33話 ダメ師匠
「光……」
リリィは小さく輝く球体を見つめ呟く。
「光属性ってのは結構珍しいな。 意外な素質だ」
「そうなの?」
白い光を放つ玉に身を乗り出していたクリスタが、俺に視線を移し横目で訊いてくる。
「そうだな……メインとなるとあまり聞かない」
「少なくとも私にはほとんど適正がありませんね。 ……まあ私は適性のある属性の方が少ないのですが」
少し俯き加減にヒルベルタは言う。
「そんなに珍しいものなんスね……」
「普通は何種類か扱える属性ってのがあるんだが、一番得意なのが光ってのは珍しいと思う」
リリィは「へぇー」と少し嬉しそうに言って、自身の魔導爆弾に視線を戻す。
「……でもこれ、なんか小さいっていうか、師匠のと違いませんか?」
魔導爆弾を俺達に見せるよう持ち上げ、リリィは首を傾げた。
確かに、俺が作ったものは玉全体が青く染まっているが、彼女のものは中心部分だけが白い光を放っている。
「当然だ。 旦那様と貴様では魔導力が違う。 貴様の現在の魔導力ではその爆弾を満たすことすらできないということだ」
「むむっ……? 魔導力……っス?」
『魔導力』……というのは、魔術を使用した際の出力の大きさに関わる能力だ。
同じ量――例えば100の魔力を消費したとしても、魔導力に差があると威力が大きく変わってくる。
魔導力が高いほど、少ない魔力消費で強大な力を扱えるわけだ。
「つまり今俺が持ってるこいつは結構シャレにならない爆発をする危険物ということだな」
「……大丈夫なのよね?」
「…………」
「なんか言いなさいよ」
クリスタにビシッと肩をはたかれる。 いいのか? 爆発するぞ爆発。
「どうせなんとかするでしょあんたなら」
「まあな。 とりあえずコーティングしとくか」
俺は背中の剣――ウンディーネを鞘から抜き、その刃の一部をちぎる。
そして分離させた刃で魔導爆弾を包み、完全に覆ってしまう。
「なにそれ、気持ち悪っ」
「そこまで自由に出来るんスね……」
「アーティファクト、ですか……」
三者三様の反応でウンディーネに包まれた魔導爆弾を見つめる3人。
クリスタ、気持ち悪いはやめてやってくれ、分かるけど。
「これで爆発しても安心だ。 こいつをブチ抜く程の爆発力はないだろ。 ほら、リリィも」
「あ、ハイ。 お願いします」
俺はリリィの爆弾も同じ処理をして、その両方ともを懐にしまった。
「……とにかく、魔導力に関しては大体分かったっス。 まあ師匠と自分ならあって当然の差ってことっスね」
「これも筋力とかと一緒で、訓練で伸ばせるもんだ。 今弱くても悲観することは無いぞ」
俺がそう言うと、ヒルベルタは「限界はありますが」と本当に小さな声で呟いた。
「――で? これでリリィの得意な属性とやらが分かったわけだけど、次はどうするの?」
ヒルベルタの声が聞こえたかどうかは定かではないが、クリスタは場の空気を切り替えるとようにパンと軽く手を叩いて俺を見る。
「……それは、俺が決めることじゃないなぁ」
「あーそうね、押し付けたんだしね」
クリスタはニッと笑って、「じゃ、ヒルベルタ?」と微妙に暗い表情をしていたヒルベルタの方に振り返る。
ヒルベルタはその問いかけに目をぱちくりさせて、すぐにハッとして真剣な表情を作る。
「……やることは単純です。 まず魔力を扱う感覚を掴んでもらう。 具体的には……」
「具体的には?」
ゆっくりと瞬きをして、ヒルベルタは右手を伸ばし、肩の高さまで上げた。
そしてリリィにも同じ動きをするよう促す。
「目を閉じ、ゆっくりと息をしろ。 そして指先に神経を集中させるのだ」
「……ハイ」
リリィもヒルベルタと同じポーズをとって、指示どおり目を閉じゆっくりと呼吸をする。
「魔力とは常に“そこにある”ものだ。 意識を研ぎ澄ませ、“そこにある”と知れ」
「……??」
目を閉じたまま、リリィは眉を互い違いにして小首を傾げる。
明らかに理解出来ていない顔だが、ヒルベルタは構わずに指示を飛ばす。
「拳を握れ。 ……よし、掴めたか?」
「……何をでしょう?」
「……仕方がない。 やり方を変えよう」
ヒルベルタは小さく溜息を吐いたものの、意外なほど優しい声色で言う。
「いいか、魔導爆弾の色が変わったということは、貴様も無意識で魔力放出を出来ているということだ。 集中し、己の感覚を信じろ。 そのまま、目を閉じて……」
今度はヒルベルタは同じポーズはとらず、リリィが突き出した手を包むように自分の手をかざす。
かざした手から僅かばかりの魔力が放出されているのを感じた。
「どうだ、右手に何か感じないか?」
魔力に反応し、リリィの体がビクッと跳ねた。
「――あっ! 微妙に、手が、指がざわざわする気が……」
