32話 魔導爆弾
衝撃的発言をした直後、ヒルベルタはガッと勢いよくリリィの服を掴む。
「ちょちょちょちょちょっ!! 破れる! 服破けるっス!!!」
「ええい!暴れるな! 動くから破れるのだ!!」
脱がせたいヒルベルタと脱がされたくないリリィとで引っ張り合いとなり、道場の中は一気に騒々しくなった。
「訳を!! 訳を聞かせてくださいッス~!!」
「なら無駄な抵抗はやめろ!! 服を脱ぐ程度でウダウダ言うんじゃない!!」
引っ張られることでがっつり腹が見えりしてかなりマズイ状態となりつつあるので、紳士な俺は手で目隠しをして己の視界を封じる。
「……師匠!先輩! た、助けて~~~っ!!!」
弟子が俺を助けを呼ぶ声が聞こえるが、しかし、俺には何もできないんだ。 無力、あまりに無力……
「はいはいはい、ストップストップ! ちょっと一回離れなさいって」
「クリスタ様……」
リリィからの救援要請にクリスタが応える。
ドタドタと鳴っていた音が止んだので、おそらくは2人を引き離すことに成功したのだろう。
「アル、あんたも目開けていいわよ」
「……助かる」
俺は手を離して失っていた光を取り戻す。
見ると、リリィはぐったりと倒れており、ヒルベルタは立ち上がって取っ組み合いで崩れた自分の衣服を直しているところだった。
「……で、いきなり脱がそうとするなんてどういう了見よ?」
「魔術を使うには空気中の魔力と、自身の魔力を混ぜ合わせる必要があります。 その為には衣服が邪魔になるのです」
魔術というのは半分以上を空気中にある自然のエネルギーで賄っている。
同じような現象を自身の魔力だけで起こそうと思うと通常の倍以上消耗する上、形にするためのコントロールも困難となる。
それ故種族全体が魔術に傾倒しているエルフは、空気中の魔力を取り込みやすくするために露出度の高い服を好む傾向――要するに、“モノ”さえ見えなきゃセーフという考えの者がいるのだ。 厄介なことに。
「……実際の効果は大きくは無い、でもやらないよりはマシだからなぁ」
だからといって裸同然の格好になるのは俺もどうかと思うが、ヒルベルタの場合それだけ必死ということでもあるだろう。
「でも魔術師って長いローブとか着てない? あれは魔術使うのに不利にならないの?」
「そういう人達が着てるのは専用の素材で出来た魔力を取り込みやすい服だからな。 ちゃんとした装備を身につければ裸と同じ感覚で魔術が使える」
「……なるほど、脱がせようとしたのはとりあえず納得。 でもやり方が急でムリヤリ過ぎ」
ヒルベルタは形だけ「申し訳ございません」と言ったが、なぜ叱られたのか――いや、なぜリリィがあそこまで嫌がっていたのかが理解できないようだった。
「う~……自分のためとはいえ、ひどい目に遭ったっス……師匠、見てないっスよね?」
リリィは瞳を潤ませ、微かに赤い顔でこちらを見てくる。
「ミテナイヨ、ゼンゼン」
「見た奴の反応やめなさい。 すぐ目閉じてたでしょ?」
ビシッとクリスタのツッコミが胸を叩く。 こういうのが帰ってくると気持ちがいい。
「も~からかわないでくださいッス~!」
握った両手をブンブン振って、より顔を赤くなった頬を膨らませるリリィ。
そんな様子を見てヒルベルタは何かに気づいたように「はぁ」と小さく息を吐き――
「……ああ、そうか。 見られて恥ずかしがるような貧相な体をしているからか……それは悪いことをした」
――憐みの表情でリリィにそう言った。
「……ムキー!! そーゆーことじゃねーっス!! 本当に反省したような顔するなーーッ!!」
教わる立場だからと耐えていたリリィも、これには怒りを爆発させてヒルベルタに食ってかかる。
「その反応……やはり図星か。 なに、貴様の年齢ならまだ私のように豊満な体になれる可能性もほんの僅かにだが残されていなくもないさ」
「ぐぎぎぎぎ……! ほんっと~にムカつくやつっスねあんたは!」
掴みかかるのだけはどうにか堪えた、という感じでリリィは歯を食いしばった。
そして息を大きく吸い込み、「そもそも!!」と地団駄を踏む。
「自分は別に胸の大きさなんて気にしてないっス!! どっちかというとちょっと邪魔になってきたくらいで先輩ともそこまで……」
「はいはいそこまで。 なんだかあたしも恥ずかしい感じになるから」
クリスタはほんの少し頬を赤らめながらリリィの肩を掴んで引き止める。
