28話 お言葉に甘えて
ふぅと息を吐いて、脇腹をさする。 もうほとんど痛みは無い。
受け止めるんじゃなく衝撃を逃がす動きをすればよかった、という後悔を胸に立ち上がると、リリィが「もう平気っスか?」と眉をハの字にする。
大丈夫だとサムズアップをすると、彼女は安心してホッと胸をなでおろした。
弟子の心配を取り除き、指導の続きをしようと団員達に視線を戻す……と、ヒルベルタが親の仇を見るような目でフェリクスを睨んでいるのが見えた。
あっマズイな。 そう思ったのも束の間、ヒルベルタは殴りかからんばかりの剣幕でずんずんと距離を詰めていく。
「――貴様ァッ!! この機に旦那様を殺害するつもりだったな!!? 人間にしてはまともだと考えていた私が間違っていた!!」
「待て待て待て」
激昂してフェリクスに食ってかかるヒルベルタをどうにか引き止める。
「しかし、あれは確実に殺しに来ていたとしか……」
「すまない、彼は加減が苦手なタイプなんだ」
「本当に悪かった……あまりにも綺麗に入ってしまったものだからオレも驚いているんだよ……」
手を合わせて頭を下げるフェリクスを背に、ヒルベルタを宥めすかす。
どうにか落ち着かせて団員の皆さんへ向き直り、強引に指導を続行しようと試みる。
「……えーこれで、基礎訓練の重要性が分かってもらえたと思います」
試みは成功……というより皆さんが空気を読んでくれた。
団員達を見回すと皆ゆっくりと頷き、俺の言葉を待っているようだった。
「次は槍の素振り……基本の型を教えましょうか」
木槍をで突きと払いをゆっくりと何度かやって見せる。
フェリクスも含む3人の槍使い達はそれに頷いたり、角度を変えて見たりしていた。
どうやら自警団員の装備は決まったものが支給されるらしく、ほぼ全員が剣もしくは槍を使用している。
そのため、彼らがこれをちゃんと覚えてくれれば自警団全体に還元できるというわけだ。 手間が省けるな。
「ふぅむ……? 結構やりにくい」
フェリクスは俺の動きを真似ようとするが、どうにも動きがぎこちない。
「お前くらいになると俺の型なんて使わない方が強いよ。 もう戦術くらいしか教えられることはない」
「なるほど? なら他の団員達に戦術を教える段階にくるまではやることがないということか」
「できれば統率するのに居てほしいんだが……」
俺の頼みにフェリクスは「顔を出せる時は出そう」と頷いてくれた。 ありがとう。
「それでは、次は皆さんに実際にやってもらいましょうか。 見てるだけじゃイメージは難しいと思いますので」
団員同士がぶつからないように一定の感覚を空けて立たせ、各々見よう見まねで素振りをしてもらう。
「……なるほど」
皆それぞれに個性のある動きで剣と槍を振っている。 良い方にも悪い方にも、だ。
その中で気になった部分を1人ずつ指摘していくことにする。
「あなたは、少し重心を後ろに取ると力を込めやすいかも」
「後ろ……? こんな、感じかな……おっ?」
「そうそうそんな感じ。 後は握りを……」
「おお……なんかそれっぽい!」
良い感じです、と頷き、隣の人へ。
「あなたは……ちょっと猫背気味ですね。 他はかなり良いので姿勢だけ気を付けて」
「ぬっ……! こうかな? 結構きついかも……」
「慣れれば平気になりますよ。 ……今の完璧だったので、その感じ忘れずに」
次は誰かな――と考えたところで呼び止められる。
この色黒で筋肉質な長身の男性――確かゴメスさんといったか。
「すまない、俺も見てくれないだろうか」
「はい、大丈夫ですよ。 じゃ、振ってみてください」
彼の武器は……槍か。
ゴメスさんは俺が見せたとおりの型で突き、払いを淀みなく放つ。 すでに充分上手く、すぐに直せるところはない。
「教えることはないですね。 ただ……ちょっと動きがカタいです。 風呂上がりに柔軟をしてみるのがいいかも」
「ふむ……柔軟、か? それは盲点だった」
目を少しだけ見開いてゴメスさんは驚く。 表情の変化が少ないのは親近感が湧くな。
「柔軟~? そんなの意味あるんすか先生?」
「ダミアンさん、さっきからずーっと文句ばっかりっスね?」
「だって気になることは訊いておきたいじゃん?」
リリィはジトっとした目でダミアンさんを睨むが、彼は全く意に介していないようだ。
「うーん、後に回しても良かったけど、ここで説明しましょうか。 えっと、ダミアンさん」
