39話 第一の試験
「さて、森だな」
「森っスね……なんかコレ前にもやったような……」
既視感のあるやり取りをまるで約束事のようにこなして、俺とリリィは鬱蒼とした森の入り口に立つ。
今日は第一の試験を行うため、以前と同じく2人だけだ。
「それで、今日はここで何の試験をするっスか? 武器を持ってこなくていいって言ってたのが気になるっスけど……」
「ああ、持ってこなくていいのは使わないって意味じゃなく……」
俺は腰に下げた剣を鞘ごと外し、リリィに差し出す。
「へっ……?」
「今日はこれを使ってもらう。 ほら、受け取れ」
まだ呆けたままのリリィの手に押し付けるようにして剣を渡す。
「これって……」
「俺の予備の剣……だったけど、ウンディーネを手に入れてからは、ほとんど出番がなくてな。 3か月くらいしか現役時代がなかったから、まだまだ使えるぞ」
それなりの値段でそれなりの品質の剣だが、あまり強い武器を渡しても武器の力で強くなったみたいでよろしくない。
リリィのスタイルにも噛み合うし、あらゆる面から見て“丁度いい”と言えるだろう。
「いつも使ってる訓練用の木剣より少しだけリーチが長いから気を付けろよ」
「は、はい……。 その、これは貸していただく、ということでいいんス、よね?」
「……とりあえずはな。 それより、今日やることについて話そうか」
さらりと躱す俺を訝しむ表情のリリィだったが、諦めたのか思考を切り替えたのか、スッといつもの表情に戻った。
「一つは、歩く」
「歩く……?」
一見意味の無いことを言う俺に、リリィは腕を組み首を捻る。
直前の会話は完全に頭の外だ。
「この一か月くらいでどれくらい輝石に慣れたかを測りたい。 今日一日……とは言わないがしばらく歩いて消耗の度合いを見るわけだ」
「ほうほうなるほど……」
リリィは納得してうんうんと頷く。
しかしこの“歩く”というのはもののついで。 本当の試験は別にある。
「本当の試験……っスか」
リリィは少しの不安と確かな覚悟を湛えた瞳で俺を見上げる。
「察してるかもしれないけど、前にここで戦った狼っぽいやついたろ。 アレと一人で戦ってもらう」
「……やっぱりそれ、ですよね」
やはり察しが付いていたようで、リリィはゴクリと唾を飲み込む。
「なに、前も逃がしたとはいえ勝てたんだ。 そう難しい話じゃないだろ?」
「……ハイ!」
リリィは返事共に深く頷く。 その眼には確かな自信があった。
それに頷きを返し、俺は剣を抜いたリリィを連れ、森に入る。
しばらくは何も無く、それこそ、ただ森を歩くだけの時間が続いた。
5分程歩いたところでチラリと横のリリィを見ると、キョロキョロと視線を動かして周囲を警戒しているようだ。
「それでいい。 敵地では常に警戒、だ」
「……ハイ……」
過剰な小声で返事をするリリィに少し笑いそうになりながらも、前にしたアドバイスを忘れずに実践していることに感心する。
俺は視線を真剣な眼差しから、その手に握られる少し反りのある片刃の剣に移す。
「どうだ、それ握った感触は」
「……重さも柄の握った感じも普段使ってる木の剣とあんまり違いが無いっス。 だから手に馴染むというか違和感無いというか……」
リリィは少し驚いた様子で自分の持つ剣をまじまじと見る。
「重さはあの木剣自体が一般的な剣に近い調整がされてるってのが大きいが……柄は俺が鍛冶屋で頼んで削ってもらったからな」
「えっ? そこまでしてくれてたんスね……」
柄をギュッと握り締め、軽く手首を返すようにして感触を確かめるリリィ。
「……ここまでしてもらったからには、絶対に合格して見せるっス」
「その意気だ。 さ、行こうか」
決意を新たにしたリリィと共に森を行く。
時間にして数十秒、距離にして50メートル程度進んだところで、微かに感じる気配。 これは――
「……お、これは良い。 丁度孤立してるやるがいる」
「え? い、居るっスか?」
剣を構えて周りを警戒するリリィ。
俺は「落ち着け」とジェスチャーをして彼女をその場に留まらせると、周囲の索敵に集中する。
どうやら現時点で魔物は一匹だけだが、そう遠くない距離に他の、それも多数の魔物の気配がある。 時間をかけていると合流してしまう可能性もあるな。
俺は少し考えてから、孤立している気配の方向を指差す。
「お前は今すぐあっちに真っ直ぐ走れ。 俺は周りに他の魔物が近づけないようにしてからすぐ追いつく」
「は、ハイ!」
戸惑いながらもリリィは俺の差す方を見据えて力強く頷いた。
「いいか、おさらいを一つだけするぞ。 データの少ない相手と戦う時は観察を怠るな。 無理に仕掛けようとせずに相手をよく見るんだ。 さあ、行け」
「ハイ!」
もう一度頷いて、リリィは駆け出す。
俺は茂みに跳び込む弟子の背中を見送ってすぐにウンディーネを抜き、その刀身を刃の無い、紐のような形に変形させて、右手方向に思い切り伸ばした。
刀身はヘビのように草木の間を縫って、進んでいく。
そして瞬く間に剣の先端が左手側から俺の方に帰ってくる。
何度もそれを繰り返し、俺の前の前に壁が完成したころ、俺は刀身を柄から切り離した。
「……こんなもんでいいかな」
簡単に言えば、魔物を中心とした半径40メートル程を刀身で作ったロープで円状に囲っただけだ。
有刺鉄線のようにも出来たが、野生動物等を考慮して今回は弾性の強い紐にした。
しかしこれでも並みの魔物なら外からの侵入は難しいだろう。
入って来ようとしても触れればウンディーネを介して感知し、反撃出来る。
「さて、追うか」
俺は自分で用意した壁を避けるため木の上に跳び上がり、リリィと魔物の気配のする方へ向かった。