実際リリィは身長こそ小さいものの決して発育が悪いようには見えない……などと言ったらクリスタに怒られそうなので考えるのはここまでにしよう。
俺が邪念を振りきっていたところで、ヒルベルタがポツリと呟く。
「……私にとってはどちらも誤差程度の差にしか思えないが……」
「確かに」
「確かにじゃないわ」
◆
「……まあうん、露出に関しては袖をまくるくらいでいいんじゃないかな? 腕が出てれば充分だろ」
俺は頭のコブをさすりながら脱衣の代替案を出す。
「そうですね。 別に私は下着になれば良いだけだと思いますが……本人があまりに嫌がるものだから仕方がない」
「そりゃそうっスよ! 自分はあんたみたいな痴女じゃないんス!」
まだ完全には納得していない様子のヒルベルタに怒るリリィ
このズレは少し矯正した方がいいかもしれないと思いつつ、2人の仲裁をして話を進めるよう促す。
「……分かりました。 いいか小娘、今後は泣き言は許さんからな」
「ここで脱げってのが急過ぎただけで自分は泣き言なんて言うつもりないっス……」
ジトっと睨むリリィの視線を知ってか知らずか、ヒルベルタは頭を切り替えるように「さて」と言う。
「基本的なことを教える前に、貴様にやってもらうことがある」
そう言ってヒルベルタはリリィに2センチくらいの無色透明の球体を投げ渡す。
リリィは取りこぼしかけながらもそれをキャッチし、手のひらの球体をまじまじと見た。
「……なんスか?これ」
「爆弾だ」
「ばばばばっ……爆弾んんんっ!!?」
リリィは慌てて球体から手を離し、床に転がったそれから距離を取る。
落ちた勢いで透明の玉はコロコロと俺の足元まで転がってきた。
俺はそれを拾い上げ、手で弄んでリリィに見せてやる。
「慌てるな、こいつは“まだ”爆弾じゃない」
「へっ……?」
平気そうに持つのを見て、リリィは玉と同じくらい目を丸くする。
この玉は小型の魔導爆弾の一種で、魔力を込めて自分の好きな属性の爆発を起こすことができる物だ……が、無色透明のうちはただのガラス玉と同じだ。
用途としては、軽く、小さいので戦闘の補助として使われることが多い。
「それは分かったけど、何で今これを?」
「こいつは込めた魔力の属性に応じて色が変化する特性があってな。 実際に見てもらった方が早いか……」
俺はチラリとヒルベルタを見ると、彼女はどうぞと手を挙げて微笑んだ。
「ありがとう。 えーっと、この魔導爆弾を何も考えず握り込む……と――」
軽くキュっと握り、開いて見せると、さっきまで無色透明だった球体は青い輝きを放っていた。
「おおっ! これは……?」
「この玉が水属性の爆弾になった、ということだ。 火属性なら赤くなったり、風属性なら緑色になったりするわけだな」
「はぇ~なるほどっス」
青い魔導爆弾に興味深々といった感じで顔を近づけるリリィ。
「こうなったら衝撃で爆発するから気を付けろよ」
「うげっ!? じゃ、じゃああんまり近づかない方がいいっスね――っ!?」
スススーっと苦い顔で退いていくリリィの動きが急に止まる。
ヒルベルタが肩を掴んで引き止めたのだ。
「貴様にも同じことをやってもらう。 さあ、こいつを握れ」
「すみません、なぜこれをやんなきゃいけないんでしょうか……?」
リリィはヒルベルタにではなく俺に訊いてくる。
「そこはまだ説明してなかったな。 こいつは任意の属性を込めて使うもんだが、何も考えずに握り込めば……」
俺がヒルベルタに目配せをすると、彼女はコクンと頷き、俺の説明を引き継ぐ。
「――その者の潜在的な属性色に変わる……即ち、最も得意とする魔術の属性が分かるということだ」
「得意とする……魔術の属性……」
リリィは呟き、手のひらに乗せられた魔導爆弾を見つめる。
「魔術はそのほとんどが生まれ持った才能に左右される。 先天的に得意な属性の魔術が最も効率的に習得できるということだ」
ヒルベルタはそう言って瞳を閉じる。
「逆に言えば、使えない属性でいくら頑張っても時間の無駄になりかねないってことだな。 サクッと一番得意なやつを見つけてそこに集中しようぜってやり口だ」
「なるほど……」
俺の言葉にゆっくりと一つ瞬きをして、リリィはヒルベルタを見上げる。
「じゃあ、行きます――」
リリィは魔導爆弾を強く握り締める。
そして数秒後、緊張の糸が解けるように、リリィの手が開かれる。
「……これは……?」
小さな手のひらには、中心が白く輝く魔導爆弾が転がっていた。
「――『白』、光属性だな」