「ダミアンでいいっすよ、先生。 っていうか、先生のが立場上なんだからタメ口で良くない?」
「立場が上とは思ってませんが……」
「なあ、別にいいだろみんな?」
ダミアンさんが皆に陽気に呼びかける。
チラリと周りの団員達を見ると、皆頷いているか特に不服とは思っていない様子だった。
「……なら、お言葉に甘えて。 話を戻すが、ダミアンは首を真後ろに向けられるか?」
「いやいや、無理っす」
ダミアンは困った顔で頭を振る。
「そりゃそうだ、俺もできない。 何せ輝石を使っても関節の可動域が増えたりはしないんだ。 多少ムチャがきくようにはなるけどな」
「あー……はいはい、理解してきたわ」
つまり、生身で柔軟動きを身につけられれば輝石を使った戦闘でも有利に動けるようになる、というだけの話だ。
戦闘での動きは柔軟であればあるほどいい。
「かわす動きとかでも、体が柔らかい方が有利っスよね!」
リリィはうんうんと頷きながら得意げに言う。
「そういうことだ。 これは後の基礎訓練の話にも繋がるんだが、生身の訓練を甘く見ない方がいい」
ここはしっかりとした口調を意識する。 聞くべき重要なポイントだと分かりやすいように。
「筋トレをすれば力の入れ方が分かってパワーを発揮しやすくなったり、正しい走り方を身につけることでスピードが上がったり……と色々恩恵はある」
「はぁーなるほど、生身のトレーニングも無駄にならないってことね」
ダミアンを始め、団員のみんなは納得したように頷く。
「流石プロは説得力が違うなぁ……」
「戦闘慣れしていない我々一般人とは視点が違う」
「だから言ったでしょう? 師匠は本当にすごいんス!」
リリィはなぜかまるで自分が褒められたかのように誇らしげな様子だ。
「誇らしく思ってくれるのは嬉しいが、またちょっと腰が引ける癖が出てたぞ」
「うっ……ハイ、気をつけるっス」
痛い所を突かれたといった感じで肩を竦めるリリィ。
事のついでとばかりに各メンバーの気になった部分を優し目に指摘していくことにした。
「あなたはもっと剣を短く持って――あなたは……」
本来なら人によっての体格の違いなどを考慮しながら細かい調整をしていくものだが、そこまでうるさく言われると剣を振ることが嫌になってしまいかねない。
今回はあくまで、ベースを整える作業だ。 とにかく基本の型を反復してもらう。
そうして全員のフォーム矯正を終え、素振りの時間を終了とする。
「素振りお疲れ様。 さて、次行こうか」
「ちょちょちょ、結構素振りしましたよ? 休憩とかないの?」
ダミアンは木剣を杖にして額に流れる汗を拭う。
体は動かさないから休憩がてら聞いてくれ、と言うとほとんどの団員はみんな力なくその場に座り込んでしまった。
ある程度余裕を残しているのはリリィとゴメスさん、そして見守っていたフェリクスくらいだ。
そんな様子を横目に見ながら、俺は壁際で姿勢よく待機していたヒルベルタを呼ぶ。
「はい、了解いたしました」
ヒルベルタは笑顔で応えると、俺が事前に預けておいた紙を団員達に配り始める。
「ふむ……これは、トレーニングメニューか?」
「そうそう。 軽いメニューを組んでみた。 これを毎日……とは言わないが週に何回かこなせば2~3ヶ月後には実感できるくらい身体能力が向上するはずだ」
これを用意したのは、わざわざ道場に来させてまで基礎トレーニングをやらせるのは忍びないと思ったからだ。
今後ここに来てもらう時はもう少し実戦向けのことを教えようと考えている。
……という説明をしつつ受け取ったみんなの様子を眺めてみると、何人かは頷き、何人かは顔を顰めているのが見えた。
「……これが軽いメニュー? つかほぼランニングじゃん……」
「生身のランニングと輝石を使った状態でのランニングで分けられている意味は?」
頷いていた中の1人、ゴメスさんが訊ねてくる。
「さっき言ったとおり生身のトレーニングも重要だから、だな。 体力は輝石を起動して動ける時間に影響するから、これだけはやっとかないとぶっ倒れる可能性がある」
「なるほど、道理だな。 ありがとう」
ゴメスさんはゆっくりと頷いた。
「キツイと思ったらある程度数を減らすとかペースを落とすとかで各自で調整をしてほしい。 ……もうお昼だし、本日は以上。 何か質問などあれば受け付けます」
そう言葉を閉じて、息を吐く。
その後、メニューについての質問、今後の予定などのいくつかの質問に答え、本日の指導はお開きとなった。