「……よし」
反応を確認してヒルベルタはかざしていた手を下げる。
「今貴様が感じたのは私の魔力だ、自然のものとは違う。 しかし、私が手を出さずとも似たような感覚があるはずだ。 今の感覚を踏まえてもう一度やってみろ」
「……ハイ!」
元気よく返事をして、リリィは再び瞳を閉じて集中姿勢に戻った。
そうして10数秒――その指先がピクリと動く。
「……あっ」
リリィは目を開け、パッと表情を明るくしてヒルベルタを見上げる。
「いま、一瞬、“触れた”っス……!」
「……よし、ならば次はそれを自分の中に引き込め。 加減は考えなくていい」
「ハイっス!!」
魔導爆弾よりも輝く瞳でガッツポーズをして、リリィは再び集中姿勢に入る。
「…………」
10秒、20秒、30秒……皆言葉は発さず、ゆっくりとした呼吸音だけが道場に響く。
40、50……1分。 いくら待っても、先ほどのような嬉しそうな高い声は聞こえてこない。
「……苦戦してるようだが」
「うう……も、もっかい! もう一回やってみるっス!」
リリィは悔しそうに歯噛みする。
「あんた何かアドバイスとか無いわけ? 一応師匠でしょ?」
見かねた幼馴染は、俺に向かってやや大げさに肩を竦めてみせる。
「うーん……魔術は何となくやったら出来たって感じで、あんまり掘り下げてこなかったもんだからなぁ」
「うわぁダメ師匠……」
ごもっともである。
本来はもっとじっくり感覚を掴んでもらおうと考えていたのだが、一足飛びで魔術を覚えられるのならそれも良いと思ったんだ。
他にもちょっと考えがあったしな。
「……そんなわけで、ヒルベルタ。 何かアドバイスやってくれ」
「アドバイス、ですか……分かりました」
少し困ったような笑顔でヒルベルタは頷き、リリィへ向き直る。
「貴様、呼吸はしているな?」
「そりゃしてなきゃ死ぬッスよ……」
また何を……という感じでリリィは唇を尖らせる。
「ならばそれと同じだ。 指先で呼吸をしろ。 魔力は空気、指先が口だ」
「な、なるほど……? やってみるっス!」
困惑しながらも少女は力を強く頷く。
右腕を伸ばして瞳を閉じ、ゆっくりと呼吸をする。
「――っ!」
数秒後、伸ばした右手が動く。 魔力を捉えたのだろう。
その指先をピクピクと探るように動かす。 リリィの試行錯誤が見えるようだ。
「……あ」
――見えた。
指先の近くに漂っていた魔力が、ほんの少しだけリリィの指に吸い込まれたのだ。
「――できたっ!!」
パァっと顔を輝かせて、リリィは俺とヒルベルタを交互に見る。
少なくとも俺から見て成功と言える出来だ。 親指を立てて見せてやる。
ヒルベルタを横目で見ると、彼女はフッと笑ってその長い髪をかき上げた。
「ようやく魔術を使う第一歩……いや、スタート地点だ。 想像以上に素質が無いな貴様は」
言葉の割には嫌味の無い口調でヒルベルタは言う。
リリィも彼女の言葉に照れたように笑うだけで不快感は無さそうだ。
「へへへ……でも前は見てるっスよ! さっ次はどうするっスか?」
「光属性の簡単な魔術を習得してもらう。 その為にはまず――」
ヒルベルタが少ゆっくりとこちらに体を向けて、遠慮がちに口を開く
「――旦那様。 さっきも言ったとおり、私には光の魔力は扱えません。 一度だけで良いので、『ライト』の魔術をこの娘に見せていただけないでしょうか?」
「……なるほど? それくらいなら何回だってやってやるさ」
早速行くぞとリリィの視線を俺に向け、分かりやすいようにさっきまで2人がやっていたのと同じ構えで集中する。
さっきヒルベルタが言っていたアドバイスと、リリィが実際にやって見せたものを参考にしてわざとゆっくり、一つ一つ……
魔力を指先で感じ、呼吸で取り込み――ここからは新しい要素――
「――ライト」
指先からランタンくらいの光が放たれて、球となって空中をフワフワと浮かんだ。
『ライト』――燃料を持ち歩かず、手に持つ必要のない明かりとして、冒険者を始め一般人にも重宝されている生活魔術である。
「……なるほどなぁヒルベルタの言うとおりにしたらかなり分かりやすくなったぞ。 今度から誰かに教える時使おう」
「……まあ、出来る人を参考にするのはいことだけどさ」
クリスタは目頭を押さえてやれやれと頭を振る。
リリィはそんな俺達には目もくれず、浮遊する光球に惹き付けられている。
「おお……これが光属性の魔術っスか……」
「貴様にはこれから同じことをしてもらう。 ここからが本番だ、気は抜くなよ」
腕を組み、厳しい表情と声色を作るヒルベルタ。 長身と切れ長の目が手伝って中々の迫力だ。
しかし小柄な少女はまったくひるまず、むしろ一層嬉しそうに、今日で一番の大きな返事をした。




