34話 ムン!!!!
「……よし。 普通ならばここから魔術のプロセスを一から説明するところだが、貴様に細かいことを言っても仕方がない。 すぐに実践に移るぞ」
剣はハッキリと目に見える体の動きだし、最悪は手で触れて体を動かしてやれば理解させることができる。
しかし魔術は感覚頼みなところが大きく、流れが簡単には目に見えないので、事前知識が無い者に教えるのは難しいのだ。
だからこそ、ここから先、ヒルベルタがどうリリィに教えるのか俺も興味深い。
「魔術というのはまず、自分がしたいことを考えることから始まる。 目的地が先にあって、魔力でそれを辿るんだ」
「……ほう……? なんとなく分かるような、分からないような……」
……なるほどそういうイメージでいくのか。 これは俺の中で盲点であった。
1人勝手に納得する俺をよそに、リリィは頭を捻っている。
「目的地が先に……魔力で辿る……」
「……やはり貴様には、とりあえずやらせてみるのが良いのかもしれんな……」
うーんと唸るリリィに、ヒルベルタは頭を抱え、小さく溜息を吐く。
言ったものかと考えていると、クリスタが「何かあるなら言いなさいよ」と肘で俺を小突いてきた。
俺が1人納得していたのに気づいていたのだろう。
「……割り込みすまん。 もう少しリリィに分かりやすい例え、というか説明を捕捉してもいいか?」
意を決し手を挙げて、ヒルベルタに許可を求める。
「旦那様……? ええ、私は構いません。 むしろお願いしたいところです」
「よし、ありがとう。 じゃあまずは……こうして……」
俺はボードに紙を貼り、星型のマークを描き込んで、その中を丁寧に塗りつぶす。
「今描いたこの星――こいつが魔術の完成形……つまり、さっき見せた『ライト』だと思ってくれ」
「ふむふむ……それが『ライト』っスね」
あまりよく分かっていない表情だが、リリィはうんうんと頷く。
「さっきヒルベルタが言ってた“目的地”ってのはこれだ。 言い換えるなら完成品。 最初にこれをイメージする」
「完成品、イメージ……つまり、さっき師匠が見せてくれた魔術をイメージしろってことっスね?」
「そういうことだ。 そんで……」
更にもう一枚紙を貼り、そこに同じ星型を描く。 今度は塗りつぶさずに。
「次に“魔力で辿る”っていうのがあったけど、これを俺なりに解釈すると、だ……」
リリィにしっかりと見せながら、星の中を塗りつぶしていく。
「――こういうことだと俺は考えた」
「塗りつぶす……ってことっス?」
何か掴みかけた様子で、リリィは少しだけ身を乗り出す。
もう一押し、といったところか。
「そう、この中に塗ったのが、魔力だ。 理解出来てきたか?」
「……多分、分かったっス」
完全に、ではないがしかし、何か一端を掴んだ様子だ。
「まとめると、先に完成イメージがあって、完成品の型を取って、その型に色を――魔力を満たすことで、魔術が完成する……って考えればそれなりに掴みやすいんじゃないかと思う」
「ふむふむ……」
リリィは口元に手の甲を当てて、自分の中で確認するようにブツブツと何か呟き、小さく頷いた。
「どうだ、出来そうか?」
「やってみないことには……でも、説明事態は理解できた、と思うっス」
よし、と頷き、俺は最後のまとめにかかる。
「魔術ってのは昔誰かがやったことの模倣……つまり剣術とやることはさほど変わらない。 完成までの過程が目に見えないだけだ。 完成のイメージがあって、それを体でなくて魔力で形作る」
「そう考えると、あんまり難しく考えるものじゃない気がしますね……」
そういうことだな、と言って俺はささっと退き、ヒルベルタに続きを託す。
「旦那様、やはりあなたは私などより余程彼女の指導に向いているのでは……?」
「いやいや、ヒルベルタがいなきゃ取っ掛かりが無いからこうはいかないよ」
何せリリィが躓いた一歩目を俺は“なんとなく”で飛び越していたのだから。
躓かなかった人間が、他人に一歩目の乗り越え方を教えるのは難しい。
ただヒルベルタのおかげで、俺が“なんとなく”やってたやり方も、普通となんら変わらなかったことに気づけたのだ。
「そんな……ですが、旦那様のお役に立てたのならば、何よりです」
体をもじもじさせ、頬を赤らめてヒルベルタは微笑む。
普通の女性ならば、可愛らしい振る舞い、と言える程度だが、彼女の格好はあまりに刺激があり過ぎるので誘惑的にも映ってしまう。
「ウフフフ……では、ここからは再び私が」
分かってやっているのか、無自覚でやったことを誤魔化しているのか……微妙に煙に巻くような態度で計りにくい。
「次は実際にやってみるっスね!?」
「ああ、旦那様の言ったとおりやってみるがいい。 さっき私が教えた集中を忘れるなよ」
少しだけムッとした態度を表に出すリリィに対し、ヒルベルタは何も思わない、といった様子だ。
うーむ、2人のことを考えるんなら黙っておくべきだったか……
「じゃあ、やるっスよ。 ……んんん~……」
リリィは瞳を閉じ、右手を伸ばす。 指先に魔力が取り込まれ――
「ムン!!!!」
――スカっとそのまま放出されて、空気に溶け込んだ。
魔術は失敗。 魔力は形にならず、何を生み出すこともなかった。
「……ダメ、でした」
「最初はそんなもんでしょ。 一発成功なんてそう上手くいかないわ。 こいつみたいなのを除けばね」
肩を落とすリリィにクリスタは俺を指差しながら励ます。
俺を引き合いに出すな、リリィも苦笑いしかできてないじゃないか。
「ヒルベルタは、なんか無いの?」
「ふむ……出力を焦り過ぎだし、力も入れ過ぎている。 もう少しゆっくり、丁寧にやれ」
ヒルベルタからの非常に真っ当なアドバイスに頷き、リリィはもう一度発動を試みる。
「…………っ!」
――おっ。
今度は、良い雰囲気だ。 さっきのとは違う。
事実、リリィの指先からほんの小さな光がポンと弾けたのが見えた。
魔術、と呼べるほどのものではないが、明確に光の魔力への変換が出来たということだ。
「くぅ……! なんかそれっぽかったスけど……」
「一歩前進だ。 もう少し時間はある、次行こう」
「……ハイ!!」
もう一度、もう一度と何度も挑戦したものの、結果に大きな変化は無く、ただ時間が過ぎていく。
「――もう、一回」
「待った。 そろそろ終わりだ」
道場の中に差し込む光の色が変わって数十分は経っただろうか。 生活の事を考えると時間切れと言っていい。
「それに、お前もうかなりしんどいだろ。 僅かずつとはいえ回数こなして結構魔力を消費してる。 これ以上やると倒れかねないぞ」
「……分かり、ました」
リリィは疲れと落胆で力なくうなだれた。




