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29話 ちょっと趣向を変えてみよう



「……お疲れ様でした。 出来の悪い人間達の動きを短時間で改善させるとは、流石旦那様……素晴らしい手腕です」


 みんなが帰ってガランとした道場の中で、ここぞとばかりに距離を詰めてくるヒルベルタ。

 腕を絡ませ、柔らかいモノを押し付けてくる――


「ちょっとちょっと!まだ自分がいるっスよ!? ハレンチなマネはやめるっス!!」

「チッ……もう貴様の用は済んだろう。 さっさと帰れ」

「帰らないっス! これからまだ師匠にご指導いただくつもりなんですから!」


 大きく舌を打つヒルベルタに、リリィは一歩も引かず2人は睨み合う。

 その迫力にお互いの間にバチバチと火花が散ってるようにすら見える。


 そうして無言の戦いを続ける2人の火花を、道場の扉が開かれる音が切り裂いた。


「お邪魔しま~す」


 張りつめた空気に似つかわしくない、しかし、俺を安心させてくれる緩い声色でクリスタが道場の中に入ってくる。


「……何、この空気?」

「仲良し」

「適当なこと言わないの。 また喧嘩?」


 両手でピースサインを作る俺に、クリスタは呆れ顔で肩を竦める。


「まさか。 争いというのは同レベルの者同士でしか起こらないものです。 私が一方的に絡まれているだけですよ」

「はぁ~~!? ちょっとそれどういう意味っスかぁ?」


 ヒルベルタは微笑みながらそう言って、怒るリリィから目を逸らしまた俺の腕を取ろうとしてくる。

 しかし、そう何度もやらせる俺ではない。 柔らかな双丘に後ろ髪を引かれながらもスルリと躱し、何やら包みを抱えている幼馴染に歩み寄る。


「クリスタはどうしてここに?」

「丁度一仕事終わったとこでしょ? お昼持って来たのよ」


 抱えた包みを俺に見せ、「感謝しなさい」と言わんばかりの得意顔を見せるクリスタ。

 これは参った、素直に助かる。


「あなた達のぶんもあるからよかったら……あ、ヒルベルタ、あなたサンドイッチって食べられる?」

「問題ありません。 感謝いたします、クリスタ様」


 クリスタに対してはそれなりに敬意を払っているのか、しっかりと頭を下げるヒルベルタ。

 そんな様子にもリリィは怒りの色を示す。


「……ほら、リリィも。 いつまでもむくれてないで」


 クリスタの呼びかけにリリィは渋々ながら頷き、俺達はここで昼食を取ることになった。


「……うん、美味い」


 野菜と魚のフライが入ったサンドイッチを一齧り。

 余計な味付けが無く食べやすい。 流石、クリスタは俺の好みがよく分かっている。


「はい、これ。 あんた好きでしょハムとチーズのやつ」

「ありがとうございます……モグ、おいしい……」

「ほらちゃんと持って。 こぼすわよ?」


 不機嫌なリリィに世話を焼くクリスタはさながら母親のようだ。

 ……と言ったら多分怒るので口が裂けても言わない。


「モグモグ……じ~……モグモグ……じ~」


 食べては横を睨み、食べては横を睨みを繰り返すリリィの視線の先にには、もちろんヒルベルタがいる。


「なるほど、これが旦那様好みの味か……」


 当のヒルベルタは横睨みを繰り返すリリィを気にすることは無く、どころか食事を楽しむこともせず、別の部分に興味を引かれているようだった。

 まるで気にしないヒルベルタに、リリィはより怒りのボルテージを上げ、それを発散するようにガツガツとサンドイッチを頬張っていく。


 ゆったり優雅にサンドイッチを食みながらそれを眺めている俺だったが、クリスタからの視線が突き刺さってくるのを感じ溜息を一つ吐いた、


「何とかしなさい」


 クリスタの視線は雄弁にそう語っていた。


「……なあリリィ、この後の訓練のことだが」

「――っ! ハイっ!!」


 俺が訓練を持ち出して話しかけると、眉間の皺がパッと吹き飛び明るい声で返事をするリリィ。

 そんな様子を見てクリスタは「へぇ」と感心したような表情を浮かべる。


「今日はもう素振りはやらせたし、ちょっと趣向を変えてみようかと思ってる」

「おおっ! ホントっスか!? どんなのっス?」

「後でな。 楽しみに待って今は食え」

「ハイ!! 食べるっス!!」


 先ほどまでの不機嫌さが嘘のように満面の笑顔でサンドイッチ食べ始めるリリィ。

 安心した顔でそれを見つめるクリスタに、俺はサムズアップをして見せる。


「そんなに誇ることかしら……」


サンドイッチ片手に呆れた目で俺を見るクリスタ。


「あんたさ、何か良い事とか褒められることした後過剰に自慢してバランス取ろうとするのやめなさいよ」

「耳が、耳が痛い」


 流石幼馴染だ。 痛い所を突いてくる。


「本当に師匠と先輩は仲が良いっスねぇ~妬けちゃうっス」

「むっ……」


 リリィが言った他意の無い言葉にヒルベルタは反応する。

 どうしてそういうことだけは嗅ぎ取るのか。 それに気づいたリリィは今度こそ他意たっぷりに意地の悪い笑みを浮かべる。


「こりゃ誰も間に入れる人はいないんじゃないっスかね~?」

「フフフ……そうですね。 “現時点”では」


 再び火花を散らす2人の視線。

 せっかくどうにかしたのにまたギスギスし始めるのか……これは俺悪くないよな、クリスタ?

 目配せをするとクリスタは小さく肩を竦めた。


 しかし、互いに空気を読んだ結果かその後は大きないざこざも無く、幸いにも杞憂に終わった。


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