30話 やっぱりあいつはすごいやつだよ
「――食後休憩終わり。 さ、お楽しみの訓練と行こうか」
クリスタの用意してくれたサンドイッチを全て平らげた後、腹を落ち着ける為の30分程度の休憩とストレッチを終えて俺は手を叩く。
音に釣られ、待ってましたとばかりにリリィが駆け寄ってきた。
「ハイ! で、自分は何をすればいいっスか!?」
「今回は魔術に触れてみようのコーナーだ」
「うっ……ま、魔術っスか……?」
ウキウキな表情打って変わって曇り始めるリリィ。 彼女はやはり魔術が苦手なのだろう。
しかし、それではダメだと自分を律したのか、すぐにキッと表情を引き締め姿勢を正す。
「……分かりました、自分は何をすればいいでしょうか?」
「良い顔だ」
さて、何をすればいいのか、と問われると実は難しい。 なぜなら俺も魔術が得意ではないから。
理論は一通り学んだものの人に教えられるレベルかというとそうでもないし、剣と違って人に教えた経験も無い。
そもそも俺は感覚でしか使っていないので、言葉で説明できる部分があまりにも限られているのだ。
「師匠でも教えられない……? じゃあ……どうするっスか?」
「俺には難しい……けど、ここには適任がいるだろ?」
「適任って――まさか……?」
わざとはぐらかすように言ってみたが、この場にいる者は俺含め4人。 すぐに察する――
「ヒルベルタ、頼めるか?」
「――へっ?」
――本人を除いて。
俺とリリィの会話を流して聞いていたのか、本当に意外そうに間の抜けた声を出すヒルベルタ。
「……なっ、私、は、何をすればよろしいのでしょうか?」
ヒルベルタは信じられないといった様子で訊き返してくる。
「リリィに魔術を教えてやってほしい」
「っ! ……本気で、おっしゃっているのですか?」
「本気も本気だ」
「…………」
しばらく無言で、色気もなにもなく見つめ合う。
時間にして10秒程だろうか、根負けしたようにヒルベルタが目を閉じた。
「……何を考えているのか、私には貴方の考えが読めない」
「よく言われる」
「私がなぜエルフの森で迫害を受けていたのか……貴方はご存じでしょう」
「よく、存じてるよ」
俺は2年前――まだ小さかったヒルベルタが1人森で泣いていたことを思い起こしながら、ゆっくりと頷く。
「だというのに、私に魔術を教えろと?」
「お前ならできると思ってるからな」
「何の根拠があって……」
「失礼承知で言うと、お前ならできないやつの気持ちってのを分かってやれると思ったからだ」
元からできるやつはできないやつの気持ちを蔑ろにしがちだ。
ヒルベルタは落ちこぼれと嘲笑われた過去があるぶんだけリリィに寄り添ってやれる、俺はそう判断した。
「……私には、教えた経験などありませんし、私は未だに魔法は一つたりとも使えません」
「自慢じゃあないが、俺も俺の弟子も魔法は一つも使えないぜ?」
横にいたリリィの肩に手を置き、陽気に親指を立てる。
「……そうまでして、私に魔術教師をさせたいのは何かお考えあってのことでしょうか」
「大した考えなんて無いよ。 お前にしか頼めないことだからだ」
俺の言葉にヒルベルタの瞳が揺れ、頬が微かに赤くなった。
「……その言い方は、ずるいです」
「そうだな。 結構ズルいやつなんだ俺は。 ……幻滅したか?」
「……いえ、まったく」
フッと柔らかく微笑み、ヒルベルタは頭を振る。
「……しかし、私には……けど……」
俺の最後の一押しは有効打になった――が、それでもヒルベルタは迷っているようだった。
これ以上の手はもう俺にはないし、あったとしても無理強いにしかならない。
「――ヒルベルタ、さん」
「……っ?」
ヒルベルタの名を呼んだのは、リリィだった。
意外な人物に名前を呼ばれ、ヒルベルタはきょとんとした顔をする。
「その、もし、迷惑でないのなら……自分に魔術を教えてほしい、です」
リリィは歯を食いしばるように、絞り出すように、言葉を紡ぐ。
「自分は頭は悪いし、不器用だからあなたをイライラさせることもあると思います。 でも、言われたことは、できるようになるまでやります。 必ずできるようにします」
「だから」とリリィは大きく息を吸い込む。
