす。
「ひ、ヒルベルタ!? なんであなたがお酒飲んでるの!?」
「うへへへへ……クリスタしゃまだぁ」
最早誰だ? と言いたくなるほど崩壊したヒルベルタは涎を垂らし、テーブルにだらりと体を預けてクリスタを見上げる。
俺は頭を抱えた。




