31話 服を脱げ
「さて、実際に魔術を教わる前になぜ“魔術を教わる必要があるのか”を俺が教えよう。 ヒルベルタに任せるのはその後だ」
「えーっと……教わる? 教え……なんかややこしいっス……」
リリィは道場の床に正座しながら頭を捻る。
今回先にこの説明を挟んだのは、彼女のモチベーションのためだ。
漠然と魔術を学ぶよりも、具体的に『何が出来るようになるか』、『どう役に立つか』を知っておいた方が目指す先が見えて良い。 と俺は思う。
「要するに魔術を学ぶと何ができるようになるのかって話だな」
「なるほどそれなら分かるっス! ……でも、魔術を勉強したら魔術が使えるようになるだけじゃ?」
手をポンと叩き納得した様子のリリィだったが、すぐに考え直して不思議そうに首を傾げる。
「そもそも魔術ってのは何なのかって所からだが……例えば――『トーチ』」
俺は指先に魔力を込め、術名を唱える。
するとポッという微かな音とともに指先に5センチ程度の火が灯った。
「――こういうのが、魔術だ。 これは生活用だけどな。 ちなみにリリィはこういうのは……」
「……使えないっス」
だろうな、と心の中で呟く。 これが出来るのであればそれほど苦手意識は持たないだろう。
「とりあえずお前に使えるようになってもらうのはこのレベルの魔術だ。 多分そう長くはかからないと思う」
「こういうのでいいっスか? 今のじゃ全然戦闘には役に立たないような……」
リリィの疑問はもっともだ。 トーチじゃよほど工夫しなければ実戦では使い物にならないだろう。
しかし、これでいい。 最終的な目標は戦闘用の魔術を習得することではないからだ。
「……? 戦闘用の魔術はいらないってことっスか? どうしてそんな……?」
「魔術を扱う感覚を掴めば実戦にも使える技術に応用ができるから、だな」
俺は指先の火を手のひらで握り潰すようにして消しながら今回の主題を言う。
「お前はあんまり魔術の才能がある方じゃない。 だから実戦レベルに魔術を扱えるようになるには相当時間と努力が必要だ」
「……ハイ、そのとおりだと思います」
リリィは噛みしめるように頷く。
「けど、それって効率が悪いんだよな。 出来ればその時間を剣の訓練に充てたい。 でも、剣だけ振ってても魔術を使ってくる敵に対して有効な手が無い」
そこで、と言葉を繋ぎ、床に置いてあった木剣を拾う。
「ヒルベルタ、今攻撃用の魔術撃てるか?」
「え……はい、低レベルのものでしたら……」
自信なさげにヒルベルタは頷く。 何となく耳が垂れ下がっているような気もする。
「じゃあ、俺に撃ってくれ」
「ええっ……!?」
驚き後ずさるヒルベルタに、俺はほどほどの距離を取りつつ「遠慮はいらない」と煽る。
すると彼女はしばらく無言で考えを巡らせて、一つ納得のいく答えにたどり着いたようだった。
「……何をしたいのか、理解はできました」
「流石だな。 さ、やってくれ」
ヒルベルタは溜息を吐いて「分かりました」と頷いた。
瞳を閉じて精神を集中させる。 その体の周りに微かに魔力の“揺らぎ”が見えた。
「……いきます」
警告に左手を挙げて答えると、ヒルベルタは小さく息を吸い、右手を俺の方へ向ける――
「――ウィンドアロー」
右手の指先から真空の刃が俺を目掛けて矢のように真っ直ぐ飛び出してくる。
風の初級攻撃魔術『ウィンドアロー』――威力、弾速共に初級の魔術としては高く、それなりの魔術師でも普段使いにする優秀な術だ。
俺は剣に魔力を込め、飛んできた風の矢をまずは横薙ぎに真っ二つ。
そして勢いを失った矢を剣で絡めとる。
風は剣の周りを回り、ゴウゴウと音をを立てながら徐々に消えていく。
「――とまあこのように、魔術を学ぶ……魔力のコントロールを習得すれば、相手の魔術を無力化することもできるというわけだ」
俺が軽く剣を振るとそよ風が前髪を撫で、ヒルベルタの放った魔術は完全に消失した。
「おおー……」
リリィは口と目を丸くしてパチパチと手を叩く。
「前にドラゴンと戦った時も似たようなことをやったろ。 ほら、炎を斬ったあれだ」
「……ああ~っ! そういえばやってたっス! なるほど、これが出来ればああいう相手でも剣で戦えるってことっスね!」
両手を握り締め瞳をキラキラさせるリリィ。
しかし、物事はそう簡単にはいかない。
同じことをしようと思ったら真正面からでも魔術を受け止められる膂力が無いと押し負けるし、相手の術に合わせた繊細な魔力のコントロールが必要になる。
「俺が見せたのは発展形だ。 まずは簡単な攻撃魔術の威力を軽減させて受け流すところからだな」
「ハイ!! わかりました!!」
リリィはビシッと姿勢を正し、大声で返事をする。
「さて、これで魔術を学ぶモチベーションになったと思う。 こっから先はヒルベルタにお任せだ」
「丸投げとも言うわね」
横で見ていたクリスタがチクリと言うが、それは誤解だ。
「俺も横で補足――言わば助手をする。 つまり、挟み撃ちだな」
「初めての共同作業……というわけですね」
「…………まあ、うんそれでもいいけど」
ヒルベルタのなんだか逆らい難い“圧”のようなもので俺のボケは殺されてしまう。
エルフの少女は切り替えるようにフフフと笑って、リリィの前に立つ。
「では、ここからは私が旦那様に代わり貴様の指導をしてやる。 ありがたく思え」
「……うっす、お願いします!」
腕を組み、自分を見下ろすヒルベルタに、リリィは深々と頭を下げる。
一瞬だけ「偉そうだなぁ」という表情をしたのは言わないでおいてやろう。
「貴様は基礎の集中も拡散も出来ないそうだな? まずはそこを徹底的に叩き込む」
だから、とヒルベルタは言葉を繋ぐ。
「――服を脱げ」
「……ハイ?」