「――お願いします!! 自分に魔術を教えてください!!!」
リリィはそのままつんのめって倒れるのではないかというほど思い切り頭を下げ、ヒルベルタに懇願する。
「…………っ」
数秒の間時が止まったように目と口を開けたままのヒルベルタだったが、我に返ったように、まだ頭を下げたままのリリィから目を背けた。
「そもそも、だ。 貴様だって嫌いな者に魔術を教わるなど、したくはないだろう?」
「……? 別に、自分はあんたのことが嫌いなわけじゃないっスよ?」
リリィは顔を上げ、きょとんとした顔で言う。
そんな少女の顔と言葉に、ヒルベルタは目を丸くして「はっ?」と息と声の間のような音を発した。
「そりゃ反りが合わないというか、気が合うことは多分無いっスけど……というか師匠が嫌がってるのにすり寄るのは気に食わないし店長達を見下してるのもどうかと思うっスけど――」
恨み節のようなものを唱えるリリィに徐々に目を細めるヒルベルタ。
「――でも、尊敬はしてるっス」
「……尊、敬……?」
言葉の意味が理解できなかったのか、ヒルベルタは言葉をオウム返しする。
「この町に来るだけでも大変なことなのに、人間の料理を勉強してたり、あんたは自分なんかよりずっと努力してきたと思ってるっス。 それもたった1人で。 すごいことだと思います」
ヒルベルタは息を呑み、裏になんの思惑もなさそうな澄んだ瞳を見つめる。
「だから、あんたに教わることにはなんの不満もありません。 自分よりずっと立派な人だって知ってるから」
そう言ってリリィは再び頭を下げた。
「もう一度言います! 迷惑でなかったら、自分に魔術を教えてください!!」
「……っ!」
ヒルベルタはまた目を丸くするが、すぐに眉間に皺を寄せ、険しい表情を作る。
そしてすぅっと小さく息を吸った。
「……迷惑でなかったら、と言ったな? ……迷惑だ、馬鹿め……」
言葉の途中で堪えきれなかったのか顔を逸らして俯く。 彼女の表情は俺からも見えない。
しかし、表情は見えなくとも、微かに震える声からその感情を読み取ることくらいはできる。
「…………じゃあ、ダメ、ってことっスか?」
リリィがゆっくりと顔を上げる。
ヒルベルタも顔を上げ、2人の目と目が合う。
「……いや、いいだろう、やってやる。 私は、寛大だからな」
「――ほんとっスか!!?」
「勘違いするな。 私は旦那様の頼みだから聞き入れたまでだ」
ヒルベルタは腕を組み目を逸らしてぶっきらぼうに言うが、その口調にはとげとげしさは無く、顔は微かに赤い。
「いいか? 私は手加減などしない。 貴様が言ったとおり、できるようになるまで徹底的にシゴくぞ」
「ハイ!! ありがとうございます!!」
屈託なく笑うリリィに、ヒルベルタ「調子が狂う」、と言って力なく首を振る。
「……なぜそこで嬉しそうに「ありがとう」なんだ……?」
傍から見た感想ではあるが、お互いを隔てていた壁が一枚、剥がれたように思う。
俺はリリィとクリスタがの2人が話している少し離れて事の成り行き見守っていたクリスタに歩み寄る。
「……これであんたの読みどおり?」
クリスタは少し意地の悪い笑みを浮かべ、首を傾げて俺の顔を覗き込む。
「お察しのとおり、俺が考えてたのは俺が喋ってたとこまでだよ。 あそこでヒルベルタが飲んでくれると思ってたんだけど、甘かった……いや、舐めてたな」
正直言って、ヒルベルタのコンプレックスを軽く考えてた部分が大きい。
彼女の俺への気持ちを利用して少し押せばどうとでもなると、あくどいやり口を使ってしまった。
完全に俺の認識の甘さが招いた事を弟子に尻ぬぐいさせてしまったようなものだ。
「ま、そんなもんじゃない? あんたなんかさ。 聖人でもなんでもないんだから」
「……そうだな」
カラッと笑うクリスタに、俺の心はいくらか軽くなった気がした。
大きな期待や羨望の眼差しなんかは、俺の器じゃ受け止めるにも流すにも限度がある。
「なんのかんの言っても結局素直が強いってことよね~」
何やら話し合っている様子のリリィとヒルベルタを見つめ、クリスタは笑う。
「ああ、俺に出来ないことを計算なんて無しでやってのける……やっぱりあいつはすごいやつだよ」




